第2話
ジェードという石は、日本では翡翠と言われる石だったというのは、つい最近知った。
ただ、見ていると取り込まれるような緑色をしたその石を、僕は毎日眺めていた。
そんな出来事があってから、僕は、石という存在のことが、大好きになった。
図書館に行き、石に関する本を借り、その内容を頭の中に詰め込んだ。
また、借りて読んだ本の中でも、特に気に入った本は、母にねだり、本屋で買ってもらった。
母は、一つのことにすごくこだわる性格をしていた。
これと決めたら、その分野を徹底的に突き進み、その部門のプロになるまでは、ずっとその勉強をしていた。
一時期、オムレツを作ることに砂糖の量や、卵の溶き方、焼き加減などを徹底的に追求していた時は、毎日朝昼の二回オムレツが出てきた時もあった。
そして、うまく覚えることができない時や、うまくいかない時は、不機嫌になり、その日の晩御飯も質素なものになる。
その性格が僕にも少し遺伝したのであろう。
僕にとって、熱中する分野は、石だった。
これからも、もっと石について、突き進んでいこうと思っていた矢先、ジェードを捨てられるという大事件が起きてしまった。
母は、掃除をしていた時に捨ててしまったらしい。
そして、母は、捨ててしまった代わりにと、アンモライトという宝石の標本を僕に渡してきた。
アンモライトには、過去を手放すという意味がある。
母はおそらく、この石が持っている意味を知らないだろう。
しかし、僕には過去を捨てて、もっと先を見ろ、と言われているようだった。
さらに母は言った。
「石に熱中する分には構わないけどそのほかのことを全くやらずに部屋も片付けないんだから。
これからは、もっと部屋を綺麗にしてくれれば、私が掃除する必要なんてなくなるから、ジェードみたいなことにはならないから。
今度、ジェードを新しく買ってあげるから」
その言葉で、僕の中にある何かが切れた。
「僕の大事なものを勝手に捨てておいて、おまけにアンモライトを渡してくるのなんて。
意味をわかって、この石を渡してるの?
大事な物を捨てられて、おまけに、この石であったことを忘れろと言っているような物じゃないか。
こんな家にもう居たくない。
こんな家もう出てってやる」
今思えば、決断を早まってしまったかも知れないと思う。
しかし、この時ばかりは、自分を抑えることができなかった。
ほとんど、衝動的に家を飛び出した。
しかし、どこへいくとも決めていない。
そこで考えついたのが学校の裏の山だった。
山なら、誰かの家に行き、そこで迷惑をかける、ということはしなくて済む。
なおかつ、ひどいことをした母とも会う確率を下げられる。
そう考えたのだった。
部屋を片付けなかった。僕が悪い。
そう考えるのが嫌だったのだ。
それに、僕の部屋に散らばっている石や本だって、出鱈目に置いているわけではない。
例えば、床の隅の方に開いてあった本。
あれは、石に込められた意味を覚えるために、自分が今まで覚えてきた知識を確認するために開いてあった本だった。
僕が、復習をしている時、母が、
「風呂に入りなさい。
もう五時だよ(僕の家では、五時に風呂を入るというルールがある)」
と言うので、渋々風呂に入った後に、また復習しようと思って、そのまま置いてあった本なのだ。
他にも、石の画像を見るために、すぐ自分が調べられるように、自分の勉強机に置いてあった図鑑や、実際に目で見たり、触ったりするために置いてあった本など、置いてあったもの一つ一つにそれぞれの理由があった。
部屋が散らかっていたのには、一つ一つ理由がある。
僕はそれを全て覚えている。
ならなぜ片付けなければならないのか。
僕にはそれが理解できなかった。
僕が意図しておいている物であって、決してゴミのように、適当な場所に投げているのではない。
そのことをわかってくれない母に、僕は怒りを覚えたのだった。
それに、新しいものを買ってあげると言っていたが、僕にはそのことが理解できなかった。
石は、二つとして同じ形、同じ重さをしているものはない。
それぞれが『個』を尊重している物なのであった。
僕は、石には感情があるのではないかと考える。
なぜなら、先ほども述べたように、同じ形や重さの石は、存在しない。
それはつまり、丸っこい石、ゴツゴツした石、すべすべした石、大きい石、小さい石など、たくさんの形に分けられることや、エメラルドやダイヤモンド、アメシストなどの宝石と呼ばれるものや、泥岩や、化石などといった種類にも言い表せる。
たとえ、加工をして、同じ形になったとしても、細かい模様は同じにならない。
丸っこい石なら、優しい性格をしているのだろうな。
ゴツゴツした石なら、自分を強く見せたいのかな。
すべすべした石なら、もっと触られたいのかな。
そういうことを考える時間こそ、僕にとって、一番の娯楽だった。
母は、こだわる物に対しては、異常とも言えるほど、こだわり続けるが、そのほかのことに関しては、全く興味を示さず、適当になる。
母にとって、石というのは、興味のないものに入るらしい。
だからこそ石を捨てるなどというあってはならないことを悪びれずに言えるのだ。
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