宝石図鑑

EVI

ジェードとアンモライト

第1話

 十二歳の夏、僕は山へ行った。家出をしたのだ。

 もう家にいるのが耐えられない。

 どこか遠くへ行きたい。

 そう思うけれど、いくあてなんてなかった。


 僕が家出をするきっかけは、母との口喧嘩だった。

 母が、僕の大切にしていた石を捨ててしまったのだ。

 それは、僕が好きだったジェードだった。


 僕が五歳の頃、道路に敷き詰められている石が、なんで取れないのだろう、と考えていた。


 これも森や川に落ちている石と同じ石であることは違いないのに、なんで取ることができないのだろう。

 この石のこの形が気に入ったから欲しい・そう思っても、取れるはずがなく、僕は途方に暮れていた。

 待ち飽きた母が言った。


「この石は、ここにいなくちゃならない理由があるんだよ。

 楓珠が持って帰っちゃうと、この場所に居られなくなっちゃうでしょ。それだと、この石は困っちゃうの。

 だから、諦めましょう」


 それでも僕は、その石を触り続けた。

 触り続けていれば、いずれ取れるとでもいうように。

 しかし、しばらくすると


「いくよ」


 と言う声とともに、母が僕の腕を引っ張った。


 僕は泣き出してしまった。

 これは僕の物なんだ。

 僕が持っていたかった物なんだ。

 それなのに母は、邪魔をした。

 邪魔をする人たちは、みんな敵だ。

 けど、敵っていうのはとても強いんだ。

 僕が今、その敵と戦っても、すぐに負けてしまう。

 勝てるはずはないんだ。

 おそらく、この時の僕は、このようなことを考えて居たのであろう。


 僕が泣いていると、知らないおじさんがやってきた。


 そして、そのおじさんはこう言った。


「この石をあげるよ。

 地面にあるものとは違うけど、貰ってくれるかな?」


 その声が、僕を落ち着かせた。

 この人は僕の味方だ。


 そう思ったのかもしれない。あるいは、ただその石が綺麗で、地面に埋まっていた石のことを忘れていたのかもしれない。


 おじさんは僕に続けてこう言った。


「この石はジェードっていう石なんだよ。

 この石には、知恵という意味が込められていているんだ。

 知恵っていうのは、例えばさっきまで君がずっと取ろうと触っていた石。

 この石をどうやったら取り出して、君の物にできるのか。

 そう言ったことを考える力のことを言うんだよ」


 僕には、その言葉は理解できなかったけど、忘れられなかった。

 僕には、おじさんが、魔法を使っているように見えた。

 忘れることができない魔法。

 その魔法は、僕が小学校六年生になっても、ずっとかかり続けていた。


 それだけ、その人のことが不思議な存在だったのかも知れない。

 突然現れて、綺麗な石をくれて、理解できない言葉を残して、どこかへ行ってしまった、そのおじさんが。

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