2.1.1 駆け引きはいらない (春 極東国境)

《実験部隊なんて後でいい!!起動車をはやくこっちによこせ!!》

明け方の滑走路基地は阿鼻叫喚の有様であった。地上の無線は四方八方から戦場の音を持ってくる。

「第16歩兵小隊、通信兵からの連絡途絶!」

「無線を俺たちの担当空域下の陸戦力に絞ってくれ!これでは耳がいくつあっても足らん!」

そんな最中、三上は乗機のチェックを行っていた。

「空技廠きっての整備士と技師がこいつを作ったんだ。そうそう不備はあるまい。」

三上は満足気に操縦桿を四方八方に動かすと、無線機が騒々しくガサガサと音を立てる。

《三番機テスト、テスト》

《一番機、聞こえるよ。》

《二番機こちら三上だ、聞こえる。貴様何度目だ?》

《はい!無線機のチェックはタキシング前に二度行えと教わりました!!》

《それは感心だ。はなまるをやろう。》

 一番機の西川は朗らかに言うと、三番機の若い新人テストパイロットである比角は嬉しそうに一番機の風防を一瞥した。

《それにしても独立部隊のやつら、エンジンがかかれば他の部隊も待たずにすぐ飛んでいきますね。》

 プロペラのついた戦闘機というものはエンジンの力だけで一人でに動くものではなかった。プロペラの先をあらかじめ回す器具のついた車が来るまで編成を組む三人はずっと待たされていた。三上らは実験部隊という事でこの精鋭揃いの基地ではだいぶ下に見られていたのだ。それには空軍総督の息子である三上に対する七光を疑うような思惑も含まれているようだ。そもそも軍というのは基本的に農村部の家督を継げない子供が食扶ちを減らす為に入ることも多々あった。その中でも空軍学校の兵士は勉強と運動がよく出来る分類の子供たちが目指す狭き門であり、尚且つ空軍は実力主義であり出生を重視しない傾向にあった。なまじ難関大学よりも厳しい競争社会を勝ち抜いてきた眼つきの違う人間の集いである。

《三上、一つ頼みがある。今回も先頭を頼まれてくれ。》

隊長機の西川の無線の後、暫くの沈黙のあと三上が続けた。《…はい。》

《快く受けてくれよ三上。そろそろ貴様にも編隊を率いる術を学んでほしいんだ。》

《そうして比角、貴様は三上の戦闘をよく見ているように、奴の腕っ節は間違いなく空軍一だ。》

《はい!》

《ほら、やっと始動車が回ってきたぞ。それぞれ機体のチェックは済ませたな。》

《それでは三上中尉、先行してくれ。》

《了解!》

 まるで戦争なんて嘘のような中国大陸の晴れ渡る空。先に行った飛行機雲の曳航は白い花弁のよう。三上はふと数日前ハルピンで見た夜景を追憶し手のひらを見た。洒落た服を着て欲望に溺れ、理解の出来ない虚構の幸福を追い求め、硝煙を遠くに目を背けなおも虚構にしがみ付く者達の面々を…

「戦えよ。」瞳に血が巡る。今なら青空を貫通して六等星が見える気分だ。

三機の乗機は滑走路に到着すると彼の機体を先頭に、左右の後方に他の二機がつくように並んだ。

「離昇!よし!」誘導の旗が下がる。昨日廊下ですれ違ったような整備員たちが帽子を頭上で振って送り出す。 

 操縦桿からゆっくり左手だけを離しスロットルに添える。さっきまで見ていた右手のひらが操縦桿を握ると、しがみ付くように力を入れた。三日前もらった新しい戦隊名を思い出す。

 《第66戦隊!三上照彦中尉!戦闘行動に入る!!》

2.2


「第23歩兵部隊、通信途絶!」

迫撃砲の着弾は人に当たらずとも地響きを残す。衝撃音は鼓膜を突き破りひとたび脳を通ったと思えば目眩と吐き気を連れてきた。地上戦とはかくも地獄だ。

 

 空軍と歩調を合わせる気の無い日本陸軍の夜襲は失敗した。理由は単純なり、あまりに急ぎ過ぎたのだ。日中での戦闘を支持した空軍と大本営の意思に背いて陸軍は作戦開始時間より3時間早い夜間の奇襲攻撃を強行、当然独断である。そんな陸軍と相対するソ連軍は一枚上手で野砲や機甲部隊の類を大量に用意して待ち構えていた。山間部に用意された野砲や重火器攻撃は止まず、そのまま夜明けを迎えた。そう、このような悲惨な光景は先の国境紛争でもいくつか散見され、その轍を踏まないために陸軍はいつも攻勢を焦るが必ずしもソ連軍というのは先回りをしている。

