第4話 新生活と勇者様。
アゼサリュームに来てから一ヶ月が経った。
俺はマリアの家で、ミセリアは別の家で今は暮らしている。
正直、どこに住むのか決める時はとても大変だった。
俺は人の国へ行く前までマリアの家で過ごしていたので今回もマリアにお世話になることになったが、俺が「ミセリアも一緒に住まわせて欲しい」と頼んだら、マリアは断固拒否をして、ミセリアと大喧嘩を繰り広げるという大波乱が起きたのだ。
あの時はホントに収集がつかなくなると誰もが思ったが、周りで傍観していた一人の精霊が「じゃんけんで決めれば良いじゃないですか……」と呆れ気味に呟いてじゃんけんしたのが決め手となった。その時の精霊、本当にナイス。ちなみにマリアが勝った。
そして、タダで住まわせてもらうのも申し訳ないので、俺とミセリアで新たな事業をアゼサリュームへ取り入れた。
それは『精霊相談依頼所』という事業だ。
仕事内容はシンプル。精霊たちの悩みを聞いて、それを解決していこうというものだ。
あ、精霊にはお金という概念は無いから相談も依頼も無料だ。
ちなみにめちゃくちゃ盛況だ。
俺が全ての精霊と知り合いというのもあるが、精霊達にとって悩みを打ち明かす場所ができたというのが斬新なのだというらしい。
まあ、精霊って基本的に自分一人で解決しちゃうことが多いから、他人に頼るっていうのは精霊達にとっては興味が引かれるのだろう。
そんなわけで、今日も賑わっていた『精霊相談依頼所』だが──。
「来ちゃった♪」
「帰れ」
てへっ!みたいな表情で入店してきたマリア。
公務はどうした。公務は。
「ひどいなー!このお店を建てたのは私だよ?」
「そうだが、お前が来るだけで店の空気が重くなるんだよ……」
実際、マリアが来たことで場の雰囲気が一気に物々しくなる。
こいつ、一応神様だからな。
もう少し神様らしいことをして欲しいと思いつつも、俺はマリアを相談室へ連れて行った。悩みを店の表で聞くわけにはいかないからね。
「……で、何の用だ」
小さくため息を吐きながらソファに座る。
それに釣られるようにマリアもソファに座って、「んー」と頬に指を当てた。
「様子見?」
「ご利用ありがとうございました。出口はあちらです。またのご利用を心から永遠にお待ちしません」
「わああん!冗談だってえ……!」
ちょっとムカついてソファから立ち上がると、マリアが俺のローブを掴んで泣きついて来る。
やめろ、ローブが汚れるからホントにやめっ……って、鼻水つく!付くから一旦離れろ!
数分後──。
「……で、改めて相談、もしくは依頼を聞こうか」
なんとかマリアを落ち着かせ、再び相談を聞く姿勢に入る。
ちなみに俺のローブは洗濯中だ。
マリアはズビッと鼻を鳴らしてこくりと頷く。
「実は、君に頼みたいことがあってね」
「頼みたいこと?」
俺の反芻にマリアは赤くなった目元を拭いながら頷く。
「実はね、新しい精霊が生まれたんだ」
♢♢♢♢♢♢
「クソッ!」
酒場に響くテーブルを叩く音と男の怒声。
ここはついこの間までルクたちが住んでいた国、トクレン。
「おいおい、レストル。そんなに飲んで大丈夫かよ……」
筋骨隆々な男が赤髪の青年に心配そうに声を掛ける。
「うるさいぞ、シェル!俺は今、機嫌が悪いんだ!」
レストルと呼ばれた青年はドガンっ!と大きな音を立ててジョッキをテーブルに叩きつけた。
彼ら二人は元勇者パーティの『剣聖』レストルと、『戦士』シェル。
ルク達と別れる前までは冷静沈着な雰囲気を纏っていた彼らは、今となっては余裕のないように見える。
「おい、見ろよ。『剣聖』だぞ」
「え?勇者を独断で追放した『無能者』で有名なあの?」
酒場の隅に座っている男達がコソコソ話しながらクスクス笑い出す。
それをきっちり聞いていたレストルはその男達にキッと睨みつけ、男達を黙らせる。
「……チッ!何でこんなことに……」
レストルは嫌気が差したかのように机に突っ伏した。
実は、こうなった原因は一ヶ月前に遡る。
一ヶ月前──。
レストルとシェルは共にルクの勇者パーティ脱退を報告するために王城に足を運んでいた。
今の国王は歴史上最も若く王座に座り、齢は14。
年が近いのもあって、ルクとはとても仲の良い友人同士だった。
そのため、ルクの勇者パーティ脱退は国王にとって酷な話。ましてや、追放による脱退ともなればレストル達の肩身が狭くなる。
ここはなんとか追放を知られずに乗り切るしかないだろうとレストルは考えていた。
「カレストルフ殿下の御成で御座います」
その声が聞こえたと同時にレストルとシェル、その場に立ち合っている貴族達も面を下げる。
それと同時に扉の開く音が響き、コツコツと足音が聞こえてきた。
しばらく体勢を変えずにいると足音が止まり、「面を上げよ」という凛々しい声が聞こえ、その場の全員が顔を上げた。
カレストルフ・ヴァルク・トクレンジャーム。
僅か14歳で人間族最大の国・トクレンの国王の座に就いており、その聡明な思考は誰にも辿り着くことは出来ないと言われるほど。
金髪碧眼の中性的な容姿をしており、性格も温和であるため老若男女での人気が異常に高い。
彼は静かに玉座に座ると、蛇のような目つきでレストル達を見つめる。
