第36話 暇を持て余した大人
「――帰ってもらえるっすか?」
「そんな冷たいこと言わないでよ。私とシオンちゃんの仲でしょ?」
「別に特別仲が良いとは思わないっすよ?莉音先輩と違ってそれほど一緒にいないっすから」
「つれないなぁ…」
今日は日曜日。
本来ならダンジョンに行きたいところだけど…小春ちゃんがテスト勉強で手が離せないから私は暇だ。
一緒に勉強すればいいかもだけど…あんまり力になれないから、シオンちゃんの所に遊びに来た。
今は図書館の学習スペースという名の個室で、シオンちゃんの勉強を見てる。
「私、勉強は1人で静かにしたいって言ったっすよね?」
「それももう4回目だね」
「仏の顔も3度までって知ってるっすか?いくら冒険者相手と言えど、その気になれば私はやれるっすよ?」
「魔法を使えない魔法使いが?」
「……うるさいっす」
シオンちゃんの職業は魔法使い。
でも、魔法使いは大抵の場合魔法が使えない。
魔法を使うためには他の魔法使いに魔法を教えてもらうか、魔導書と呼ばれる魔法使い専用アイテムで魔法スキルを手に入れないと使えない。
稀に生まれつき魔法スキルを持ってる人も居るらしいけどね?
「魔法が使えない魔法使いなんて、まな板の上の鯉。ワタシの機嫌を損ねないようにするのが吉だと思うけ―――ッ!!?」
「知ってるっすか?冒険者でも、脛を思いっきり蹴られたら痛いっすよね?」
「こ、このクソガキ…やるじゃない」
油断大敵、窮鼠猫を噛むとはこの事。
調子に乗ってたら脛を蹴られて脚が痛くて痛くて動けない。
「…いい加減白状するっす。ただ私の邪魔をしに来た訳じゃないっすよね?」
「まあね。シオンちゃんはさ?小春ちゃんのお母さんに会ったことある?」
「あるっすよ。小春先輩に交際を認めさせる為に外堀を埋める過程で、何度も会ったっす」
…そう言えば、シオンちゃんって小春ちゃんと付き合う為に外堀を全部埋めて、半年近くかけて小春ちゃんを落としたんだっけ?
改めて執念が凄いと思う。
「最初のうちは優しく断られたっすけど、だんだんキツくなったっすね〜。結構ガチで怒られ、時には引っ叩かれた事もあったっす」
「マジ?」
「でも諦めずにアタックし続けたら折れてくれたっすよ。…まあ、職場まで行って仕事中仕事終わり仕事前関係なく言い続けたからか、最終的に目の隈が凄かったっす」
「…悪質なストーカーかな?」
「努力家って言ってほしいっす!」
遥さん…可哀想。
ただでさえ娘が反抗期で仕事も忙しい中でこんな狂人に目を付けられるなんて。
「…なんか失礼な事考えなかったっすか?」
「なんで?」
「いや、顔が全てを物語ってるっす」
「遥さん可哀想だなぁって」
「ちゃんと謝ったっす!小春先輩と付き合ってからすぐに!」
だとしても相当大変だっただろうね。
私なら1週間で折れる自信がある。
「話を戻してと。その時の遥さんの印象ってどんな感じ?」
「まあ…苦労人って感じだった気がするっす。過程を考えれば当然の報いと言えなくもないっすけど…それでも可哀想だって思ったっすね」
「苦労人、か…」
「遥お義母さんに何か言われたっすか?」
「…『お母さん』の言い方が違った気がするけど…まあそれは聞かなかった事にしてと。実は色々話した後に、『私はどう見える?』って質問されてね」
私に質問をしてきた遥さんの表情は…とても疲れているように見えた。
…当然と言えば当然かもしれない。
心労が絶えない生活だったはず。
それでも遥さんに素直に励ましの言葉を送れないのは…私の知らないかつての過ちがあるからなのかな?