 まだモンゴルの国境紛争の方が平地で見晴らしが良かっただけ幾分マシだ。


 ソビエトの連中は常に情報で勝っている。それは日露戦争以来如何なる時もそうに感じてしまう。


「中隊長!我々はどうすれば!」

 先走った歩兵部隊の面々の阿鼻叫喚が至る所で聞こえた。

「私は構わん!動ける者は後続部隊と合流しろ!きさまら二人は通信兵としての務めを全うし、戦線の状況を最後まで知らしめろ!」

 最前線を見誤った歩兵部隊は通信兵を頼りに後方へ情報伝達を試みる。その通信兵は今まさに迫撃砲で負傷した中隊長を抱えて戸惑いと共に恐怖した。やがてここにも勝ちを確信した敵が来る。そしてこの国境紛争は負ける。こんな状況では最新の無線機も送受信機も武器になり得ない重さ30キロの無用の長物だ。

 通信兵のうち一人の男は握り拳の力を強めると正面の、本来の作戦では空軍の爆撃で禿山になっているであろう山岳付近に陣取り、目下の森林と混乱する日本陸軍を無造作に砲撃する敵に背を向けた。二人は勝てるだろうと希望を抱き進んだ筈の道をまさしく敗走する。

 もはや方角などわからない。とにかくこの状況から一刻も早く脱出したい。音から遠ざかれ。そうすれば生きながらえ、結果敗北しようと前線部隊の雄姿くらいなら伝えられる。御国のみんなもきっとそれで納得してくれる。無線機のノイズは絶えず思考を邪魔する。いっそ身軽になるため捨ててしまおうか。何故なら……木立の影という影が敵に思えて仕方がない。さっきまで見てきた味方の死は無駄ではないと伝えるために走れ。。いや、それならなにも口伝でもいいじゃないか。

 そっと30キロの鉄の塊を地におろした。

 「貴様!何故無線機を下した!」

 「こいつはもう使い物にならん!重くて満足に走れないではないか!」

 通信兵の一人は無線機を地面にどっかりと下し、鹵獲を防ぐため破壊してしまおうと手元に残った武器を探した。

 「早まるでない!まだ敵がここまでやって来るとは限らん!」

空中を横切る砲弾の風切り音と地表に大きな穴を開けながら近づく破裂音は絶えず心を乱す。その雑音の中に遥かに近くから機械音と聞きなれない話し声が聞こえた。

 「おい?聞こえるか?」二人は来た道を振り返った。

そこにはトラックが一両、恐らく偵察車だろう。百メートル先で緩やかに車を止めた運転手と目が合う。これは敵のトラックだとはっきり確信した。

 荷台から銃を背負った兵士が数人降りてきた。こんなところで出会うとは思わなかったのだろう。異国人の見慣れない表情でもそれが見て取れる。数的有利であろうソ連兵達はライフルを構える。彼らは通信兵二人に戦闘できるほどの余力があるか見定めているようだ。通信兵の一人は先ほど無線機を破壊しようと持ち出した手榴弾の存在を思い出した。

この距離で投げても届くまい、このままピンを抜いて接近して、撃たれながらも一矢報いる賭けに出るか、捕虜にでもなって万が一の生存にでも期待しようか、逡巡は一瞬を長くする。一つ言える事は…

「どう終わる?」


と、

その時、さっきから無造作な音を作り不安を掻き立てる無線機になにやら生きた音が聞こえた。それは少しずつ音の形を露にすると…鼻歌のようだ。

「…空晴れて…風吹き……落ちて…鳴く…」

それはあまりにも不気味だった、ここにいる兵士皆が状況にそぐわない朗らかな日本語の歌を確かに聴かされた。ソ連人たちはことさらに驚いた。その無線機から数メートル先のトラックのある距離まであまりにくっきりとその音が聞こえたことに。

 次第に明瞭に大きくなるそのボリューム、何故だか地上にいる彼らには歌以外何一つ音が聞こえない。そしてその音の主であろう何かは、もう一つ大きな鉄の塊を空から残していった。

