再接近
「ンで結局、それでオマエはトボトボ帰ってきて、ふて寝してたワケね」
ソファに腰掛ける俺の隣で、だらしなく足を組み気怠そうにスマホを触っているカイから、鋭く突き付けられる。
思わず言葉に詰まった俺を見て、カイはため息をついた。
「いやーそれにしても、ズズッ、アキラ氏が女に興味持つなんて珍しいつーか初めてじゃろ高校の時から」
オークは床に胡坐をかいて、ズズッっと汁を豪快に飛ばしながら麵をすする。
「あー...あんま俺は意識してなかったけど」
まあ、言われてみればそうかもしれない。
「イヤイヤイヤ!僕はオマエに何回、いンや、何十回と言ったけどな!それこそ高校からだ」
カイはスマホから視線を上げ、呆れたような視線をこちらに向けながらそう言う。
「正直俺から言わせてもらえば、お前こそ女に興味持ちすぎなんだけどな」
俺は、チラリとカイのスマホを覗き、想定通りTinderで淡々とスワイプしているのを確認しながら言った。
暫くして、カイは一通りスワイプし終わったのか、スマホをポケットに入れ足を崩し俺に体を向ける。
「とにかくなァ、アキラ。オマエのそのオンナへの対応は、100点満点で言うとマイナス5億点だ。控え目に言って死んだ方が良いなァ」
「おい、言いすぎだろ」
泣くぞ。泣き喚くぞ。
「いンや、全くもって言い過ぎじゃないなァ。特に、中途半端に学年を隠した挙句、そのオンナの善意とプライドをへし折るようなカミングアウトをした所は最悪だァ」
「お前のその発言も、俺の心を今グチャグチャにへし折ったけど」
余りに鋭く心を抉るカイの言葉。カップヌードル麺をすすり終わり、具ごとスープをゴクゴクと水のように飲み干したオークが口を開いた。
「まあもういいじゃろ、カイ氏。アキラ氏も思う事があってふて寝してた訳じゃし」
カイの止まらない毒舌をオークが止めてくれた。
お前、いい奴だな...ん?
「いやお前はまず俺に謝れや、オーク」
そんな俺の声に、オークは聞こえない振りをして、食べ終わったカップヌードルの容器をキッチンへと持って行く。
そしてそのまま戻ることなく自分の部屋へと帰っていった。カスが。
そんなオークの後ろ姿を、カイ鼻で笑い飛ばし、背もたれに預けていた体を前へと倒した。
今度は真剣そうな表情でこちらを向く。
「まァ、もう終わっちまったことは仕方ねェ。アキラ、そのオンナの連絡先持ってンだろ?だったらやることは一つだよなァ」
カイは言うことは言ったとばかりの顔をして、のそりと立ち上がる。「ナンかあったら言えよ、出来る限り助けてやるから」なんて手をヒラヒラさせながら、自分の部屋に戻っていった。
...オークがいたら、「カイ氏、DV彼氏適正ランクSですな、フヒヒ」とか言うんだろうな。
照れ隠しのように俺は心の中でそう呟いたが、カイが俺に対しそんな言葉をかけてくれたことが素直に嬉しかった。
カイに言われた通り、あれからすぐに、渾身の謝罪と弁解を兼ねた魂のメッセージを送った。
すぐに横川さんから、『試験の過去問とか、色々融通してくれたら許してあげないこともないよ~』というメッセージが、やけに鼻につくウサギのスタンプとともに送られてきた時には、心底ホッとした。
それからもそこそこの頻度で彼女とやり取りをしながら時が経ち、一週間後。
先週と同じ英語の必修で彼女は、俺と同じ最後列の席で頬杖をつき、今にも崩れ落ちそうな様子で船を漕いでいる。
かくいう俺自身も、余りに抑揚がなく平坦な教授の声を睡眠導入剤に、先ほどまで意識を遥か彼方へと飛ばしていた。
「...んーー」
凝り固まった体を軽くほぐす。スマホをポケットから取り出し、時間を確認すると、もう授業終了15分前。
別に何をするでもなく、横川さんの横顔をぼんやりと見つめていた。
「...」
「...」
どれくらい時間が経ったか、授業は終わっていないので15分以上はたっていない位、彼女の頬を中心に支えていた手から、突拍子もなく頬がずり落ちた。
「...ッ!」
彼女は上半身をビクっと震わせて、態勢を何とか整える。目はバッチリ覚めているだろう。席が最後尾だったのは不幸中の幸いで、彼女の不格好な姿を見ていたのは恐らく俺だけだ。
そんな姿に笑いを堪えていると、眠りから覚醒した彼女は恐る恐るこちらを振り向く。
そして俺の顔を見て、怒ったような、恥ずかしそうな表情でこちらを見つめてきた。
「...あー、可愛かったよ。フフフ...」
「...最悪だあ...」
彼女は、恥ずかしさを何とか下を向いて誤魔化そうとするが、分かりやすいぐらい耳が真っ赤で、何というか、とても可愛かった。
その後すぐに授業が終わり、彼女は
「2限が終わったら、お昼奢って。それで色々とチャラだから!」
と、声を上ずらせながら俺に言い放つ。
そして俺が何か返答しようとしたときには、未だに耳を赤くしたまま、足早に講義室を出て行った。
嵐のようだったなと、ぼんやりとそう思いながら、彼女に言われた言葉を咀嚼する。
...もしかしなくても、昼メシの誘いだよな...?
