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ヨモコさんに案内され、俺は自分の家の近くにある、胡散臭い外観の建物にやって来た。よく見知っていた建物だ。
やけに目立つ無骨なそれは、街の一角にある教会だった。たまに信者が表でたむろっている。別に他者の信仰にとやかく言う趣味は無いが、夜中にコンビニに行こうとぶらつくと、家の近くに大量の人がいるのだから、それはそれでギョッとする。
「魚骨ササル、ね。変わった名前だな。」
「うるさいよ。」
「私は鳥摂津(トリセツ)ヨモコです。教会の婦人部メンバーです。」
「………。中二ヶ原みさご。」
彼女らはそれぞれ、ぺこりとつむじを見せた。中二ヶ原。ヨモコさんはともかく、みさごには言われたくない指摘である。
南に大きく開いた窓から、傾いた夕方の日差しが白い部屋を照らしている。
「お茶入ったので。暑かったよね~今日ね〜。」
ヨモコさんは二Lサイズのペットボトルに入ったアイスティーをついでくれた。コポコポコポと冷たい滝を受けて、紙コップが揺れる。
それにしても、教会とはね。
ありがとうございます、と俺たちふたりは飲み物を受け取る。
ヨモコさんは、終始ニコニコとしながらこちらの様子を伺っているようだが、みさごは俺を爪弾きにでもするように話を前進させる。
「魚骨さん、私は何を答えればいいワケ?」
少女はすっとぼけた表情を貼り付けている。
決まっているだろう、その「マガイア」とやらだ。が、彼女の目は相変わらず険しい。彼女の個人的な骨反的な態度には手を焼く。投げかける質問は、慎重に選ばなければいけないようだ。
「先程、『マガイア』という言葉が出ていたと思うんですが、あなた達はああいったのに詳しいんですか?いわゆる専門家ってヤツ?」
「一般人よりは詳しいだろうね。『マガイア』が出たら、速やかに戦わなきゃいけない。あれらは危ないから。」
「へぇ、具体的な対処までしてるのか。じゃあ、いわゆる『正義の味方』じゃん。」
「誤解を恐れずに言えば、そう。」
しれっとした様子で、彼女は淡白に応じた。
正義の味方、そんな力のあるワードを試してみて、嬉しそうにしているのはヨモコさんだけだ。対照的にみさごはふてぶてしくも、当然意識のまま肯定した。いまだ鋭い目力を崩さない。
「で、ああいった異変っていうのは、どうしてこの世界に出てきちゃうの?あんな不思議なこと、俺の知らないだけで、繰り返し起こっていたり?」
「……そうね。さっきので言えば、あのカラス。カラスは本物のカラスではなく、誰かの使い魔みたいなもの。」
「使い魔?」
「そりゃあそう。普通の動物に時空を歪ませることなんて出来るわけないでしょ。」
みさごはメモ紙とボールペンを取りに、後ろのテーブルへと体を捻った。どうやらこのみさごも、この教会に出入りして日は長いらしい。遠慮の薄い動きだ。
「初めに言っておくけれど、あなたの見たウグイスは、私達と組んでいる。その力を授けてくれている。かと言って、私達のコントロール下にある訳ではない。飽くまで協力関係にあるだけ。
力は力。そこに善意があるかは私達には分からない。けれども、その得体の知れない力以上に、マガイアは危険なんだ。私達は価値中立なその力を、上手く活用するしかない。」
「ふうん、」
俺は情報を引き出すことに全力を出すつもりでここにいる。思ったこと全てを言うようなことは流石にしない。だが、その相槌に含まれた微妙な感情を、みさごは嗅ぎ分けたらしい。
やれやれ、そんな具合にみさごは首を振り、紅茶に口をつけた。
「あのさ、魚骨ササル。今、お前が思っていることを当ててみせようか。その力は、本当に正しいのか?私達教団側の人間が、ただあの怪奇現象に抗っているだけで、実の所どちらが正しいというものではないのではないか?」
「……。」
俺は、何も答えることが出来ない。自分がどんな顔をしているかにも責任を負えない。
彼女はちょっぴり寂しげに笑いながら、淀んだ目で夏の光を見た。暗い目。声には諦めが滲んでいたが、その裏腹に窓から注ぐ光は、パンフレットや書籍の彩りを祝福しているようだった。
「私も伊達で宗教を何年もやっていない。科学万世のこの時代で、あなたが我々の教会に抱く疑念も最もでしょうね。まあ、最初から期待していないものですが。」
「ちょっとちょっと~!そ、そんな言い方ってあるかしら!」
ヨモコさんが横槍を挟んだ。
様子を見ていれば誰にだって推測するのは容易い。最初から見せていた、ヨモコという女の柔和な笑顔の裏には、「俺が彼女らに宗教勧誘され、油を注がれる」ことを前提とした期待があったのだ。
「せっかくマガイアの危険を知っている彼を、敢えて遠ざけることなんて、絶対にあり得ないことよ!過激にやれとは言わないけどね、みさごちゃん。せめてもっと明るく、粘ってでも、話そのものを生かしておかなきゃ。」
「仲間をただ増やせばいいってものではない。教祖様の教条を継承するためには、質の高い精神の芽生えが必要なんです……!」
「それはね、甘いわよ。甘いのよ、みさごちゃん……!」
他の教団員が、何だ何だとロビーに聞き耳を立てているのが分かる。俺は神様への信仰とやらはない。だから、よほどの事がない限りここの教団の信者になることはないだろう。
俺の見通しを知ってか知らずか、みさごは俯いていた。マガイアと戦うということ、その話は、様子を見ている限りでは、みさごからは感じられるが、ヨモコさんからは感じられない。戦っているのはみさごで、ヨモコさんは後方支援、というのが今の俺の見立てだ。
その実践数は別として、みさごよりヨモコさんの方が、教団内での立場が上らしかった。
「私は、思うんです。ずっとずっと昔から。」
それでも、俯いたみさごの、鷲のような眼光は衰えていない。
「偽りの信仰告白などいらない。邪魔なだけです。それじゃあまるで……」
彼女は言いかけて、やめた。何を言おうとしたかなんて、俺には知る由もないことだ。気まずい沈黙が流れ、俺もコップに唇をつける。
「魚骨ササル。これはファンタジーのように見えるけど、解決方法は物理世界と何も変わらない。『マガイアを消すためには、マガイアを分析しなければならない』。まずその力の効果と特性。そして黒幕が何をしようとしているのか。それを調べるところから。地味だけど、そうするしかないんだよ……」
ドンっ──、とどこからか音が鳴った。地の果てから、この教会の一部屋を揺れが襲った。
「!?何?これ地震……?」
「それほど大きくないわ。それより、耳をすまして……!」
外から、多数のカラスの鳴き声が聞こえた。カァカァ、ガァガァ、一羽だけでない複数の鳴き声。
みさごは一瞬呆てけいたが、すぐさま自分を取り戻し、俺に言った。
「今回のマガイアが、何に引き付けられているのかは分からない。魚骨ササルが被害を受けたひとりに過ぎないのか、あなたがどれほど関係しているのかも分からない。でも、これだけは信じて欲しいんだ。私は、私と教団の正しさを信じている。そして、マガイアの持つ力の根源が、ロクなものでない事も。
ササル。私はあなたを、本当は巻き込みたくなかった。戦うのに邪魔だから!力を振るう過程で、私は家族である教団の尊厳を守る義務があるのだから!」
いても立ってもいられない、立ち上がった彼女の背中がそう言ってていた。
窓の外を睨む彼女は、尚のこと闘争の炎をたぎらせている。カラスの鳴き声に混じって、遠くからウグイスが喚いている。
キョキョキョ、キョキョキョ。春を告げる鳥とは言うが、今、あの鳥が叫んでいるものはなんだろうか?
「でも、そうも言っていられない。
その尊厳を守るために、私は誰を前にしようと、やることを変えないし、やるべきことを見誤らない。信じているから。フールエル教会の名のもとに、私は戦うしかない、みたい。」
クマの濃い女は、机の下に置いていた火バサミを引っ掴むと、教会の外に飛び出した。俺とヨモコさんが後を追って飛び出す。
重い門を前に見上げれば、そこにはおびただしい数のカラスがいた。途方もない黒の使い魔が、電線を工作モールのように埋めつくしていた。
地獄のような光景だった。
「マガイア」は、飛来したウグイスに蹴散らされ、確かに燃やされていたのだが、減るよりも増える方が何倍も早かった。カラスは質量保存の法則を無視して、一羽が二羽になり、二羽が四羽になった。どんどんどんどん増えていく。
空は黒のうるさい雲に覆われて、周りの通行人も空を見上げている。
「……いったい、どういうことだこりゃあ。」
増えていくカラスを、俺はただ口を開けて見ていることしか出来なかった。そして、そのカラスがやらかしたことといえば、実にシンプルだった。「ガア」。やつらはそう、一斉にくちばしを揃えて鳴いた。
震える街。そして静寂に飲まれる。
次の瞬間、通行人は消えた。
車も消えた。
散歩をしていた犬と飼い主も消えた。
何から何まで、動くものは全て、跡形もなく消えてしまった。
俺は皮膚でその異常をありありと感じ取っていた。消えたのではない、視認できなくなったのだ。前にいるはずのみさごも、すぐ後ろにいるはずのヨモコさんも姿が見えない。いるはずなのに、いなくなって見えるのである。
燃やされて、墜落していく異形のカラス。そして、燃えるウグイスが、夏の空を一文字に飛行している。
ウグイスが電線に飛び乗るたび、ホロホロと火の粉が舞う。それは本来なら、「危ない」とか「やめさせなければエライ事になる」と思うべき、煩い事であるはずだ。
だが、俺は。いやきっと俺だけじゃない、その光景を見ていた隔絶された人々は、多くが思ったはずだと思う。「美しい」と。失われたカラスの命より、たった一羽のウグイスが、攻撃し、燃やし続けるという、背徳的な美に共感していたのだ。
それは幻想的、というより凡そ現実に起こっている事象だという認識が脳に芽生えなかった。なぜ、どうして。それは分からない。
「マガイア側も、なんで?一人一人を引き離して、それで何をしたいんだ?なんで、」
なんで、こんなに悪魔的に俺の目に映るんだ。悪役だ。
あれらは、自らが正義の側であろうとなぜしないのか。
口に出しても、誰も答えない。
俺は今、ここにひとりだ。
そして、たった一人の奴がもうひとつ。燃えるウグイス。無限に増え続けるカラスを相手に、もう流石にスタミナがないらしかった。
頑丈そうな嘴が小柄なウグイスを襲う。初撃はかわすが、かわした先にまた攻撃が待っている。遂に乾いた音を立てて、手痛い一撃が入る。まだ飛び続ける。また迫り来る。
俺は、一歩踏み出していた。車がただ見えないながら、そこを走っていることも忘れて。
「おい。負けちまうぜ、アイツ!みさごは、戦わないのか……?」
ジリジリと焼き付ける太陽の下で、彼女を呼ぶ。だが、彼女はいない。何かないか、策はないのか!?
ガサゴソ、とポケットにはさっきのアイスのゴミが入っている。
「…………!」
俺はそれを地面に落としてみた。火バサミの音がして、それはモゾモゾと動くと、あっという間にこの世から消えてしまった。
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