1の18 運極



 【ミッドベル村広場】



 大雨の中、シュウジは噴水の縁に座っていた。辺りには傘をさした人々がちらほらといる。さしてない人もいる。


 『勇者』が風邪を引くことはない。傘をさす必要は実質的には無かった。では傘をさしている人はどうしてさしているのだろう?



 ……多分、気持ち的な問題なんだろうな。

 ……さて、これからどうする?



 ミリアとハルオを助け出す方法をずっと考えていた。だけど名案が浮かばない。こんな時だっていうのに『思考力』は効果を発揮しなかった。


 やはりハズレスキルである。


 単身で敵のアジトに乗り込むのは無謀である。他人に助けを求めようにも、知り合いはいない。まさか大衆食堂の『住人』の女将さんに泣きつく訳にもいかない。



 ……だけど、本当に女将さんに相談してみようか?

 ……あまりできる事は残されていないからな。



 女将さんへの相談は最終手段にするとして、シュウジは一つだけかすかな希望があった。村にはまだ二つクエストが残っている。それらをクリアして、報酬を手に入れるのだ。



 もしかしたら強いアイテムを入手できるかもしれない。だが人食い大蛇のクエストは一人ではクリアできないだろう。行動を起こすならもう片方のクエストだ。



 ……ミリアの話だと、村の病院でクエストが発生するって話だったよな。

 ……おばあさんに薬を届けるクエストと言っていた。

 ……行ってみよう。



 シュウジは立ち上がり、広場を離れて病院に向かった。



 【ミッドベル村病院】



 二階建ての小さな木造の病院だった。シュウジは玄関から中に入る。クエストを探して片っ端から病室にお邪魔していく。


 一階の一番奥の病室に、恰幅の良い老婆がいた。水色のパジャマ姿でありベッドに横になっている。シュウジは話しかけた。



「こんにちは、失礼します」


「おや? 先生が代わったんですか?」



 ドンッ、と音がして目の前に文字が浮かび上がる。



 ――老婆に薬を届けろ――



 ……よし、クエストを見つけた。



 シュウジはおばあさんの言葉を注意深く聞こうと思った。



「いえ、俺は医者ではありません」シュウジは首を振る。


「そうかいそうかい。別に医者じゃなくても良いよ。貴方、せっかく来たんだから、少し話し相手になってくれないかい?」


「話し相手? いや、それよりもおばあさん、俺はあんたの病気に効く薬を持ってきてやりたいんだが。薬はどこで手に入るんだ?」


「んー? それは無理よ。簡単に手に入らないの。それに、別に私の体は難病って訳じゃない。ただ少し食欲が多すぎるだけなのよ」


「それでも、持ってきたいんだ」


「ありがたい話だね。だけど無理。私の体に効く薬はすぐそこにあるのに誰も取れない。変な話だよ」


「どういう意味だ?」


「マポリンってモンスターを知っているかい?」


「ああ。草原にいる青いクラゲみたいなモンスターだろ?」


「そうそう。あれを倒すと落とすのよ。だけど誰も入手できない。あんたにも無理だよ」


「どういうことだ?」シュウジはマポリンをすでに千回近く倒している。しかし薬のアイテムを入手したことは無かった。


「どういうことも、こういうことも、そういうことだよ」


「とりあえず、マポリンを倒すと落とすんだな?」


「そうよ」


「じゃあ、倒して持ってくる。必ず持ってくるから、待っていていれ」シュウジは振り向いて歩き出す。


「無理無理、無理だよ」おばあさんが小さくつぶやいていた。



 病室の扉をくぐり、通路を歩いて病院の外に出る。シュウジはいつも狩りをしている草原へと歩いた。



【ミッドベル村北出口からほど近い、草原地帯】



 雨が降っていても狩りをしている人々がちらほらといた。晴れている時よりも数は少ない。地面は濡れていて滑りやすかった。


 シュウジはロングソードを鞘から抜き、マポリンを探して歩いた。二匹ほど見つけて倒してみるが、銅貨しか落とさない。



 ……クエストを発生させると、落とすようになると思ったんだが。

 ……考えが甘かったか。



 シュウジは這い寄るスライムをロングソードで突き刺しながら、思考していた。今さらながら、ハズレスキルが古びたオルゴールの歯車のようにガチガチと回り出した。



 ……薬はレアドロップということか?

 ……じゃあ、何匹も倒さなきゃいけないよな。

 ……だけど、俺はもう飽きるほど倒している。



「……まさか!?」



 一瞬、脳裏にインスピレーションの稲妻が駆け抜けた気がした。ステータスには運というものがある。レベルが上がっても値は上がらずに、未だに0のままだ。


 シュウジはステータスポイントを振っていなかった。現在レベルは11であり、ポイントは丁度100貯まっている。



 ……今から運に振ってみようか。

 ……ドロップ率の上昇効果があるかもしれない。

 ……だけど、そんなステ振りをしても、強くなれる訳じゃないよな?