 突如破壊音と共にトラックが横転する。運転席は形を保てなくなるほど大きく潰れ、まるで木の葉が風に舞うように重たい鉄の塊は小脇にいた兵士を巻き込み何度も地面をのたうち回った。

 通信兵の二人は状況が理解できない。しかし落ち着きを取り戻しひとたび空へ目をやった。

エンジンの音、風を分断する翼の鳴き声。

頭上を横切り空から敵地に向かう荒鷲は他でもない。

日の丸のついた”隼”戦闘機だ。 


2.3 駆け引きはできない


 《思えば遠き故郷の空》

その機体の動きすさまじく、敵機はすれ違うと瞬く間に炎に包まれた。

 《あゝ、我父母…》

さっき撃墜したソ連機の僚機だろう、反撃しよう、仇をうとう、その思いむなしく幾ばくしないうちに呆気なく機体の背中をとられてしまった。

 《如何におわす、》

隼戦闘機の機関銃の音、追われた戦闘機はあっけなく片翼になってそのまま揚力を無くし重力に抗えず地面に近づいた。

 《流石だぞ三上、それにしても今日はご機嫌だな。》

 《お見事中尉!鼻歌交じりで二機撃墜だなんて、私には信じられない。》

 三上はコクピット内で四方を見渡すと敵影が無い事を確認し一息ついた。

 《比角、一機スコアを貴様にやろうか。》

 《はい!喜んで!本土でいい土産話になります。》

 《まったく、都合のいい奴だ。》

小さな声で呟くと三上は砂が流れるような無線機の音に暫く耳を傾けた。

 《陸軍が後方の予備歩兵部隊を増援によこすらしい。現空域に空軍の近接航空支援部隊到着を確認次第、別空域へ移りたい。西川隊長、敵機は再びここへ来るでしょうか?》

 《我々次第といった所だな。このまま制空権と前線を押し上げれば自ずと敵とはそこで戦う事になるだろう。》

 《了解!》

_____


 その通信兵は漠然と空を見上げる。つい数秒前まで訪れようとした自らの死に際を取り上げたあの空を。重たい鉄の無線機を背負う代わりに軽武装な自分の末路はとうの昔から想像できていた。いざその最後の時になると脳裏に過るのは敵への恐怖のみだった。

 「どうにでもなれ。」

 しかし今の彼は違う。ピンをまだ抜いていない手りゅう弾を再び強く握る。トラックの周囲にはまだ息のある兵士がいた。彼らには何トンにもなる鉄の塊が覆いかぶさっていた。目に見える一人の敵兵は足を横転したトラックに挟まれていたが、弾の詰まったライフルのボルトを必死に震える指で動かしている。

 奴らにはまだ息がある。きっとまだいくらでも生きている。大東亜の解放?共栄圏の実現?もはやそんな崇高ぶった国粋的なご高説はどうでもよくなってくる。今この場におかれてもっとも生理的な感情は生き残る事。生身の体が死地を退け生きろと叫ぶ。何も考えずに走り出し、手りゅう弾を投擲すれば一際大きな爆発音の中にまだ彼らの虫の息があるような気がしてならない。そして軍刀に手をかけた。

 「まだ生きている!俺は生かされてしまった!」

_____

 三上は自軍基地側から来る襲撃機(爆撃機)隊の到着を見ると、再び敵戦闘機の有無を確認し、敵の飛行基地があるだろう地点へ機体の鼻を向けた。他の部隊も大半がそうしていて、足並みは機内の無線を使わずとも揃っているようだ。

 日本空軍の襲撃機は準備万端といったように大挙し空を埋め尽くす。三上は先ほど地上から森林の隙間を縫って見えたトラックに残りわずかになった増槽タンク(燃料タンク)をぶつけた事を気にかけた。

 「あれが高機動の威力偵察車なら敵は既に防衛網が手薄なこの地点から入れ違いで国境を跨ぐことも視野に入れていると考えられる。縦深しすぎた陸軍の連中の撤退は待っていられん。さてとお手並み拝見だ、襲撃機連中。」

 敵軍構える山岳方面からやってきた偵察用の機体とすれ違う。そして後ろに視線を流すとその光景は圧巻だった。爆弾を抱え横一列になった99式襲撃機は深緑の森林を灰色の噴煙に塗り替える。第一波が攻撃を終えると続けてやってきた第二は広域に渡り展開した敵迫撃砲部隊のいる山岳地帯を爆撃。黒煙でまるで状況が把握できないのか敵の砲撃はピタリと止んだ。

