第2話 傍にいるよ


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 新春を迎え、季節は春一体に染まり温かさが肌を触っていた。僕は新しい制服にリュックサックを背負い、玄関で靴を履いていた。どたどたと駆け足で、父さんが僕の方に向かって来た。片手に僕の心の瞳であるルナを抱えている。


「この子も持っていきなさい」

「えー…今日はマフラーつけてないし無理だよ」

「離れたら衰弱しちゃうでしょ。鞄の中にでも入れときなさい…」

「わかったよ…!もう、じゃあ行ってきます」


 僕はルナをリュックサックに押し込み、玄関の扉を開ける。父さんに挨拶をして僕は真っ直ぐに新しい通学路の道を進んでいったのだ。勿論、歩いている途中で彼と合流した。


「おっす!心冶、おはよう!」

「おはよう燈爾君」


 中学の最後の時に運命的に出会った彼、釣瓶燈爾つるべとうじ君。他校の子だったけど今年から百鬼学園でクラスメイトになったのだ。入学式前日に配られたクラス分けのプリントで一緒だと分かった時は飛び跳ねて喜んだ。まさか僕にしっかりとした友達の存在ができて、一緒にいられることに喜びを感じるのは新鮮な気持ちだ。晴れ晴れしい入学式だ。




 学園の広い体育館。普通科・特殊科・工業科の3つの学科に分かれていて、特殊科が一番少ない2クラスで、普通科は特別枠と合わせて8クラスで工業科は5クラスの計15クラス。特別枠は唯一特殊能力が無くても受験できるクラスかつ扉に対抗する人達用の専用クラスのことで、毎年1組に15人と少人数教室だったりする。


 僕は担任教師とクラスメイトと一緒に列になって体育館に入り、ゆっくりと椅子に座った。流石にルナは連れ込めないのでリュックサックにしまいっぱなしである。別にルナがいなくても上下含んだ半径1kmなら聞こえるし。本気を出したら10kmもいける。だからいつも家にいても遠くから恨みつらみの言葉が聞こえてきてしょうがなかったんけど。


「今年度の1年生の皆様ご入学おめでとうございます!校長の夜鈴涙祢よすずなみねです」


 鳥だあ。雀の茶色のまだらな柄をした翼が生えてる。やっぱり能力者ばっかりの世界だなあ。こんなにもいるのに、これでも世界人口の5割だし差別はあるし…。この学園だって体育祭とか期末試験、文化祭での人の繁盛は凄いからなぁ。なんで期末試験がって思うけど。中学の時は入学式でクラスごとに名前を呼ばれたりしたけど、この学校は先生や生徒会長のありがたい言葉だけみたいだし気楽でいいな。皆退屈そうな声とか聞こえるけど、これくらいは雑音だから平常心を保ってられる…


『どこー?どこなのー?』


「!!!」


 前言撤回。平常心を保ってられない恐怖体験が現在進行形で起きてる。何処からの声だ?多分地下か上の方から聞こえてくる。誰だか知らない純粋無垢な綺麗な声がはっきりと僕の頭に入って来る。苦しい。人の声に影響されやすいのは元からだけど、汚いに振り切った声か純粋無垢な声の極端な二択は僕に一番深刻な精神汚染を引き起こすんだ。


「(はぁ…やばい。こんな声、子供でも聞かないよ…)」


 多分僕は息を荒げて苦しかった。ひたすらその純粋な声が僕の周りをうろついている。どうしよう、声から離れるにはどっちかが最低でも1kmくらい離れてないといけないのに。

 その時、ふと僕の右手を誰かが握ってきた。隣を見れば女子生徒のクラスメイトが心配そうに僕のことを見て手をギュっと握っていた。名前は確かプリントで見た限りだと、小神雷子こがみらいこさんだったはず…。栗色の顔横の髪は長く毛先が稲妻の形をしている。後ろ側は2つ輪っかを作って髪留めも雷のマークがついている。大きく丸い黄色と茶色のグラデーションの目が、僕を見ている。


「大丈夫?先生呼ぶ?」

「大丈夫です。心配かけてすみません」


 小声でそう会話する。女子と会話するなんて僕はどうしてしまったんだ!さっきまで顔が青かったのにいつの間にか赤くなっている。聞こえるあのヤバい声も、女子の前では無力だった。すごい!恋と言うかなんというか!何か別なことに意識を割いていたらこんなにも気にしなくて良いんだ!!


