1の16 頑張り屋さん
【ミッドベル村宿屋】
その日の夜。ベッドで、シュウジは中々寝つけなかった。散歩に行こうと思い部屋の扉を開けて出る。
すぐに宿屋のカウンター前にワープした。
この世界の宿屋は、部屋が無数にあるようだった。 部屋に入るときは、まずカウンターで鍵を借りる。ロビーで鍵を持って「使用」と唱えると部屋へワープするのだった。
ロビーの玄関を出ると、外は真っ暗だった。飲み物が買いたいと思ったが夜である。村の店はどこも閉まっていた。
……眠くなるまで、気晴らしに狩りでもするか。
シュウジは村の北出口へと歩いた。散歩なので、乗り物の猫を呼び出すことはしなかった。
【ミッドベル村北出口からほど近い、草原地帯】
夜の狩り場は昼間と比べて静かであった。しかし一人だけ、先客がいたようだ。
シュウジはその人に近づいていく。先客のお姫様姿の女性が魔法スキルを使ってモンスターと戦っている。彼は声をかけた。
「ミリア?」
「ん? シュウジさんですか?」ミリアがこちらを振り向く。
「夜だって言うのに精が出るな」
「見つかっちゃったですか、お恥ずかしい」ミリアがはにかんで笑った。
「危ないぞ」シュウジは剣を抜いて、迫ってきていたゴブリンを攻撃する。
「大丈夫ですよ。もうここのモンスターの攻撃は痛くありませんもん」ミリアがゴブリンに『エレキトリックショックサイン』を放つ。魔物が倒れた。
「毎晩狩りをしているのか?」
「いえ、気が向いた時だけです」
「嘘だな、毎晩だろ」
「どうして分かるです?」
「勘だ」
「ばれちゃいましたか」
「ああ。お前、頑張り屋さんだったんだな。見直したぞ」
「そこは惚れ直したと言いましょうよ」
「そもそも惚れてないな」
「惚れて良いですよ?」
「俺は人嫌いだからなあ」
シュウジとミリアは一緒に狩りをすることにする。パーティを組み、雑魚モンスターをぼちぼち倒して歩く。
夜だからだろうか。二人の間にはしんみりとした空気が漂っていた。珍しくミリアが真面目な質問をした。
「人嫌いの理由を聞いても?」
「前世の家庭環境が原因だと思っている」
「ふーん、誰かにいじめられたですか?」
「そんな事もあったかもな」
「でもシュウジさんは優しくて話しやすいです」
「優しすぎるんだ俺は」
「……分かります」
「優しすぎるから、他人と一緒にいると疲れるんだ。だから、なるべく人を避けるようにしている」
「じゃあ、私には優しくしないでください。一緒にいたいんで」
「お前はイジると楽しいからな」
「イジってプリンセスです」
「サンドバッグガールだな」
「いくらでも叩いて良いですよ」
「尻を叩いても良いか?」
「童貞には百年早いです」
「俺が童貞じゃなかったらどうする?」
「その可能性はゼロです」
「どうして分かる?」
「女の勘です」
「ちなみにお前は処女なのか?」
「ご想像にお任せします」
三十分ほど狩りをした。シュウジとミリアは休憩し、村の出口付近に並んで腰掛ける。満天の星が出ていた。
ロマンチックな光景だった。隣にいるミリアの顔が赤い。それを見て、シュウジはどうしてかドキドキとした。
二人はステータス画面から、遊びでペットを召喚した。大きな猫と白鳥が出現し、体をこすりあってたわむれる。ほっと心が和む光景だった。
「可愛いですね」
「そうだな」
「シュウジさん、私、実は探している人がいるですよ」
「探している人って?」
「前世のお姉ちゃんです」
「この【ゲーム界】に姉がいるのか?」
「いると思うです。前世で私よりも先に亡くなったので」
「ふーん。再会できると良いな」
「はい」
「俺にも兄がいるよ」
「この世界に、ですか?」
「ああ。ヨウイチと言う」
「『闇落ちフェス』のギルドマスターですか!?」
「うん」
「……それではシュウジさんの性格も曲がる訳です」
「否定はしない」
「私は、このゲームに来て最初の友達をヨウイチに殺されたです。無差別PKでした」
「それはすまない」
「シュウジさんのせいではありません。ヨウイチのせいです」
「そうか」
「シュウジさん」
「どうした?」
「明日は蛇神を倒しに行きましょう」
「村長のクエストか?」
「はい」
「分かった」
「はい。それでは私は、そろそろ帰って寝るです」ミリアが立ち上がる。
「おう」
「シュウジさん」
「何だ?」
「これからもよろしくお願いします」
「やけに丁寧な態度だな」
「ちょっちよろぴく」
「ああ、それぐらいが丁度良い」
ミリアが白鳥の背中にまたがる。白鳥は「クエー」と一声鳴いた。翼を小さく動かして、一メートルほど浮き上がる。
空中を滑るようにして、ミリアと白鳥が村の方へと進んで行った。黒猫が遊び相手を無くして、シュウジの足にすり寄ってくる。彼はその柔らかな首を優しく撫でてあげた。
ゴロゴロと黒猫が気持ちよさそうな音を出す。
****この時シュウジはまだ知らない。翌日から、悲惨な事件が彼らを襲うことになるのだった****
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