第33話 背の高い後輩と背の低い先輩
私は王栄詩音。
どこにでもいる高校2年生の女の子だ。
私には同性の恋人が居て、その恋人は私以外にも彼女が居る。
1つ上の先輩である莉音先輩と、最近恋人になった御堂先輩。
今日はその御堂先輩に呼ばれて、カラオケに来ていた。
「悲しみのない〜自由な空へ〜翼〜はため〜か〜せ〜!ゆきたいぃ〜!」
「元気だねぇ…」
「そりゃあタダでカラオケに来れてるっすからね!楽しむしか無いっす!」
「カラオケくらい何時でも連れて行ってあげるよ…」
「わ〜い!御堂さん太っ腹〜!」
「ちょっ!?マイクに声入れないで!うるさい!」
今日のカラオケは十割奢り。
御堂さんが私の分のお金も出してくれる太っ腹を見せてくれた。
流石、家が太い人は違うね。
「それで?わざわざ私を呼んだ理由って何っすか?カラオケに来られたのはうれしいっすけど、ま〜た莉音先輩に小春先輩を独り占めされてずるいっす」
「まあまあ落ち着いてよ。私の呼んだ理由なんだけどさ…小春ちゃんの体って凄くない?」
「あ〜…あの筋肉ムキムキの細マッチョボディの事っすか…」
御堂さんの話と言うのは、小春先輩の事について。
あの見た目からは想像できない見事な細マッチョ。
確かにあれはすごい。
「昨日ダンジョンでお風呂に入ったんだけどさ…改めて小春ちゃんの体ってすごいなぁって…」
「まあ、鍛えてるっすからねぇ…1人の時間とか、家での時間の大半は家事と筋トレの人っすから」
「なんでそんなに?」
「そりゃあ、冒険者になるためっす。冒険者になって、私達と結婚して、子供を沢山持てるようにするためっすよ」
小春先輩は諸事情により一人っ子だ。
それがイジメの遠縁になってたりすることもあったらしいし、将来沢山子供がほしいって言ってた。
……まあ、多子世帯出身の私と莉音先輩にしてみれば、何がいいのかは分からないけれど…別の意味で莉音先輩は大賛成だった。
「子供か…そうか、結婚したら最低でも6人は子供が出来るんだもんね。そりゃあ、本気にもなるか」
「逆に御堂さんは本気じゃないっすか?冒険者」
御堂さんの言葉に思わずそう言ってしまった。
しかし、ムッとした顔を見せる御堂さんを見て失言だったとすぐに理解する。
「もちろん本気だよ。……でも、小春ちゃんの本気と私の本気は違う」
「そう、っすか…」
「小春ちゃんのは、リオンやシオンちゃんの事も、そして子供たちのことも考えてる本気。でも私のは…結局自己満足と見栄っ張りの本気だからさ」
自嘲気味に話す御堂さん。
…御堂さんは実の母が冒険者の家系に生まれ、また優秀な冒険者の母故に大家族を養えるだけの収入があった。
だから私達以上に幸せな家族に生まれたけど…御堂さんはその中で落ちこぼれだった。
末妹で、しかも『盗賊』。
冒険者として成功した家の子なのに、冒険者として成功するのが難しい『盗賊』に生まれた御堂さん。
自分は母や姉のような立派な冒険者になりたいのに、母や姉は全く期待していない。
愛されているのに夢を否定され続け、歪んでしまった人。
そして、小春先輩に救われた人。
「私だって立派な冒険者になれるんだって。私は間違いなくあなたの娘で、あなた達の妹だって。そう証明したい為の本気。…将来のことを考えてない訳じゃないけどさ?やっはりそれは二の次で…」
自分を卑下し、小さくなる。
…御堂さんは承認欲求が強いけど自己肯定感は低い。
正直面倒くさいタイプだけど…面倒見が良くて、恋人の為に尽くしたい小春先輩とは相性がいい。
「まあ、なんだって良いんじゃないっすか?恋人と同じ道を歩めるなら」
私は別に面倒見がよくないし、何より自分の気持ち優先。
じゃなきゃ喧嘩してまで幸せ空間を作ってる2人の中に入って、自分もその一員になろうとしたりしない。
「将来とか正直考えるだけ無駄っすよ。何が起こるか分からないっすからね」
「随分と達観してるね…」
「適当言ってるだけっすよ。私はいつだって小春先輩とイチャつくことしか考えてないっすから」
将来のこととか考えてたら頭抱えちゃって小春先輩とイチャつけない。
将来の事は将来の事って割り切っていかないと。
…そうだ、将来と言えばだけど――
「時に質問っすけど、御堂さんって子供何人ほしいっすか?」
「え?私?」
私の質問に御堂さんは首を傾げる。
そして、少し考えたあと口を開いた。
「まあ、3人かな?」
「その心は?」
「義務出産じゃなく、自分の意志で子供を持ちたいの。だから3人」
『義務出産』
悪名高き、人権や女性の権利を無視した法律。
国内外問わず猛烈に批判されている法ではあるけれど…国民は意味を理解してるし、無いとやばい事も分かってるからやめろとは言えない。
この法律の目的は、とにかく人口を回復させたいってのと男性人口を増やすことにある。
男があまりにも減っちゃったから、何としてでも男の人口を増やすために必要な法律。
そんな法律無くたっていい。
自分の意志で子供を作らせろって?
