第13話

 そして、博物館が閉館される日。

 僕は会館時間よりも早く、博物館へ行った。

 最終日ということもあって、快感を待つ人の列が、いつもよりも長いように感じた。

 おそらく、今日で見納めだと思い、きたのだろう。


 僕は、休日はいつも昼頃に行っていた。

 しかし、閉館日はたくさんの人が来るだろうと予想し、昼間はゆっくり話す時間は取れないかもしれない。

 逆に夕方に行くことも考えたが、久雄さんが疲れている時に訪れては負担をかけてしまうことになってしまうと思い、開館時間前に行けば、ゆっくり話す時間を作れるのではと思い、この時間に来たのだった。


 僕は、博物館では、なるべく笑っていようと決めていた。

 なぜなら、久雄さんは、僕に話をするときに、いつも笑っていたからだ。

 最終日くらいは、僕も久雄さんの真似をして、笑っていようと思ったのだった。


 僕は、裏口から中へ入ると、スタッフの部屋へと向かった。

 久雄さんはいつもそこで、他のスタッフさんたちと、雑談をしているからだ。


 僕は静かに部屋に入ると、スタッフさんたちは、泣いていた。

 久雄さんも泣いていた。

 僕は、話しかけ辛くなり、そのまま固まってしまった。


 スタッフさんの一人が僕に気づき、話しかけにきてくれた。


「楓珠くん、おはよう。

 君がここへ来るのも最後になってしまったね。

 俺も最後だ。みんな最後だ…

 そうだ、よかったら閉館時間くらいにまたこの博物館へ来てくれるかな?

 打ち上げをするんだ。一緒に楽しもう。」


 僕は、すぐ頷き、


「はい。ではまた後で、ここで会いましょう。

 けど先に、久雄さんにプレゼントがあるので、少しいいですか?」


 そう言って、僕は久雄さんのいる場所へと向かった。

 数歩歩くと、久雄さんは僕に気づいたようで、


「やぁ。楓珠くん。

 今日で私の役目も終わりだね。寂しいな。

 けど、楓珠くんや、他の人たちと関わりあえたこの場所を離れれるのは惜しい気もするね」


 その言葉で、僕は何も言えなくなってしまいそうだったけれど、力を振り絞って、話始めた。


「久雄さん。今まで、お疲れ様でした。

 これは僕の気持ちです。受け取ってください。

 僕も打ち上げに誘われたので、詳しいことはまた後で、という形でお願いします」


 そう言って、僕はアレクサンドライトを久雄さんに渡した。

 久雄さんは驚いた顔をしたけれど、すぐに笑って、その石を受け取ってくれた。


「ありがとう。君が私に何を思っているのかは、今聞くべきじゃなさそうだね。

 さっき、ここにいるスタッフに聞いたんだろう。

 今日、打ち上げをすることを。

 ならその時に、君の秘めた想いを、聞かせてくれ」


 久雄さんは、こんな時でも笑おうとしてくれていた。

 しかし、その奥には、寂しさと切なさ、そしてこの施設への感謝が混じったような顔をしていた。


 その顔に僕は、笑えなくなってしまった。

 あんなに笑おうと思っていたのに、僕は、久雄さんだって悲しいんだということを目の当たりにして、混乱してしまったのだと思う。


 僕は俯いたまま、


「じゃあ、また後で会いましょう」


 と言って、家に帰った。

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