「……今回はどんな用かな。『剣聖』?」
「は、はい……」
レストルは少し鼓動が早くなっているのを抑えるように小さく深呼吸して、自身の口を開いた。
「陛下。実は『勇者』ルク・ベルセルクが勇者の責務を放棄しました」
「……ふーん」
カレストルフは相変わらず鋭い目つきでレストル達を見つめる。
怪しまれているのではないかと手から汗が滲むが、カレストルフの前では一挙手一投足が嘘の断定に繋がりかねないので必死に隠す。
だが──。
「──それで?」
「え……?」
カレストルフの質問に唖然としてしまう。
「だから、何でルクが勇者を辞めたのかを聞いてるんだけど?」
「……自分じゃ実力不足だと言って去っていきました」
これは元から考えていた言い訳だ。
レストルはどんな質問が来ても良いように、事前に口上を用意していた。
それも、普通なら納得しくれるような返答のみを用意して。
「いや、それは無いな」
しかし、今回は相手が悪かった。
カレストルフの言葉に、その場は騒然とし始める。
「それは無い……とは?」
「簡単な話だよ」
カレストルフは玉座から立ち上がり、レストルに近付いていく。
「ルクは精霊達の期待を背に勇者になったんだ。アイツは人を裏切るようなことは絶対にしないからな。途中で勇者を辞めたなんて到底信じられん」
「……っ!しかしそれは……!」
「ああ。ただの期待論だ。でも、俺はアイツが絶対に自分を曲げないことを知っている。となると、勇者を辞めた理由は三つの可能性に絞られる」
彼はレストルの目の前に立つと、3本の指をこちらに向ける。
「一つ、パーティ環境が最悪だった。二つ、勇者を辞めざるを得ない状況になった。そして……」
彼は可能性をひとつずつ言っていくと同時に、指を折り曲げていく。
そして、最後の可能性。それは──。
「三つ、その二つの可能性が同時に起こった」
カレストルフの言葉にシェルがビクッと体をほんの少し反応させる。
普通なら別に認識されないほど小さな震えだが、カレストルフの前ではそれは悪手だ。
「あれ〜?『戦士』シェル。今、少し反応してたよね?」
「い、いえ。邪な考えなど決して……」
「ふーん。邪な考えねえ……。僕は一言も『マズイことでもあるのか』って聞いてないんだけど?」
シェルはしまったと汗をダラダラ垂らす。
レストルはシェルに恨みを抱きながらも眉ひとつ動かさない。
「……ま、いっか」
カレストルフはそう言うと玉座へ戻っていき、再びこちらに視線を向ける。
彼の瞳は先ほどとは違い、笑みを含めた目だった。
「『剣聖』レストル、『戦士』シェル。君たちには『東の勇者』を探しながら『西の勇者』の手助けをしろ。『東の勇者』が見つかり次第、王城に来るように。見つかるまではトクレンへの入国を禁ずる」
彼はそう言って、レストル達を実質国外追放したのだった。
のだが──。
一ヶ月経った今でも、レストル達は国内へ留まっており、酒を浴びるように飲む生活を送っている。
ちなみに、「『剣聖』が『勇者』を追放した」と言う噂はカレストルフが流したものだ。
まだ出て行かないレストル達への遠回しな追放命令である。
「くっ……!ルクを見つけろっつったって、どこ行けば良いんだよ!」
レストルがバアン!とテーブルを叩く。
確かに、ルクの精霊の力のせいで痕跡は一切見当たらず、目撃証言も宿で手詰まり。
見つかるはずが無いのだ。
「……お困りのようですね」
「ゔん……?」
突如掛かった言葉にレストルとシェルは振り返る。
そこにはフードを深く被り、顔は見えないが女性であることは確かな体をしていた。
彼女は静かにレストルの隣の席に座り、店員に「炭酸水を一つ。生暖かいので」と頼んだ。
「なんだ、テメエ……」
「そうですねえ……。とりあえず『カラス』とでも呼んで下さい」
カラスはそう言って手を組み、顎を乗せる。
「早速ですが、貴方達は『東の勇者』を探しているのですよね?」
「っ!居場所を知っているのか!?」
「ええ。知っていますよ」
レストルは一気に酒酔いが醒め、椅子から立ち上がる。
それに対してシェルは冷静にカラスの話を聞いていた。
「どこだ!?どこにいる!?」
レストルはカラスにずいっと近づく。
カラスは「まあまあ」とレストルを宥め、一つの水晶を取り出した。
そこに写っていたのは、巨大な樹。
「これは……?」
シェルがそう聞くと、カラスはフッとうすら笑みを浮かべる。
「精霊の国・アゼサリュームですよ」
突如聞いたことのない国名に二人は首を傾げる。
それに対してカラスは笑みを深めるだけ。
「アゼサリュームは精霊の力が無ければ入国はおろか、入口さえ見つけることさえ出来ません。1000年も人間との交流を絶っている国ですから知らないのは当然だと」
「では、どうやって入国できるようになる?」
「俺たちは精霊を視ることも出来ないんだぞ」と不機嫌な顔をしながらシェルが質問する。
その質問に対し、カラスは可笑しそうに口元を綻ばせた。
「簡単ですよ。精霊の力を持っている人間に協力して貰えば良いんです」
「それは……」
二人はまさかと顔を見合わせる。
「そうです。『西の勇者』ですよ」
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