第9話

 土曜日、僕はいつもより早く起きて、出かける準備をした。母は、


「こんな早く起きてどうしたの?

 いつもならまだ起きていたとしても、ベッドで寝転がっている時間帯なのに。

 もしかして、熱でもあるんじゃないの?」


 と案の定、光の矢のごとく、攻め続けられ、うんざりしていた。


「うるさい。これから出かけてくる」


 僕は、母を突き飛ばす勢いで、家を出た。

 時間を見ると、まだ七時を回ったばかりだった。集合時間まで二時間はある。

 その間、博物館に行くまでの話題作りをすることにした。


 そして二時間後、僕は日和ちゃんと合流し、博物館へと向かっていた。


 二時間前から話題を作っておいたのが幸いし、会話は途切れずに博物館へ行くことができた。


 そして、久雄さんは、僕たちが見えると、待っていたかのように、博物館を開けてくれた。


「さぁどうぞ。ゆっくりして行ってください」


 久雄さんはそう言うと、奥の方へと入っていった。


「この場所、久しぶりに来たよ。

 なんなら、少し忘れてた部分もあったもん。

 楓珠くん、私ね、昔はよくこの場所に来ていたの。

 けど最近は、時間もなくて、いけてなかったんだ。

 懐かしい気持ちになったわ。ありがとう」


 この瞬間、僕は誘ってよかった。

 久雄さんに聞きに行ってよかったと、心から思った。


「よかった。気に入ってくれて。

 僕も昔は、よくここに来ていたんだけど、最近まであまりいけてなかったんだ。

 けど、久雄さん、さっき博物館を開けてくれた人のことね、その人が、僕にとても大切なことを教えてくれたんだ。

 久雄さんは、この博物館で働いてるのを知って、またくるようになったんだ。

 そんな僕にとっても大切な場所だから、一緒に共有しようと思って、今日はこの場所を選んだんだよ」


 僕あ、心からそう思った。

 もうすぐ閉館してしまうこの博物館を、一生の思い出にするために、彼女をデートに誘った。

 そのきっかけは、久雄さんかもしれない。


 しかし、僕の村では、この博物館くらいしか、デートに向いている場所がないのだ。

 遊びたいという場合なら、公園が五か所ほどあるが、ちっちゃい子供の遊び場になっているので、とてもゆっくり話せるような場所ではない。


 後は、市民プールがあるくらいだ。

 しかし、もう季節は変わり、秋になっていたので、温水でない限り、わざわざ行こうという物好きはいない。

 考え出すと、自分は、いたって普通の場所に来てしまったのだと気づく。


 僕は今、日和ちゃんと一緒に、この閉館間際の博物館で、スタッフや久雄さんを除いたら、僕らしかいない状況で、話をしている。


 僕は一つ一つ、石の名前を、その石に込められた意味を答えながら、博物館を回った。


 たまに日和ちゃんが、


「この石知ってるよ」


 と言ったりするので、その石は、より細かく説明を加える。


 本当に日和ちゃんが楽しめるのか心配だったが、その心配は要らなかったようだ。

 彼女は、いろいろな石に興味を持ったので、僕は安心した。


 たっぷり二時間半ほど堪能してから、僕たちは博物館を出た。

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