第37話 中間テスト

お母さんに勉強しろと言われてからしばらく時が経ち。

もう6月も中頃に入り、ジメジメが酷くなってきた。

そんな中、いつものように始まった中間テスト。

いつもなら適当に答えて赤点ギリギリの低空飛行をする所だけど…お母さんはそれを許すつもりはないらしい。

お母さん曰く、『冒険者になるからって、学歴がどうでもいい訳じゃない。冒険者を引退したあと、職に就く時に学歴は大切』って。

先を見据えるって意味では、お母さんの方がしっかりしてる。


「えっ?神宮が勉強してる…」

「なに?そんな未確認生物を見つけたみたいな反応」

「いや、いつもクラス最下位の神宮が…ってね?」

「私の事馬鹿にしすぎじゃない?」


そこそこ話すクラスメイトが私が勉強しているのを見て驚愕している。

ものすごく失礼だけど、事実だから何とも言い難い気持ちになる。

適当にあしらってテスト前最後の勉強を済ませると、私は教科書を片付けて席で大人しくする。

しばらくしてテストが始まり、テスト用紙が配られた。

チャイムと共にテスト用紙を裏返して問題を見て……静かにペンを置いた。


(うん。全然分かんない)


勉強の成果は何処へやら…何が何だか全く分からない。

1問目から思考停止して完全に諦めモード。

とりあえず分からない問題は飛ばして、分かるところだけ書くことにした。









(まあこんなものかな)


テストを解き終えた私は顔を上げて時計を見る。テスト開始から39分。

まあ悪くない時間に終わった。

一通り見直しを済ませると、ペンを置いて解答用紙をひっくり返した。


(小春は大丈夫かな?私は自信を持てるのは8割くらいあるし全然問題ないけど…多分1問目から思考停止してるよね)


机の上で手を組んで枕を作り、顔を伏せてねたふりをしながら小春のことを考える。

あの小春のことだ、どうせ分かんなくて適当なこと書いてるに違いない。

一緒に勉強したとは言え…それで点数が良くなるなら苦労はしない。

なんというか…小春は勉強が下手くそだからなぁ。

学校の授業もそうだし、ダンジョンの勉強もそうだけど覚え方と言うか勉強の仕方が下手。

学校はともかく、ダンジョンは私が小春にドヤ顔で解説をすることが出来るようにって配慮している―――という名のサボりを発揮して、自分の中で正当化してるから諦めてる。

だからせめて学校の勉強くらいしてほしい。


(じゃないと私のイチャイチャラブラブ結婚生活のプランが崩れちゃう。お金に困ることなく生活するためには冒険者になるしか無いんだから、冒険者を禁止されたら本当に死活問題)


遥お義母さんに言い渡された、悪い点を取ったら冒険者禁止令。

よくあるゲーム禁止のそれだけど…こっちにしてみれば私たちの未来がかかっている一大事。

冒険者じゃないから分かんないんだよ、あの人は。

…かと言ってその事で文句を言ったら――


『学生の本分が勉強だってことを理解してない?まさかまさか莉音ちゃんのような頭のいい子がそれを知らないなんて、ねぇ?』


とか。


『将来冒険者として稼ぐため?じゃあもちろん冒険者を続けられなくなった時の生き方もかんがえてるのよね?』


とか。


『学校のテストすらまともに出来ない子が将来何になれるって言うの?こんなこと勉強したって将来役に立たない?この程度の勉強すら出来ない子が将来何が出来るわけ?』


とか、エグいナイフをぶっ刺してくるから怖い。

あの人若い頃は何人もの女性を口説いて、結婚以前もめちゃくちゃ浮気しまくってただけあって、口が強い。

そんな遥お義母さんと普通に口喧嘩してた小春の生みの母って一体…?


