第4話
翌朝、僕は日が昇る前に起きた。
しばらくしてから、久雄さんが起きて
「おはよう。ちょっと移動しようか」
久雄さんは優しい口調でそう囁いた。
僕は、静かに頷いた。
「ちょっと距離はあるけど、体力に自信はあるかい?」
僕は、運動が特別得意ではなかったが、体力には自信があった。
もしも、自分で採掘できる日が来たときに、体力がなくては大変だと思い、毎日筋トレをしていたからだ。なので、
「体力には自信があるよ」
とだけ言った。
「よし、じゃあ行こうか」
そうして、移動を始めた。
久雄さんは、思ったよりもおじさんでないことに僕は驚いた。
なにせ、歩く速さがとてつもなく早いのだ。
けれども、僕は体力に自信があると言ってしまったので、ここで追いつけなくてはその言葉が嘘になってしまうと、一生懸命ついていった。
しばらくすると、山の頂上に着いた。
「ここからの眺めが、一番綺麗なんだよ」
久雄さんは言った。
そして僕も、その眺めを見た。
とても綺麗だった。
この村で、こんなにも綺麗な場所があるなんて知らなかった。
霧がかかった山はまるで、翡翠のようだった。
「この景色、綺麗だろう。
私は、この景色が一番好きなんだよ。
君にも共有したくて、ここにきたんだ。
どうだい? 気に入ってくれたかな?」
僕は、随分とこの景色を眺めていただろう。しばらくすると、
「じゃあ行こうか。
そろそろ日も出て来るだろうし」
僕は、これからどこに行くのだろうと疑問だったけれど、静かに進んでいく久雄さんについて行こうと決めた。
学校で、知らない人にはついて行ってはいけないと言われていたことが頭の中によぎったが、僕は『この人にだったらついて行っても大丈夫だ。昔も僕が困っている時に助けてくれた人だもの。』と自分に言い聞かせた。
僕は黙って久雄さんについて行った。
下山途中、中腹あたりまできたところで、不意に、久雄さんは止まった。
なぜ止まったのか尋ねようとすると、
「ここに、ウワバミソウっていう植物があるんだけど、この草がとっても美味しいんだよ」
といった。僕の中にある好奇心が掻き立てられた。
どんな味なのだろう。
「僕、それ食べてみたい」
と僕は食い気味に言うと、久雄さんは笑った。
「たくさんあるから、欲張らずに集めようか」
久雄さんは、一掴み一掴みとウワバミソウを摘んでは、一箇所に集めていった。
そして、十分すぎると思えるほど集めてから、
「次に行こうか」
とだけ言い、また移動を始めた。
数メートル移動した先に、また別の植物があった。
久雄さんは黙ってその植物をとると、また移動を始めた。
しばらくすると、朝起きた場所に戻ってきた。
昨日は暗くてよくわからなかったけれど、そこには、鍋やボウル、皿などの色々な料理器具が揃っていた。
「ここは私の家なんだ。
今から料理をしようと思うんだけど、手伝ってくれるかな?」
僕が頷くと、久雄さんは笑みを浮かべた。
「まず、ウワバミソウの葉っぱを全部とってくれるかな。
その次に、茎の表面を剥いてくれるかい?」
僕は言われた通りに、まず葉っぱをとった。
しかし、茎の表面を剥ぐとはなんだろう。
その意味がわからずに、考えていると、
「茎の皮はね、こうやってむくんだよ」
と、茎の端に爪を入れて、茎の皮を剥いていった。
僕は、見よう見まねでやろうとした。
しかし、なかなか爪が入らず、爪が入ったとしても、そこから綺麗に剥くことはできなかった。
それでも頑張ってむき終わると、久雄さんは、
「むき終わったみたいだね。
じゃあ次は茹でようか」
と言った。久雄さんは、鍋に川で汲んできた水を使い、火を起こして加熱し始めた。
そして沸騰すると、ウワバミソウを入れ、塩を入れた。
その手捌きは見事なもので、僕には到底できそうにないものだった。
しばらくすると、赤みのあった茎が、綺麗な緑色になった。
すると、久雄さんは、ウワバミソウを鍋から取り出し、包丁で切り始めた。
包丁と言っても、金属製のものではなく、黒曜石を加工して鋭くさせたものである。
それを大きく平べったい石の上に置き、切っているのであった。
一口サイズに切った後、僕に鍋に水を汲んで来るように頼んできた。
僕は頼まれたように水を組んで戻ってくると、久雄さんは、とってきたもう一つの草をせっせと干していた。
僕が、その草はなんなのかと尋ねると、
「ヨモギ。」
とだけ答え、そしてにやけた。
それ以上のことは言うつもりではないらしいので、僕も黙ってしまった。
しばらく作業を続けた後、
「これは、今はまだ飲めないけど、明日になったら飲めるから、気長に待とうか」
僕には、ヨモギがどう言う植物なのかわからなかったけれど、黙って頷いた。
「ああ、汲んできた水は、一度加熱してから使わないと、細菌とかが入っててお腹壊すからね。
加熱して菌を殺さなきゃいけないんだよ」
なぜ加熱する必要があるのか、不思議だった僕の顔を見て、その話をしたのだろう。
僕は、納得したので、鍋を加熱し始めた。
久雄さんは、家の中から近くの農家さんにもらったという大根の葉っぱと味噌を取り出してきた。
「この葉っぱを入れて、さっきのウワバミソウをその後に入れてくれるかな。
大根の葉っぱが茹で上がったと思ったら、味噌を入れて完成だ」
僕は言われた通り大根の葉っぱを入れ、ウワバミソウを入れた。
ここまでは順調だった。
しかし、大根の葉っぱがの色が変わってきた、綺麗な色ではなくなってきてしまったのだ。
僕のやり方が間違っていたのかと思ったけれど、久雄さんは、味噌をささっと入れてしまった。
「今日はご馳走だ。
何せ、いつもと違って今日は一緒にご飯を食べてくれる人がいて、料理を手伝ってくれたんだもの。早速、いただきます」
僕も、いただきますを言ってから、味噌汁に口をつけた。
味噌汁は、これまで全く食べたことのない味をしていた。
味噌も、僕がいつも食べている、米麹の味噌ではなかった。
これはなんの味噌なのかと聞くと、
「これは、ノビル、ツワ、スギナ、たんぽぽの葉っぱ。
あと、カラスノエンドウのさや、セリ、鷹の爪を合わせて作った自家製の味噌なんだよ。
時々村でこの味噌をお裾分けしてるんだ。
昔、楓珠くんと出会ったのも、その時だったんだよ」
僕は、たんぽぽやカラスノエンドウなどの植物はわかったけれど、ノビルやツワなどの植物についてはなにもわからなかった。
僕たちは味噌汁を食べ終わると、川へ行き、器を洗った。
「また移動するけど、いいかな?」
僕は、これからなにをするのかわからなかったけれど、ついていくことに決めていた。
「いいけど、どこへいくの?」
とだけ言った。久雄さんは、
「いいとこ。」
といい、笑った。
今まで見た久雄さんの笑いの中で、一番笑っていた。
その笑い方に、僕の好奇心が刺激された。
「行く行く。楽しいところなんだよね」
僕はたちまち嬉しくなって、はしゃぐように言った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます