第5話

「よし、じゃあ行こうか」


 そう言って、久雄さんは山を降り始めた。


 僕は迷った。

 さっきまではあんなに行きたかったのに、今はあまり行きたくは無くなっていたからだ。

 山を降りるということは、村のほうへ行くということであって、母のいる場所に近づくことになり、見つかる可能性が高くなるということだった。


 しかし、好奇心には勝てず、結局ついて行った。


 しばらくすると、山を降り、村の麓まで来ていた。


 僕はなるべく人目につかないように移動をした。

 もし、自分の近所に住んでいる人がいて、母に話してしまったら、すぐに場所がバレてしまうからだ。


 僕と久雄さんは、一時間ほど村を歩いた。

 村の隅に、玄武博物館がある。

 その博物館には、僕にくれたジェードよりももっと大きなジェードがある。

 久雄さんはそのことを知っていて、この場所に連れてきたのだろうか?


 博物館に入ると、久雄さんは、スタッフ専用のドアへと一直線で進んだ。

 僕が、そこはスタッフ専用だから入れないと言おうとすると、久雄さんは、そのドアを開け、中へ入って行ってしまった。


 僕は急いで、久雄さんを追ってドアを開けた。

 そこには、作業をする数人の人影と、その人たちと話をする久雄さんの姿があった。


 僕はこの時やっと気づいた。

 久雄さんは、この博物館で働いている人なんだ。

 あの時、ジェードを持っていたのは、そのためだったのか。

 僕の中で納得をしていると、久雄さんは、


「そんなところで立っていないで、こっちへおいで」


 と言った。

 僕が久雄さんのそばまで行くと、作業をしていた一人が、どこからか、椅子を持ってきてくれた。

 僕は、その人にお礼を言って座らせてもらった。


 久雄さんが座っている椅子のそばにある机を見ると、鉱石の原石が数個置いてあった。


「これは、ジェードの原石なんだけど、加工してみる?」


 僕は、原石の実物を触ったことがなかったけれど、やってみることにした。


 まずはなにをするべきか尋ねると、原石を大体の大きさにカットすることから始めるのだと言った。

 僕は、スタッフの人に隣についてもらいながら、ルーターで切り込みを入れていった。


 二時間ほどすると、石をカットすることができた。

 久雄さんがやってきて、


「綺麗に切れたみたいだね。

 よし、じゃあ次は好きな形に切っていこうか。

 ここにリストがあるんだけど、どんな形が好きかな?」


 僕はまず、昔久雄さんにもらった石の形を想像した。

 丸っこくて、すべすべした石。

 しかし、同じ石を作ることはできないので、他の形を考えることにした。


 それは、いつでも身につけていられる形、ネックレスについているような、けれど気取らず、シンプルな形のものを想像した。

 そして、その条件を満たすことのできる形をリストの中から探した。


「勾玉の形なら、僕も、いつでも身に付けてられるし、母に捨てられることもない。

 だから、僕はこれにするよ」


「じゃあそうするか。

 まず、切った時に勾玉の形になるように、鉛筆で形を書いていこうか。

 その次にルーターで細かく削っていこう」


 僕は、久雄さんに教えてもらいながら、慎重に作業を進めた。

 そして、完成した時には、夕暮れになっていた。


 完成した勾玉を紐につけてもらい、僕は首に下げた。


「これで、前のジェードよりも、思い出に残るジェードが作れたね。

 よし、じゃあ私の家に戻ろうか」


 久雄さんは、笑ってそういうと、移動するために、席を立った。

 そして、僕と一緒にその部屋を出ると、鍵を閉めた。


「そういえば、まだ君は、家に帰るつもりはないのかね?」


 僕は、どうしようか悩んだ。

 結局違うものになってしまったけれど、ジェードは手に入れることができた。

 しかも、昔僕に石をくれた久雄さんと一緒に作ったものだ。

 これ以上ない喜びを感じていた。

 もう、母を許してもいいのではないかと思うくらいに。

 散々悩んだ結果、僕は、家に帰ることに決めた。


「久雄さん。いろいろありがとう。

 僕は家に帰るよ。

 トラブルが今度はないことを祈っているけど、もし起きちゃったら、また家に行ってもいいかな?」


 僕は、久雄さんに感謝の気持ちでいっぱいだった。そして、久雄さんは、


「いつでもおいで、そうしたら今度は、他の石も加工しようね」


 と言った。僕

 は、これ以上この場所にいると、嬉しさで泣いてしまいそうで、静かに、博物館を後にした。

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