(小春も将来的に喧嘩強くなりそうだなぁ。顔も中身も遥お義母さんそっくりだし……浮気性なところなんか特に)


遥お義母さん曰く、小春は将来絶対に浮気するって言われた。

…まあ実際私がいながら詩音とリカに手を出す浮気者だから納得できる。

でも、遥お義母さんと違うのは私達3人を同時に平等に愛してるってところ。

そこは生みの母に似ているらしい。

誰にでも優しくて、相手がダメダメでも見捨てない。

遺伝子ってのも馬鹿にできないね。


…その理論で行くと小春のバカは二人の母由来って事になる。

まあ、遥お義母さんって大人だから賢いってだけであんまり勉強できなさそう。

そんな遥お義母さんを好きになる生みの母も…多分遥お義母さんの浮気性を見抜けなかったり、知ったあとも捨てなかったりとあんまり…ね?

…いや、やめよう。

そういう事は意外と本人に伝わってしまうものだ。

今の考えは無かったことにしよう。


私が頭を振って邪推を追い出すと、ちょうどチャイムが鳴ったテストは一番後ろの席の人に回収され、私は隣のクラスにいる小春に会いに行くのだった。









「…誰かが私の噂をしてる気がする」

「なんですかそれ?超能力?」

「虫の知らせ、ってやつかもしれないわね」

「バーで虫の知らせは不味いと思います、遥さん」


時刻は午前10時半。

私は小春ちゃんの母、遥さんの紹介で遥さんが働いているバーにやって来ていた。

こんな時間にお客さんが来るはずもなく、店には私と遥さんの2人だけ。

暇なので遥さんとおしゃべりをしながらお酒を飲んでいた。


「おかわり」

「まだ飲むの?小春がテストで頭を抱えている横であなたは…」

「なんか…面倒くさい姑みたいになってますよ?」

「あら?いけないいけない。フライングしちゃったわ」

「フライングって事は、嫁いびりする気満々じゃん…」

「莉音ちゃんは気が強いし、詩音ちゃん色々と嫌な印象があるから…」

「え?揃いも揃ってみんな私の扱い酷くないですか?」


小春ちゃんからは何故か妹をからかうように扱われ、リオンからは圧迫面接をくらい、シオンちゃんは普通に私の事を拒絶してくる事がある。

挙げ句遥さんからはフライング嫁いびり?

ちょっと…私舐められすぎ?


「まあ言いたいことは分かるわよ?なんというか…イジっても問題なさそうな気配を感じるもの」

「それバカにしてません?」

「まさか。褒めてるのよ」

「その言い訳は無理があると思います…」


流石に無理のある言い訳で誤魔化される。

と言うかバカにされてる。

シオンちゃんのアドバイス通り会いに来て相談相手になってるけど…この人ナチュラルに私の事イジってくるんだよね。

娘の彼女で、将来結婚する相手なのに?