 気づけばステータスポイントを運に極振りした。ほとんど衝動的だった。自分でやっておきながら、馬鹿じゃねえかと思った。


 これでは攻撃力も防御力も素早さも低いままだ。戦えばハルオにも負けてしまうだろう。シュウジは泣きたい気分になった。


 再びマポリンを探して歩く。5メートルほど先にいたので、歩み寄り剣を振り下ろした。爽快な効果音が鳴った。


 ズバーン!


 マポリンの体が一刀両断されて、一撃で地面に沈む。綺麗に切れたものだ。だけどこれは何かおかしい。



 ……今の効果音って!

 ……会心の一撃って奴か!?



 出たのは初めてだった。運値を上昇させたおかげで出るようになったみたいだ。


 シュウジはびっくりしてぽかーんと突っ立っていた。古びたオルゴールの歯車に油をさしたかのように『思考力』が勢いよく回転する。



 ……これならワンチャンあるかもしれない。

 ……会心の一撃の出る確率とダメージ倍率を検証しよう。



 シュウジは駆け足で動き出した。スライムやゴブリン、マポリンをバッサバッサと切り捨てて行く。途中、マポリンが特効薬を落とした。



「やったぜ!」



 彼は手のひらを強く握って笑顔を浮かべた。運値の上昇によりレアドロップを入手できたようだ。


 それからモンスターを100匹ほど倒した。検証結果、会心の一撃の出る確率は10%ほどだった。レアドロップ率も10%である。


 運値1につき、0,1%と考えれば理解し易かった。おそらくそういうことだろう。運値100のシュウジは、会心の一撃もレアドロップの入手も、確率が10%だ。


 会心の一撃は武装破壊の効果もあった。会心の一撃が出た時、シュウジの振る剣がゴブリンの剣をたたき折ったのである。


 会心の一撃のダメージ倍率については検証ができなかった。草原にいるモンスターのHPが少なすぎたせいである。気が済むと、シュウジはまた病院に戻った。


 道行く途中、ステータス画面で確認した。見ると特効薬は4本も集まっている。そんなに多くは必要無かった。


 他にもスライムとゴブリンのレアドロップ品があった。解毒剤とハイポーションである。


 ハイポーションの効果は一秒間隔で十回、HPの6%を回復させるというものである。ちなみにポーションは3%だった。



【ミッドベル村病院】



 シュウジはあの病室に行き、おばあさんに特効薬を届ける。



「よう! おばあさん、薬を持ってきたぞ」声をかけて、その茶色い瓶を渡そうとする。


「本当かい! マポリンから取ったの?」ベッドに横になったまま、片手でおばあさんが受け取った。


「ああ!」


「あんた、すごく運が良いんだね! ありがとう、これで私の病気も治るよ」



 ドンッ、と効果音がして目の前に文字が表示される。



 ――クエストクリア――



 おばあさんはすぐに薬を飲むことをせず、ベッドわきに瓶を置いた。上半身を起こしてベッドに腰掛けるように座る。スリッパを履き、立ち上がってふらふらと歩いた。


 タンスの引き出しを開けた。 中から指輪を取り出す。シュウジの前に立ち、それを差し出した。



「あんた、ありがとうねえ。これはお礼だよ」


「この指輪は?」シュウジは両手で受け取る。


「これは私が若い頃、旅行先のマジックアイテム店で買った豪炎ごうえんの指輪よ。装備して『豪炎よ燃え盛れ』と唱えれば、大きな大きな炎を呼ぶことができる。ただし、三回使ったら指輪が壊れるよ。いざという時のために、お守りしなさいよ?」


「ありがとう、おばあさん」


「礼を言いたいのは私だよ。薬を持ってきてくれて、ありがとうねえ、こんな老いぼれのために、頑張ってくれたんだね。涙が出てきちゃった」おばあさんは目尻を手でぬぐう。


「おばあさん、それじゃあ俺は行くところがあるから、これで」


「もう行くのかい? 少し話に付き合って欲しいと思ったんだけど。私だって『住人』なんだ。機械ってわけじゃない。若者と話がしたいよ」


「今は時間が無い。また今度でも良いか?」


「ええ、いいよ。今度来てくれるかい?」


「ああ、じゃあ、また!」


「ええ、またね」



 シュウジは病室の扉をくぐって出た。ステータスを呼び出し、豪炎の指輪をしまう。装備品の項目から指輪を装備した。






 ◆◆◆


 恐れ入ります。作者はこの小説で、本気でプロを目指しております。お手数ですが、以降読み進める際に以下の作業をお願いします。フォロー ☆☆☆ レビュー ♡応援 応援コメント をいただきたいのです。作者のモチベーションUPと維持のため。この小説を幅広い読者に読んでいただくため。プロになるため。よろしくお願いいたします。


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