第3話 精霊神と勇者様。

 精霊の国・アゼサリューム。

 精霊たちが住まう巨大な国で、約3000年の歴史を持つ最古の国。

 ここに訪れるには精霊の力が必要であり、持たざる者は入国どころか入り口すら見つけられない。

 まあ、精霊以外だと俺しか入国が不可能である。

 そんな大国に、俺とミセリアは足を踏み入れている。

 と言っても、まだ入り口を通り抜けただけなんだけど。


「わあ……!見て下さい!あんな大っきい大樹、初めて見ました!」


 ミセリアが子供のように高揚した様子で大樹を指差す。


「ああ、あれは『世界樹』っていって、神々が住んでいる『天界』の扉を維持している樹だよ」

「へえ……、そうなんですね……!」


 目を輝かせて世界樹を見つめるミセリア。

 周りの樹の葉を音を立てて揺らす風で彼女の白髪が優しくたなびく。

 そんな彼女を見て、俺は少しだけだけど胸がドキッとした。

 そんなことも露知らぬミセリアは、世界樹を勢いよく指差す。


「あっ、見てください!世界樹が今、ピカって光りましたよ」

「へえ、光って…………え?」


 俺は思わず世界樹の頂上辺りに目を向ける。

 確かに光ってるわ……。

 いや、予測はしてたけどこんなに早いとは……。

 つい頭を抱える俺とは逆に、ミセリアは小首を傾げる。

 あ、そっか。ミセリアはこれを知らないのか。当たり前すぎて身体に染み付いちゃったわ。


「……ミセリア」

「……はい?」

「衝撃に備えておいてくれ」

「……え?」


 不思議そうな表情で俺を見つめるミセリアを他所に、俺は数歩だけ前に出る。


「『精霊術・五の星、空の精霊・セナ』」


 空の精霊・セナは人や物などの飛べないモノを浮遊できるようにさせる優秀な精霊だ。

 この精霊の力を借りるということは──。


「ルううぅぅうクううぅううぅう!!」


 空から何かが降ってくるということである。

 俺はそれに浮遊を付与し、激突してこないようにする。が──。


「解除♪」

「ちょっ……!」


 パチンという音と同時に、ドガアアンという超巨大な音と衝撃が俺を襲う。

 それによって巨大な土煙が発生するが、それはすぐに晴れていった。


「痛ってえ……」


 俺は仰向けになりながら周りを見渡す。

 巨大なクレーターに、全開の防御魔法を展開しているミセリア。そして……。


「ルクぅぅう!」


 俺に抱きついている青髪の小さな女の子。

 俺はその子に、そっと頭に──。


「せやああああああ!!」

「痛ったあああい!」


 特大の拳骨をかました。

 彼女は拳骨を食らった部分を痛そうにさする。


「痛いよ、ルク」

「馬鹿野郎。俺が防御魔法を発動して無かったらそれの何十倍も痛いわ」

「ええ?ルクなら問題なくない?」

「大アリだわ、馬鹿!」

「ま、怪我が無くて良かったよ」

「いや、そもそも俺の精霊術を解除してなかったらこんな危険な目に遭ってないんだが?」

「ぴゅ〜、ぴゅ〜」

「口笛下手か」


 そうこう話している内に、ミセリアがこちらに駆け寄って来る。


「ルクくん!大丈夫ですか!?」

「あ、ああ。問題無い」


 ちょっと死にかけたけど。

 俺がヘラリと笑って見せると、ミセリアは女の子に目を向ける。


「……で、この子は誰ですか?」


 いつもよりワントーン低い声で俺に問いかける。

 うわー、機嫌悪すぎん?あからさまに軽蔑の目をコイツに向けてんじゃん。


「えっと、コイツはマリア。精霊神だよ」

「どうもー。精霊の神様やらせてもらってます。マリアブルセン、通称、マリアです⭐︎」


 そう言ってマリアは目元にピースサインを作る。

 …………。

 ひと時の沈黙が流れ、マリアの青髪が小さく揺れる。


「……あれ、スベッたカンジ?」

「うん、もう良いからさっさとここを修繕しろ」


 俺はミセリアと共に、マリアに軽蔑の目を向けた。


♢♢♢♢♢♢


 あの後,マリアにきっちりとクレーターを直させ、今は世界樹の近くへ来ていた。

 

「ようこそ、アゼサリュームの首都・ベルセルクへ。歓迎するよ、勇者様と賢者様?」


 マリアはそう言って歩きながらこちらに振り向きニコニコ笑顔を向ける。


「私のことまで知ってるんですね……」

「そりゃあまあ、世界樹の主でもある私は全知全能なのだよ!」


 えっへん!と控えめな胸を張って誇らしげな表情をするマリア。

 もう、子供の誇張している様子にしか見えない……。

 そういえば、コイツは今、俺のことを『勇者』と呼んだか?