「私は、『過去を悔いて生きているように見える』って言ったんだよね。反省しているように見えるけど…ずっと引きずっているような気がしてね」
「…引きずらない訳ないっすよ。その過ちのせいで、ずっと小春先輩を苦しめてきたっすから。そう言えば私も同じ質問をされたっすね」
「そうなの?なんて答えた?」
シオンちゃんも同じ事を言われたのか。
悪質ストーカー並のとんでも行動力なシオンちゃんがどんな回答をしたのか…凄く気になる。
勉強の手を止めて私の事を真っ直ぐ見つめるシオンちゃん。
「あの頃の私はまだまだ子供で、特に考えることなくその場で思った事を言ってたっすからね。『自業自得。当然の報いだ』って言ったっす」
「おおう。辛辣」
「今なら絶対にそんな事言わないっす。遥お義母さんだって苦労してる事を理解できないほど、子供じゃないっすからね」
少なからず、後悔していると言う雰囲気を感じる。
まだ子供だったとは言え、ひどい事を言ったと言う自覚はあるらしい。
…いや、その歳で自覚がない方がおかしいか。
でも、その時シオンちゃんが言ったことが間違っているかと言われたら…残念な事にそうでもないのが現実。
「あとは小春先輩に許されるだけだと思ってるっすけどね」
「えっ?」
「小春先輩は知らないっすけど、遥さんもう小春先輩の生みの母とは和解してるっす。そして、時が来たら打ち明けて再婚する事も視野に入れてるらしいっすよ」
「待って待って?なにそれどういう事!?」
「……後悔してるのは、遥さんだけじゃないって事っすよ」
教科書や参考書、ノートを閉じたシオンちゃんは真面目な顔をしてこっちを見つめてくる。
いつもの軽い雰囲気は何処へやら…本当に真剣で真面目だ。
一度は離婚した小春ちゃんの生みの母と再婚する?
そんなの…小春ちゃんは許してくれるの?
「小春先輩の生みの母も、浮気をした遥さんを一時の怒りに身を任せて突き放してしまったこと、それと同時に小春先輩を置いて逃げたことを後悔してるらしいっす」
「だから…再婚するの?今更?」
「今だから、っすよ。小春先輩が親に求めているものが何か分かるっすか?愛情、じゃないっすよ?」
「…分かんない」
「『独り立ち』。もう子どもじゃない。自分は恋人と自分の人生を生きる。だから、私の事を気にしないで生きてほしい」
…重いね。
まだ18歳だってのにそんな事を考えてるのか。
自分だけでなく、親の事も考えて…私なんて、未だに反抗期真っ盛りでどうやって逃げ出すかしか考えてないのにね。
やっぱり、私なんかよりずっと大人なんじゃない?
「小春先輩が巣立ったら再婚する。遥さんはそう考えてるらしいっす」
「でも、許してもらえるの?」
「…許すっすよ、きっと。家族と向き合う、最後のチャンスっすからね」
家族と向き合う…私にも刺さる言葉だね。
人の振り見て我が振りなおせ、って言うのは失礼な事かもだけど、全くその通りないい言葉だ。
……でも、それだけじゃ駄目だ。
私も、小春ちゃんは遥さんに出来ることは無いかな?
今はただの傍観者で、事が済んだら戻って来て当事者ヅラをする。
そんな人間にはなりたくないからね。
「私に出来ることってあるかな?」
「…そうっすね。まずはもっと小春先輩と仲良くなる事っすね。あと、誤差とは言えリカ先輩は歳上。その上もう学生じゃない社会人っすから、遥お義母さんもリカ先輩を相談相手にすると思うっすよ」
いつものケロッとしたシオンちゃんが戻ってきた。
教科書やノートを開いて勉強を再開している。
シオンちゃんはまだまだ学生だなぁ。
それに凄く頭が良さそう。
「シオンちゃんって成績は良い方?悪い方?」
「藪から棒っすね。まあ、普通っすよ。高くもなければ低くもない。そんな感じっす」
普通…平均くらいって事か。
なら十分だね、これならシオンちゃんが勉強不足で冒険者をやめろって言われる心配はなさそう。
…にしても今何の勉強をしてるんだろう?
生物って事は分かるけど…こんな難しい内容やったっけ?
う〜ん…駄目だね。私は力になれない。
シオンちゃん含め、学生達の力にはなれない事を、むしろ邪魔になる事を悟った私は個室を出た。
…暇だね。せっかく図書館に居るんだし、何か本を読みますか。
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