講義室にはまだ多くの新入生が雑談しながら、各々が次の授業がある部屋まで移動しようとしている。
そして徐々に人がいなくなり、冷静に講義室の周りを見渡す...俺一人。...よし、間違いなく俺一人だ。
「...ッシャア!」
2限が終わり、昼休み。
この時期は新入生が一斉に食堂へと大挙するので、何時にも増して食堂は激混みだ。少なくとも30分以上は並んで待つ。かなりダルい。
そこで俺は、授業が終わり講義室から出てきた横川さんと合流し、彼女を学校近辺にある穴場、ウマくて安い弁当屋に連れてきた。
ここは一部の上級生と教授が足しげく通っており、新入生である彼女にとって、この店の存在はかなり有益なはずだ。
「取りあえず最初は、からあげ弁当が安くてウマいからおススメだね」
「じゃあそれにする。美味しそうだし」
そんなやり取りをしながら、からあげ弁当2つを購入して、適当に学内の開いているベンチに陣取る。
レジ袋から弁当箱を取り出し、彼女に一つ手渡しする。
彼女は受け取った弁当箱を慎重に膝の上で広げ、付属品の袋入りふりかけを開封して、白米にまぶそうとした。
「間宮君、なんで学年誤魔化してたん?」
「...えーっと」
不意打ち過ぎる。
そしてあまりに早い。
お昼奢ったらチャラにしてくれるって言ってたのに。
そんなことを思っていたのが顔に出ていたのか、彼女は苦笑する。
「別に責めるとかそういうのじゃなくてさ、ただ気になっただけ、私は。キョーミホンイって奴」
「興味本位...」
ここにカイがいたら、「文面通りな訳ネェからな。脳ミソ、フォレストガンプくらい爆速で回せや」とか言うんだろうし、俺も普通に考えたらそうなのは百も承知だ。
でもなぜか、なんだか彼女の言葉は本当に文面通りな気がして、なんだか一気にさっきまでの緊張が溶けてなくなったような気がした。
まあそれにしても、言葉を選ぶ必要があるのに変わりはないけど。
「...なんて言えばいいのかな。横川さんと話すのがすごい楽しくてさ、それを崩したくなかった...のかな。...すごい恥ずかしいこと言ってるよね」
「確かにちょっと恥ずかしいかも?」
彼女は、少し驚いたような顔を見せる。なんだか俺は居心地が悪くて、体勢を変えようとしたけど、何となくしっくりとくる体勢が見つからない。
「でも嬉しいよ」
ぼそっと呟くように横川さんはそう言った。
えっえっえっ。それはどういう意味ですか。
俺は思わず彼女の顔を見ようと視線を向けたけど、本人は顔をそらして表情を伺うことはできない。
何か返答しないと。何て返そう。
自分の異性経験の無さが恨めしい。
俺は一旦冷静になろうと、弁当のからあげを口に運ぼうとした。
ツルっと割り箸で掴んだからあげが滑ってしまう。
「っと!...あぶなー」
「...フフフ。アハハハ!!!動揺しすぎだよ」
「そりゃあするよ、動揺は!俺は純情なんだよ!」
その後も息が苦しいとばかりに爆笑する彼女は、俺が口に入れた唐揚げを飲み込み終わるまで笑いを止めることはなかった。
「フフ、ねえ間宮君」
彼女はまだ先ほどの爆笑の余韻を残したニヤニヤ顔で、俺に話しかける。
「これから私の事ナツキって呼んで。私もアキラって呼ぶから。いいよねアキラ?」
「...いいけど。急だね」
「じゃあ、決定!」
彼女はニコリとして、「やっぱりアキラ呼びの方がしっくりくるよ!分かってくれる?」なんて言いながら、今までの分を取り戻すかのように、からあげを口に頬張り始めた。
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