 となると、俺が勇者を辞めたことは知らない可能性が高いだろう。

 ならば伝えるべきだ。俺が勇者を辞めたことを。


「ま、マリア……」

「ん〜?」


 ミセリアと談笑していたマリアがこちらを向く。

 その笑顔を見ると罪悪感で胸が一杯になってしまう。

 けど言わなきゃいけない。今後、後悔しないように。


「あのな、マリア。実は……」

「勇者、辞めたんでしょ?」

「……っ!」


 思わず驚きで表情が固くなってしまう。

 それを見て、マリアは「からかい甲斐があるなあ」と言いたげにニマニマしてる。


「なあに〜?その顔。私が知らないとでも思った?」

「だって、今さっきのことだし……」


 俺は子供のように御託を並べて顔を俯かせる。

 こんなにも罪悪感に駆られる思いは初めてだった。

 だが、俺の言葉を聞いてマリアは慈しみに満ちた顔で俺の顔を覗く。


「君を勇者に推薦したのは私だよ?君のことを気にすることは当たり前じゃん」

「……それが申し訳ないんだ」


 そう、俺が勇者になれたのは、マリアの力が大半だった。

 俺はちっちゃい頃の記憶が曖昧だから分からないけど、捨て子だった俺を拾ってくれたのがマリアだった。

 マリアは俺の精霊使いとしての才能を見出し、勇者として推薦してくれたのだ。

 だからその恩に報いるために頑張ってきた。けどそれを自分で無下にしてしまったのだ。

 これは怒られてもしょうがない。

 けど、マリアは怒らずに、俺の頭にポンッと手を置いた。


「ま、マリア……?」

「……おいで」


 その声は、まるで聖母の囁きのようで、不思議と身体の力が抜けていく。

 マリアは俺の頭を抱き寄せ、コツンと額を合わせた。

 少しでも近づけばキスしてしまいそうな距離に、俺は思わずドギマギしてしまう。

 だが、マリアはそれもまた一興だと言いたげに俺と目線を交わす。


「ルクはさ、私に恩を返したいから勇者になってくれたんでしょ?」

「当たり前だろ。お前が居なきゃ、今の俺は無い」


 俺にとって親であり、友でもあるマリアがいたからこそ、今日までやってこれた。

 俺は一生、マリアに頭が上がらないだろう。

 マリアは俺の返答に「ふふっ」と上品に笑った。


「その気持ちは嬉しいよ?けどね、君が幸せだともっと嬉しいの」


 親が言うようなありふれた言葉。

 きっと、世界中のどこで聞いてもこの印象は変わらない。


「今までよく頑張ったね。誇らしいよ、私は」


 けど、この言葉は誰が聞いても心が温かくなるものだ。

 俺はその瞬間、一気に押し寄せてきた感情の起伏を一気に吐き出すように、静かに涙を流した。

 その間、マリアは俺の頭を撫でながら「ありがとう」と囁き続ける。

 この時、俺は少しだけ勇者になったことの後悔が引いた。


♢♢♢♢♢♢


 あの後、俺たちはしばらく進んで世界樹の目の前まで来ていた。


「改めて見ると圧巻ですね……」


 ミセリアが世界樹を見て、そう呟く。

 俺とマリアからすれば見慣れたモンだけど。


「さて……」


 マリアが世界樹にそっと手を触れる。

 その様子を見てミセリアは不思議そうに首を傾げた。


「ルクくん、マリアさんは何をしているんですか?」

「ん?ああ、ミセリアは知らないもんな」


 そもそも、俺以外で人間がアゼサリュームに入国したのは初めてだからな。

 人間が知らないのも当然と言える。


「ミセリア、世界樹は何のために在るか分かる?」

「いいえ。先程まで世界樹の存在すら知りませんでした」


 まあ、でしょうね……。

 予想通りの返答に苦笑が溢れる。

 人間国と精霊の国は今まで全く交流が無かったのだから知らなくて当然だ。

 俺は答えを伝えるべく、世界樹に目を向けて口を開いた。


「世界樹ってのは役割が二つある。一つは、現世と天界を繋ぐ架け橋となること。そして二つ目は、世界の歴史を記録するためだ」

「歴史を、記録……?」


 ミセリアの反芻に俺はこくりと頷く。


「世界樹は歴史を記録、時々変更して、未来を変えながら世界を守っているんだ」

「へえ、そうなんですね。でも、それとマリアさんがしてることとどう関係があるんですか?」


 彼女の質問に俺は「いい質問だな」と、学校の先生になった気分で話す。


「世界樹に歴史を記録って言っても、自動ってわけじゃ無い。世界樹だって植物なんだから生命本能があるんだ。だから、世界樹を管理する者が必要になってくるわけだ」

「あ、なるほど。だから……」


 ミセリアは納得したような表情を見せる。

 流石は『賢者』。察しが良い。


「そう、歴史の記録と改変は精霊神が行うんだ」


 俺とミセリアはマリアの方を見る。

 彼女は今、俺が勇者を辞めたことで混乱が起きないように歴史の改変を行ってくれているのだ。

 いやー、ここに来れば何とかなるかもと思っていたが、本当になるとは。

 マリアには本当に頭が上がりません……。


「というか、これで魔王の存在を無かったことにしてしまえば良くないですか?」


 ミセリアがふと思ったことのように呟く。

 まあ、誰しもそういう考えが浮かぶよね。

 ただ、それが出来てたらもうとっくにやってるって話。


「残念だけど、存在が大きい存在には改変が効かないんだ。それに魔王が当てはまってるんだよ」

「あ、そうなんですね。すみません」


 そんな会話を交わしている内にマリアが改変を終えたようだ。

 相変わらずニコニコした表情で、テコテコという擬音語が似合いそうな足の動きをしながらこちらに近寄って来る。

 そして俺の前に立ち止まり、「ん!」と頭をグイッと差し出して来る。

 あー、はいはい。頭を撫でて欲しいのね。

 俺はフッと微笑してマリアの頭を撫でた。


「いやー、ルクのなでなでは効くねえ」

「へいへい。お疲れ様」

「ふっふー。もっと褒めたまえ!」


 マリアは自慢げに小さな胸を張る。

 ちなみに、ミセリアが羨ましそうに俺が撫でている様子を見ていたことは別の話だ。

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