第2話 精霊の国に行く勇者様。

 俺が転移した先は、いつも寝泊まりしている宿だった。

 ここでいつ、いつまでも滞在していては目処が立たない。

 これを機に遠くへ行こう。


「待って!待ってください、ルクくん!」

「何?ミセリア」


 部屋の片付けをしながらミセリアの声に返事をする。

 いつもはとても優しいミセリアが、今は少し怒って見える。


「ルクくん、考え直してください。勇者を辞めるのは世界を敵に回すんですよ!」


 そう、ミセリアの言う通り、俺は勇者を辞めるつもりだ。

 仲間から信頼されないなんて勇者失格だと思ったから。


「ミセリア。何度も言うけど、考えを変えるつもりはない。それに、俺の後任ならレストルでも十分務まるはずだ」

「そう、ですけど……」


 俺の言葉にミセリアは何も返せずにいる。

 俺はその間に荷物をまとめ終え、転移の準備を始めていた。


「……ミセリア。お前はこれからどうするんだ?」

「はい?」


 俺の問いかけに、ミセリアが首を傾げる。


「お前は賢者だ。なら、これから勇者になるだろうレストルのところへ向かうべきなんじゃないか?」

「……」


 ミセリアが俯いて黙ってしまう。

 俺は少し良心を痛めながらも片付けを再開する。

 これは彼女のためだ。俺なんかと一緒に居るより、レストルのような強いやつと一緒にいた方がずっと良いはず。


「……何ですか、それ」

「え……?」


 だが、ミセリアが放った言葉は俺を思わず振り向かせるほどに意外なものだった。


「私はルクくんだから付いてきたんです。あなたがいないなら、あのパーティにいる義理なんてありません!」

「けど、それじゃあお前のためにならないんだって!」

「私のためって何なんですか!?私、そんなこと頼んでません!」

「それ、は……」


 ミセリアの言葉に俺は口籠る。

 彼女の言っていることは正しく、また暴論でもある。

 確かに俺は勝手にミセリアのためってことを逃げ道にして一人で行こうとした。

 それは彼女にとって怒るべきことであり、ましてや俺ともなれば余計に怒るべきなんだ。

 俺がたじろいでいると、ミセリアは勢いに乗じて俺の頭をガッと掴み、至近距離で俺の目を真っ直ぐに見つめた。


「あなたの行く道が、私の行く道です!あなたが勇者だろうがなかろうが、それは変わりません!良いですね!?」

「ひゃ、ひゃい……」


 思わず泣きそうになる。

 だってこんなに怖い顔をしたミセリアは初めて見るんだもん。

 というか、目尻に少し涙が溜まってると思う。

 それに気づいたミセリアはフッと微笑むと、俺をギュッと抱きしめた。


「すみません。急に怒鳴って怖かったですよね」

「いや、まあ……」


 ヤバい。人に甘えた事ってないから、こういう時ってどうすれば良いのか分からない……。

 俺が戸惑っている間、ミセリアは子供をあやす様にそっと優しく頭を撫でて来る。


「あなたは勇者といえど16歳になったばかり。まだまだ子供ですからね。こういう時は、私たち、大人を頼って下さい」

「う、ん……」


 ヤバい。優しさに溺れそう。

 本当にヤバい。(二回目も言ってゴメン)

 俺はミセリアの優しい抱擁に、少しの涙を流し、ギュッと抱きしめ返した。


「……ミセリア」

「はい、何でしょうか」


 声色だけで分かる。

 今,ミセリアは慈愛に満ちた表情をしていると。

 俺はズルい奴だ。こんな優しい人が味方にいてくれているのだから。


「……俺と一緒に、来てくれるか?」

「フフッ、喜んで」


♢♢♢♢♢♢


「はあ、結局はこうなるのか」

「まあまあ、良いじゃないですか!隠居も良い人生の送り方だと思いますよ?」


 俺はミセリアの荷造りを手伝いながら余計にデカいため息を吐く。

 勇者を辞めることについては賛同してもらえたが、俺の遠出については一緒に行くこととなり、こんな状況に至るわけだが──。


「俺が言っているのは同行の件じゃない。お前の荷物についてだ」


 俺はそう言って、ミセリアの荷物を指さす。


「お前、いくら何でも荷物が多すぎだろ!」

「しょうがないじゃないですか。私の全ての魔法研究レポートを置いていくわけにはいきませんし」

「それでも限度ってもんがあるだろ……」


 俺はガックリ肩を落とす。

 いくらマユザの力で異空間収納が出来るからと言って、少しは遠慮してほしい。


「そういえば、行き先はどこにいくんですか?」


 ミセリアがキツキツに詰め込んだ荷物をマユザの異空間収納に入れながら、そう疑問を投げかける。


「ああ、それなら決めてある。精霊の国・アゼサリュームだ」

「……?どこですか?そこは」


 ああ、そっか。ミセリアはアゼサリュームを知らないのか。

 通常、人間が精霊を見ることは不可能とされている。

 理由は単純。精霊は魔力の塊のようなものであり、多くの自然エネルギーを自身に宿して形を得たものだからだ。

 簡単に言うなら、水が熱されると気体となって見えなくなるのと同じ原理だ。

 じゃあ、なぜ俺は精霊が見えているのか。それは俺にも分からん。


「アゼサリュームは南の大樹林の奥にある別次元空間の国だ。自然が豊かだからきっとミセリアも気に入るはずだ」

「そうですか!それは楽しみです!」


♢♢♢♢♢♢


 精霊の国・アゼサリューム。

 約3000万年の歴史を持つ、最古の国。

 精霊たちが棲んでおり、自然が豊かである。

 俺が前回訪れた際は精霊たちが歓迎してくれたから、今回もきっと歓迎してくれるに違いないだろう。


「『精霊術・二の星』。アゼサリュームへ頼む」


 俺はマユザの転移を発動。

 通常なら二ヶ月掛かるところを、これだと一瞬で行けちゃいます。

 まあ、行ったことのある場所限定だけど。


「ミセリア。準備できたか?」

「ええ。できました」


 俺はその言葉を聞いて、指を鳴らす。

 その刹那、長距離転移の特徴で、体が宙に浮かび始めた。


「きゃっ!ルクくん、見ちゃダメですよ?」

「ん?大丈夫、興味ないから」


 いくら女性といえど、姉のような存在の人に欲情なんかしないって。

 そう安心させようとしたのだが、なぜかミセリアはご機嫌斜めだ。

 あれ?何で?


「あ、あのー、ミセリアさん?」

「ふんだ。お姉ちゃんはもう知りません!」


 な、何故だ。解せぬ……。

 ちょっと喧嘩気味になったところで転移発動。

 その場に強烈な風が吹き、次の瞬間には目を開けられないほどの強い光が俺たちを襲った。

 俺らは思わず目を閉じ、目を眩ませないようにする。

 しばらくして目を開けると──。


「……着いたな」

「わぁ……!大樹がいっぱいです!ルクくん、ここが……?」


 俺はコクリと頷く。


「ああ。精霊の国・アゼサリュームへようこそ」

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