 「敵ながら同情を隠せんな。」  

 勝気に呟く。囲碁で勝てない試合があれば碁盤を揺するかひっくり返してしまえばいい。それが三上の父の定説だ。航空戦力は人口も資源も乏しい国にこそ微笑むと。その通りだ、現に膠着していた陸戦力は息を吹き返えそうとしている。爆撃を起点に再び進撃の目途を整える。三上は父がヨーロッパに留学中、第一次世界大戦を経験していると聞いたことがある。新たな戦力である航空機を陸軍の重鎮だった頃から強く推進し、結果空軍の設立に至った。この戦局をもってしてその判断は正解としか言いようがない。一つ欠点があるとすれば足並みを揃えられない味方だ…

 「まったく陸軍の連中!どうしてやつらはいつも勝手に戦闘をおっぱじめやがって!」

 そんな小言を襲撃機の乗組員たちは言っているに違いない。

 なまじ航空機の操縦に慣れてしまうと考え事をしながらでもまっすぐ飛べてしまう。暫くぼんやりとそんな事を三上は考えていると突如無線が入った。

 《こちら空軍第18飛行隊!調査資料にも無い機体がある!早い!照準器に捕らえられん!》

 _____

 《三上中尉!きこえ…えましたか!?》《ああ!聞いたところ18部隊というと…北上した先およそ50㎞河川で戦闘を行っている部隊だな。》《三上、我々は出たばかりで燃料もまだある。そう遠くないようだから加勢してやろう。》

《了解!それと比角、無線機に不備があるのか?調子が悪そうだぞ?》《そうで…か?困…》《帰還か、それも嫌ならぴったりついてこい!》《え…!う》

 増援要請の無線が入った地点へたどり着くとそこには山々が連なりふもとには大河が挟まっていた。中国大陸とは面白く、ほんの数キロ離れた地点でも天候が違う。三上達が離陸した牡丹江付近の飛行場から国境にかけては晴れ渡っていたにも拘わらず、少し北へ流れると唯でさえ山々で見通しが悪いにも拘わらず雲がそれらに巻き付くように流れてゆく。三上はそれほど危惧しなかったが、部隊長の西川は無線機が壊れ、尚且つ新人の比角が心配になった。

 機体の角度を90度傾け視線を下に流すと確かに山峰の間で戦う翼に赤い星を付けたソビエトの戦闘機群が見える。雲の切れ間で分かりづらいが日本軍の戦闘機と交戦している。きっとこの下では両国の陸軍部隊も交戦してるに違いない。

 「3300、205、いける…」 

三上は高度の優勢と残弾がある事を確信すると機体を横にぐるりとロールさせながら群れた鳥の縄張り争いのような低高度の戦闘機群に奇襲の急降下攻撃を行った。

 本来三上の乗る隼という戦闘機は高速域での急降下をあまり得意としない。空気抵抗に翼が震え、リベットが浮き上がり、外殻となる金属は見えない壁にぶつかり続けて皺ができる。

 《無茶はするなよ!三上!》

 接近する地表、しかし臆せず三上は敵の戦闘機一機に向かって突っ込んだ。その機は完全に油断していた、いや前しか見ていなかった。三上の機体が放った銃弾はものの数10発、それが敵戦闘機の機首にあるエンジンに当たると真っ赤な火を噴いた。勢いよく影を横切らせた隼に敵機はその時初めて気付くのだがもう遅く、隼は速度を持したまま遠くへ消えていき、その速度を維持したまま方向を変えるとまた別の機へ襲い掛かった。その猛攻に耐えうるソ連戦闘機はなく、彼らの統率は突如かき乱される。機体の性能もまた違った。ソ連の戦闘機は部分によって木製で構成されている。ゆえに重量がかさみ鈍重だ。

 《あの尾翼に二つの矢のようなマークの日本機…》《追いつけない!》《助けてくれ!後ろを獲られた!LaGGでも振り切れない!》

 三上の機体はさらに実験部隊で用いられる秘匿事項のベールに隠れた虎の子の機体なのでソ連のパイロットにはまさに寝耳に水といった所だ。

 しかし三上は違和感を感じていた。

 「…まるで戦局が好転しない。」

 刹那、ふと後ろに只ならぬ気配を感じた。

 「こいつかっ!!」

  新型のそれ、その漠然としたさっきの断末魔が今分かった。三上が首を上げ機体を翻すと並行して飛ぶその機体は全貌を露にする。

 「相手にとって不足は…ないなっ!」

 三上は新型の敵戦闘機の機銃射程内に入らないよう何度も隼を複雑に動かす。只事ではないのだ。三上の隼は実験機として新しいエンジンを載せていた。そのおかげでエンジンを搭載した機首周りは太り、速度と機動力を得る代わりに本来のバランスを失い、まるで凡庸なパイロットでは扱えぬ代物になってしまった。そして今襲いかかる一機の敵戦闘機もまさに、彼の操る隼と同じ条件に見えた。