「でもやっぱり心配だから終わるまで握ってるね」

「へぇ…?」


 変な声が出てしまった。優しい。小神さんは何て慈悲深い優しさを持っているんだ。でももうちょっと危機感を持った方が良いと思う。クラスメイトでもまだ初対面の異性にここまでするなんて、恥ずかしさと罪悪感がぐるぐると僕の頭で回ってる…!でも、彼女はいたって真剣に言った。


「傍にいるよ。クラスメイトだもん、辛いことは分け合お?」

「……!はい」


 本当に彼女は入学式が終わるまで僕の手を握っていた。傍からみたら何をしてるんだと思われるけど、このさりげない気遣いに僕は確かに救われたんだ。その時はずっと女子への恥ずかしさで声に意識を向けずに済んだのだ。今度お礼に何かお菓子でもあげようかな。



 ●



 入学式を終えて今はクラスの自分の席に座っていた。どっと恐怖と羞恥で僕は疲れていた。リュックサックを枕にしてずっとうつぶせていた。本当はこの時間に話しかけたりして親睦を深めた方が良いんだろうけども、僕はまったくもって体が動かなかった。一体なんだったんだあの声は。混じり気一つもない純粋な声を、少なくとも高校生以上の男子の声色で響いていたんだ。異質で不気味だった。


「ねえ、えっと君!」

「あ、悟川心冶ごかわしんやです…」


 前の方から話しかけられた。出席番号的にあの小神さんだ。名前を憶えられてなかったので、一応自己紹介をする。うつ伏せ状態でやるなんてとっても失礼だけど。


「心冶君、やっぱり体調悪い?」

「うーん能力の影響なだけだから大丈夫。その内良くなるし、慣れてるから」

「そう?なら良いんだけど。あ、ワタシ小神雷子って名前だから3年間よろしくね!」

「うん」


 初めて言葉を交わしたのは女子の小神さんだった。とても明るくはきはきした姿はまさに後光が差している。それと3年間もクラスは変わることなく一緒だからとよろしくの挨拶も頂いた。3年も一緒だなんて昔の僕には苦痛でしょうがなかったけど、今は燈爾君に小神さんも話しかけてくれるし、なんとかなるかな。


『んむう』

「黙って」

『ん…』


 暫くすると僕の体調も元通りになった。どうやらあの声は体育館だけでしか聞こえなかったみたいで、離れた教室では雑音としても耳に届くことは無かった。あの下か上には一体誰がいるんだろうか。突如として味わったホラー展開に身震いが止まらない。ガラガラと先生が教室に入って来る音がする。


「ようこそ百鬼学園へ。君たちはこれから百鬼学園特殊科1年Q組の計18名だ。担任の水島静史郎みずしませいしろうだ。よろしく」


 そう、一つ嬉しかったことがあった。あの担任教師になった水島先生は、僕がかつて憧れた禍福課見習いって言っていた人たちの1人だったことだ。一番の寡黙で冷静沈着な雰囲気で、次々に扉から現れた敵を金棒でぼこぼこにした凄い人だ。でも、ここまで思っていて確証は無い。話しかけたわけじゃないし、帽子を深くかぶっていたから正確な顔も解らない。雰囲気が彼だとそう訴えているだけだ。それでも嬉しいし、迷惑をかけないよう僕のこの憧れはひっそりと閉まっておこう。


 それとこの学園はクラスの呼び方が特殊で、普通は1,2とかA、Bとなるけど、ここではO、P、Qとなっている。ただ特殊科はQとRで固定なのも知っている。


「今回のクラス選出は特殊でな。このQクラスには一般受験で来た奴しかいない」


「!」


「本来は一般受験がクラスの8割で残りが推薦者となっている。が、理事長の天からの思い付きにより、今回は一般受験者のみと推薦者のみのクラスになった。例年より推薦者が合格してさぞ驚きだろうな」


 理事長…。学校案内のパンフレットに載っていたあの身長が低く奇抜な髪型の理事長が、謎の天からの思い付きでそんなことしたの!?推薦者のみのクラスの為に18人も選出したのは、さぞ先生たちは困惑しただろうなあ。それと同時に一般受験の合格者が少なかったことにも納得した。


「本来ならクラス皆に自己紹介をしていくのがメジャーだが、うちはそんなことしない。勝手に仲良くなれって話だ。てことで、18人は3組2組でも余らない良い数だ。お前たち、廊下に出ろ。良いところに案内してやる」


 自己紹介をしないのがモットーの学校だった…。半ば脅しの先生の言葉に僕たちは素直に従って廊下に出る。そして先生の先導のもととある場所に連れていかれた。そこは体育館よりもだだっ広い箱庭だった。主に体育祭や期末試験の実技に使われている本当にテーマパークのように広い箱庭だ。学校見学では見せてもらえなかったが、こんなにも広いだなんて夢にも思わなかった。


「すごーい広い!」

「はえ~こんなの持ってるとかやっぱ私立ってすげえですな」

「なあ心冶、これめっちゃすごいな!」

「そうだね。でも、何でこんなところに呼んだんだろ」


 僕たちが何故呼ばれたのか不思議がっていると、水島先生はどこからともなく金棒を出し僕たちの方に振り返る。


「一般受験者のお前たちの実力を、今ここで私に見せてもらう」


 僕たちに突きつけられたのは挑戦状だった。

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