アレクサンドライト

第12話

 僕が中学校に入って最後の春。玄武博物館が閉館されることが正式に決まった。

 僕はその日から、毎日博物館へ行き、久雄さんと話をした。


 久雄さんは僕が来ると嬉しそうな顔をして、部屋に入れてくれた。

 僕はその部屋で久雄さんと世間話などを話しながら時間を潰す。

 もし久雄さんが僕を誘っていなかったとしても、僕は毎日博物館へ行った。


 そしてとうとう、博物館が閉館する日が、一週間前にまで迫っていた。

 僕は、久雄さんに内緒で、宝石を渡そうと考えていた。

 僕にたくさんの石をもらってきた。

 しかし、反対に、僕から久雄さんに、石を渡したことは、一度もない。


 僕は博物館が閉館する節目に、僕を石に熱中させてくれた久雄さんにお礼を言いたかったのだ。

 ただ言うだけでは、いずれお互いとも、忘れてしまうだろう。しかし、石を渡して、そこで、自分の気持ちを伝えるだけだとしたら、石がある限り、僕の気持ちが伝わってくれるだろう。僕の狙いはそこだった。


 しかし問題は、どの石をあげるのかだった。

 僕が今持っている石は、久雄さんからもらったジェードとサンストーンそして母からな色々な経緯でもらった石が、アンモライト、アレクサンドライト、カーネリアン、ソーダライトだった。


 それぞれ、石言葉は、ジェードは知恵。サンストーンは恋のチャンス。

 アンモライトは、過去を手放す。アレクサンドライトは、秘めた想い。

 カーネリアンは、リラックス。ソーダライトは、勇気だった。


 まず、ジェードとサンストーンは、選択肢から除外した。理由としては単純だ。

 僕がもらった石を返すのは、失礼だと思ったからだ。


 次に、アンモライトも除外した。

 まずこの石は、偽物だったし、過去を手放すと言う意味なので、この博物館があったと言う過去も手放しかねない。


 カーベリアンも、除外した。

 理由は、ここからはもう老後の世界に来たんだから、ゆっくりと過ごしていて、と言っていると思われてしまいそうで怖かったからだ。


 僕が悩んだのはその次の段階だった。

 アレクサンドライトかソーダライト、どちらを選ぶのか。

 秘めた想い、アレクサンドライトなら、僕の感謝の気持ちが上手く伝えられるのではと思った。

 勇気と言う意味を持つソーダライトならば、僕にたくさんの勇気をくれたことを、直接伝えるにはこれが一番とも思った。


 困った時の久雄さんが使えない状況での僕の脳は、ほとんど働かなくなっていた。

 他に聞くアテがない。

 その不安が僕の脳を麻痺させたのだ。


 母には、僕から久雄さんのことを話していない。

 だから、僕が久雄さんに何かプレゼントをしたいと言っても、何も助言することはできないだろう。

 それどころか、どのような経緯で出会ったのかなど、質問の矢を喰らわされ、プレゼントを考えるどころではなくなってしまうかもしれない。


 一度は二つとも挙げてしまうことも考えたが、結局一番伝えたいことがわからなくなってしまうのではないかと思い、一つに絞ることにした。


 その結果、僕は、学校にいるときも、家にいるときもどんな時でも二つの石のどっちを選ぼうか考えていた。

 そのせいか、時々、友達や先生、が何を考えているのかわからないと避けられるようになってしまい、家族からも、心配されることが多くなった。

 しかし僕にはどうでもよかった。

 久雄さんにあげるプレゼントを考えるのが最優先だった。


 そして、散々悩んだ結果、アレクサンドライトを渡すことにした。

 理由としては、僕に勇気をくれたと言うことを伝えるためには、まずは自分の気持ちを伝えた方がいいと思ったからだ。

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