 「液冷エンジンの新型LaGG戦闘機を投入してきたと思った矢先、平行して空冷エンジンを積んだ機体も開発していたという事か!」

 その機体は今まで目にしたソ連のLaGGと呼ばれる戦闘機と胴体の形はさほど変わらなかったが、プロペラ周り、機首の大きさは他ならぬ物だった。そのエンジンは一際大きなうめき声をあげて三上に襲い掛かる。

 三上は、それらに心が躍った。

 「来い…その機で私を墜として見せろよ!」


 真後ろの敵機とは少しずつ距離は詰まり。重たい敵の機関銃の音は死の足音。それでも三上は敵を自機に近づけようと試みる。三上はあえてプロペラの回転(ピッチ)を下げて減速する。こうする事で敵の速度のついた戦闘機は勢いあまって自機の前へ飛び出してしまうのだ。しかしその機体は違った。じりじりと距離を詰めたと思ったら三上の機体後方すぐから離れない。これは機体だけではない、パイロットも今までの比ではないほどの猛者。

 「やるなぁ!」

 お次に三上の隼は敵の攻撃を掻い潜りながら高度を落とすと、山肌を縫うように飛んだ。それでもヤツは後ろから離れない。木々にぶつからんとばかり際どい飛び方をする。そうすると流石に敵の戦闘機は根負けし、三上の機の前を出ようとした。

 その時だ、その機体はエンジンから飛び出た排気塔から青白い火を噴くと瞬く間に三上の隼を速度で振り切った。

 「噴射装置だとっ‼」

 三上は面を食らったが正気に戻り左手のスロットルに力を入れた。

 「こっちだってあるのだよ!」

瞬く間に隼の機首は火と白煙を噴きLA戦闘機に食い付こうとした。二機は深々とした山々に消え去りやがて他の航空部隊の目に見える範疇から居なくなった。


 _______________

 「尾翼の二本の矢は66の数字に見立てたんだ。」

3日前の事だ。整備兵の一人は急遽決まった正式な所属部隊決定の祝いに白と赤の塗料を持って垂直尾翼にあしらった部隊マークを自慢した。

 「お前の機は特別に赤い矢印に白の縁取りをしてやったぞ。」

 _______________

 「ここまでか…」

 三上は何度その精鋭パイロットの操るLA戦闘機とすれ違い、後ろをとられは後ろを追い、また何度機銃を打ち合ったか分からない。

 「…あれは向日葵の花か。」

 何度も交差しあったその二機はお互いの機体に描かれた絵を目に焼き付けた。

 「女だな……感性も、また時折見せる思い切りも。」

 もう燃料も帰る分しかなければ残弾も半分もない。三上は数発敵機体に機銃を入れたがどれも決定打には至らなかった。それに対し三上の機は、なんと無傷だった。

 「次は無いぞ。」

三上は夢中になっていた空戦を終わらせる決意をし、LA戦闘機に目をやるとその機体はエンジンから黒煙を吹いていた。新型のエンジンである。まだ不備を沢山抱えていて、その上の戦闘だった。二機は機首の向きを変えるとそれぞれ逆方向に飛んで行った。

 《三上!無事か!》

 その一言に三上は闘争の悦楽という夢現から覚まされた。

 《さあ、帰ろう。作戦は終わったよ。》 

 そうだ、僚機の新人の事を忘れて夢中になっていた。三上はふと思い出した。

 《比角!奴は無事ですか⁉》

 後ろを振り返れば二機の隼。片方は西川で、もう片方は間違いなく比角なので胸をなでおろす。

 《無事だよ。まったくこいつは逞しい奴だよ。》

 《……隊…で…‼》

 比角の無線機は尚更悪化していた。

 《煩いぞ比角、無理に喋るな。隊長、私が離れている間何かありましたか?》

 《それはもう色々あったさ、こいつは、いや比角少尉はな…》

 《二機、撃墜した。》

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