第3話

 いざ山へ行ってみると、そこは恐ろしいほど静かで、不気味なところだった。


 そこにあるのは、草、木、土。

 リスのような小動物や、熊のような大きい動物もいない。

 僕は不安になった。

 この先、このなにもいない場所でどうやって生きていこうか。

 食べ物はなにを食べよう、飲み物はどこで飲もう。

 どこで寝よう。


 色々な不安が湧いてきた、もう帰ろうかさえ思い始めた。

 けど、ここで帰るのは嫌だった。

 自分が悪かったことを認めて、母に謝らなければならないことを、認めたくなかったのだ。


 僕のことをなにもわかっていない今の母は、僕にとって、敵でしかなかった。

 昔とは違い、今なら戦える、知識もある。そのことを、僕は信じて疑わなかった。


 しかし、不安もあった。

 僕はこのまま生きていけるのだろうか。

 そして、後悔もしていた。

 山へ行くのなら、石とは離れてしまってもいいから、山に関する知識をつけておくべきだった。

 食べられる草はなんなのか、逆に食べてはいけない草はなんなのか。

 そのことが、僕には区別が着かなかった。


 日も暮れてきて、途方に暮れている時、不意にあのジェードをくれたおじさんがやってきた。


「どうしたんだい、こんなところで。

 ジェードは大切にしてくれているかい?」


 僕はその言葉で泣き出してしまった。

 あの時と同じように。

 ただし今回は、欲しいものがあって泣いているのではなかった。

 ジェードを大切にできなかった自分のおろかさに、泣いているのであった。


 そして僕は、ありのままを話した。

 あの言葉の後、僕が石という存在に魅力を感じ、たくさん調べ、たくさん知識として蓄えて行ったこと。

 ジェードをとても大切に思っていたこと。

 そして、母に、ジェードを捨てられてしまったことを。


 そして、おじさんは、僕に色々なことを話してくれた。


 おじさんは、三鶴城久雄という名前なのだと語った。


 そして、僕に、ジェードの意味を教えてくれたように、食べられる草と、食べられない草の違いをゆっくりと教えてくれた。


 久雄さんは、僕に、色々なことを教えてくれた。

 戦争の話や、海で同僚と一緒に遊んだ話など。

 周囲に人がいたら、どうでもいい話をしているように見えるかも知れないが、僕には、その一つ一つが新鮮で、真新しいものだった。


 戦争という存在は、過去にあったというだけで、僕には関係ないことだと思っていた。

 資料に載っている文章では、実感が持てず、見ていても、自分には関係ないと思っていた。

 しかし、実際に身をもって体験した人の話では、全く違って聞こえた。


 海という存在は、画像で見て、映像で見るものだった。

 それが、実際に行った人の話を聞くと、もともと持っていた印象とは全く違うように見えて、僕には、その風景が目に浮かぶようだった。


 そして、たくさんのことを話しているうちに、すっかり日は暮れてしまい、僕は眠たくなってしまった。

 そして、久雄さんは言った。


「もうおやすみ。

 一緒に今日は寝るから安心しておやすみ」


 その言葉を聞いて、僕は安心して眠りについた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る