8月24日(土)


 朝、いつものかわらにはカッパさんがいた。


「昨日はどうしたの?」


 そうだ、昨日ぼくは来なかったんだ。


「ごめんなさい」


「いいよ、気にしないでね」


 カッパさんは笑ってゆるしてくれた。


「でも、元気ないね」


 全部お見通しだった。


「レン、すごく苦しそう」


 笑っているつもりなのに。


「ねぇ、すわって」


 かわらにすわるぼく。


 となりにカッパさんがすわった。


 ぼくにぴったりとくっつくカッパさん。


 カッパってあったかいんだな。


「ねぇ、レン。思ってること、全部伝えてみれば?」


 とつぜんの言葉におどろいた。


「レンの心の言葉を」


 心の言葉。ぼくの心の歯車がギシリと音を立てた気がする。


「私じゃなくて、レンが本当に信用できる人に」


 恵美おばさん。


「あのね、ちゃんとお話しする必要はなくてね」


「ちゃんとしないくていいの?」


「うん、レンの心につまっている気持ちや思いをぶちまけちゃおうよ」


 心につまっている気持ちや思い。そうかもしれない。


「おこっても、どなってもいいよ。その人にレンの気持ちや思いを伝えてみようよ」


 カッパは心が強いのかな。


 ぼくにはできないよ。


 今よりもっときらわれちゃうもの。


「レン、どきょうつけに行こうか」


 立ち上がるカッパさん。


 ぼくはカッパさんについていった。


 つれてこられたのは、きれいな川にかかる石の橋だ。


 まさかと思うけど、まさかだよね?


「レン、ここから川へ飛びこんで」


 ニュースとか動画で見たことある。


 橋からのぞいてみたけど、かなり高い。すごくこわい。


「私がはじめにやるね」


 そりゃカッパだもの。こわくないよね。


「下で待ってる。ずっと待ってるからね」


 カッパさんは助走までつけて、橋から川へと飛びこんだ。すごい。


 川からカッパさんが笑顔で手をふっている。


 むりだよ。


 ぼくにはできない。


『レンが笑ってくれない』


 ちがう。


『わたしではダメなのかもしれない』


 ちがうんだ。


 恵美おばさんを泣かせるつもりはないんだ。


 ちがう。


 でも言葉にできない。


 きっと説明できない。


『レンの心につまっている気持ちや思いをぶちまけちゃおうよ』


 ぼくにできるかな。


『その人にレンの気持ちや思いを伝えてみようよ』


 そうだよね。


 恵美おばさんなら、きっとぼくの気持ちを聞いてくれる。


 きっとぼくのことをきらったりしない。


 顔を上げると、山の緑、空の青、雲の白、そしてキラキラ光るとうめいの川。


 川ではカッパさんが笑顔で待っている。


 ぼくも助走をつけて、橋から飛び込んだ。


 ざぶーん


 ぷはって顔を上げたら、カッパさんがいた。


「レン、よく飛んだね! カッコよかったよ!」


 ぼくの鼻をちょんってさわってくれた。


 かっぱの女の子からカッコよかったって言われちゃった。


 なんだかうれしいな。






 心の歯車が少しずつ動き出した。


 まだぎこちなくて、歯も合っていない。


 きれいにまわっていない。


 でも、たしかに動き出したんだ。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る