…いや、ちょっとそれは言い過ぎかな。

調子に乗りすぎだって怒られそう。


「まあでも、私は小春があなたを選んだ理由がわかるわよ?ええ本当に。少し味見したいくらいには」

「…本当に小春ちゃんの件で反省してます?」

「冗談よ冗談。おば―――ゴホン!小春の生みの母も次は許してくれるわ」

「反省してないねこの人」

「冗談よ、冗談」


とんでもない冗談を言う遥さん。

そんなだから離婚され、小春ちゃんが素直になれないんじゃないかって言葉が、喉元までせり上がってきてとどまる。


「…真面目な話、ちゃんと反省してます?」

「…ええ、もちろん。じゃなきゃまだまだ世間知らずでバカな娘に数百万円入った封筒を渡さないわよ」

「その言い方だと、反省してなかったら渡してないみたいな…」

「自分で言うのもなんだけど、絶対に風俗に溶かしてるわ、そのお金」

「は、はは…」


何とも凄い自信だ。

色々な意味で。


「あのお金はね?私が稼いだお金じゃないの」

「……というと?」

「アレは小春の生みの母が渡してくれたお金の一部。おば―――小春の生みの母なりの償いね。まっ、私が反省しないクソだったら、あなたを口説くために使うわ」

「…やっぱりもう1回離婚されてくれません?」

「ふふっ、辛辣ね」


笑う遥さん。

しかしその目には楽しいという感情の中に、何処か淋しげな色がある。

…いくら明るく取り繕っても、内に秘めたものを完全に隠すのは難しい。

ちょっと、失礼な事を言ったね。


「…まあ、仮に私を口説いたとして、その場合親子喧嘩になりそうですけど?」

「どうかしらね…その前に彼女に刺されそうだわ」

「小春ちゃんの生みの母…何者なんですか?」

「…恋人が頭を抱えている横で、昼間っから酒を飲んでいるような悪い大人に話すようなものじゃないわ。あなたは知らなくていい」

「っ!!」


急に目がガチになり、一般人とは思えない殺気が私に向けられる。

思わず反射的に武器を抜きそうになってしまった。

…いや、武器を抜くべきかもしれない。

遥さんは隠しているけれど、その手にはアイスピックが握られていることを私は見逃してない。


「どうしてそんなに隠したがるんですか?話してくれたら相談に―――」

「あなたが知る必要はない。そう言っているのが分からないかしら?」

「…その脅しは効きませんよ。まさか私に勝てると?」


急に怒り出してアイスピックの先をこちらに向けてくる遥さん。

私はそれを冒険者として活動するときに使うナイフで先端を私とは別方向に向けると、殺意剥き出しの遥さんの目を見つめる。


「…失いたくない。せっかく手に入れた機会をふいにしたくない。そんなところですか?」

「黙りなさい。いくら小春の恋人とは言え、それ以上は許さないわ」

「浮気はしても、その想いは本物なんですね。あの人の目には遥さんしか無いと思いますけどッ!?」

「黙れと言っているの。分からない?」


カウンターの奥から手が伸びてきて、私の胸ぐらをつかむ。

…この人出が出るの早くない?


「小花は私の女よ。絶対に手は出させない」

「小春ちゃん以外興味ないです」

「誓える?」

「逆に恋人が居ながら他の女に手を出すなんてことあります?」

「あら?目の前にいる女はそれを平気でするし、なんならその娘も同じよ?」

「………」

「そんな目で見ないでちょうだい。私は沢山の女性の良さを知っているだけよ」

「本当に達者な口ですね」

「褒め言葉として受け取るわ」


胸ぐらをつかんでいた手は離され、ほほ笑みを浮かべながら特に意味もなくワイングラスを磨く遥さん。

言っていることもやってる事もやばいけど…何故か本気で嫌いになれない。

と言うか、呆れはするけど嫌いだとは思えない。

…こうやって沢山の女性を食ってきたんだろうなって。


「もう離婚されないでくださいよ?泣きつかれても困るので」

「その時は小花を道連れにするから大丈夫よ。あなたに迷惑は掛けないわ」

「無理心中の後始末とか言う特大の迷惑を掛ける宣言をしてよく言えますね…はいはい分かってますよ?冗談ですよね?」

「よくわかってるわね。まあでも、絶望して自殺…とかはあり得そうなのがね…」


自分のことなのに何処か他人事な遥さん。

私が頼んだお酒を提供しながら、何処か遠いところを眺めている。


「出来ればこれ以上小春に迷惑は掛けたくないのだけど…長生きすれば介護も必要になってくるでしょうし、願うならあと20年くらいで、モンスターに殺されたいわ」

「そんな縁起でもない…」

「何にせよ、私はこれ以上小春に迷惑を掛けたくないの。だから、あなたとも仲良くしたいの」

「アレだけ私をバカにして、フライング嫁いびりとか言いながらそれは虫が良すぎるんじゃな〜いですか?」

「今日の飲み代は私が出してあげるって言ったら?」

「ええ。これからも仲良くしましょうね?」


速攻で首を縦に振ったら苦笑いされた。

なんで?


「まあともかく、これからもよろしくね。定期的に愚痴を吐かせてちょうだい」

「私でいいなら何度でもお願いします」


お酒のおかわりをお願いしながら和解する。

遥さんはまだまだ苦しいだろうし、私に少しずつ吐き出してもらおう。

それが私ができる小春ちゃんのためになることだ。


…それを口実にお酒を飲みまくって、遥さんにもうちのお母さんにも、小春にも怒られたのは言うまでもない。

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