私もそう思う。
だけど、男は今保護区という名の監禁地区に封じられてほとんど接触できないし、女性に対して男性の比率があまりにも少ないから、義務出産なんてクソみたいな法律がないとそもそも結婚しない輩が出てくる。
それは政府としては困るし、そういう人間が増えると国からの補助金で生活してる家庭も困る。
将来的な税収が減るからね。
だから、感情では嫌だけど納得できない訳では無いから本格的に廃止しますと言われれば、『う〜ん…』となる。
それで、今の今まで廃止されてない。
「別に1人だけでも良いっすよ?私や莉音先輩が肩代わりするっすから」
「それは申し訳無いからね…逆にシオンちゃんは何人ほしいの?」
「2人っすね〜。多子世帯出身からすれば、そんなにたくさんいらないかなぁ〜って」
「まあ、気持ちは分からなくもない」
家族が多いと色々大変なんだよ。
小春先輩はそれを知らないから言えるけど…子供は少なくて良い。
どうせ莉音先輩がたくさん産むからね。
「私は子供は少なくて良いっすけど、莉音先輩はすごいっすよ?小春先輩の義務出産を肩代わりするって言ってるっすから」
「てことは4人?」
「いや、もう1人産んで5人ほしいらしいっす」
「…子供10人ってマジ?」
マジで子供が多い。
ベビーシッターとか雇わないとやってけないくらい多い。
何がやばいかって、うちはこのままいくと親が全員冒険者の家系になるから、育児に力を注げないって話。
だから、子供が出来るまでに本気でお金を貯めるか、それこそベビーシッターを雇わないと無理無理。
「まあ、小春先輩は5人も子供を産めるわけ無いって思ってるっすから、大丈夫だと思うっすよ?せいぜい3人くらいじゃないっすか?」
「まあ、同性重婚だし義務出産は免除されるからね……それでも結局8人か…私2人にしようかな?」
義務出産の免除。
基本的に例外は認められない義務出産だけど、基準を満たせばしなくてもいい。
その基準と言うのは、『同性で婚約を結んだが、すぐに離婚し再婚の意思が無い場合』『同性での婚約において、片方に自身の義務出産を代理させる場合』『同性で2人以上の重婚をした場合』の3つ。
いずれかを満たせば義務出産はしなくていい。
まず1つ目の基準は小春先輩が当たる。
小春先輩のお母さんは結婚したは良いけど、育ての母が浮気をしたせいで結婚して間もなく離婚。
その時の心労や、小春先輩の育児等の関係上再婚出来ず、この基準を満たした。
だから…小春先輩の育ての母は1人も出産してない。
2つ目は別に義務出産が免除された訳じゃない。
恋人に自分の代わりをさせているだけ。
これは冒険者と一般人の結婚において多く、冒険者に沢山稼いでもらおうと言う考えでよく使われる。
莉音先輩はこれをして小春先輩の分の子供も産もうとしてるけど…あんまり関係ない。
3つ目は私達が該当する。
同性での2人以上の重婚は、重婚をしている人物を男性として見立てている。
私達の場合は小春先輩が男と言う扱いになり、男一人に対して女性が2人婚約してる状況。
その考えで行けば義務出産の数が1つ減るわけだ。
だから莉音先輩は小春先輩の義務出産を肩代わりする必要はないんだけど…本人は産みたいらしい。
「まあ御堂さんの出産に関しては任せるっす。元々私達だけで育児ができるとは思ってないっすから」
「そうだね。…あと、御堂さんじゃなくてリカで良いよ。その、自分より背の高い後輩にそう言われるとなんだかムズムズするからさ」
「そうっすか?ならリカ先輩って呼ぶっす」
リカ先輩か…
自分より背の低い先輩ってなんだか新鮮。
いや、確かに学校にはたくさん居るけど、こんなに親しい中でそういう人はあんまり居なかった。
と言うか、小春先輩一筋でずっと一緒だったから友達がそんなに居ないんだよね。
先輩ともなればなおさら。
「…甘えていいっすか?」
「どうしたの急に?…まあ、私みたいな貧相な体してる人間でよければどうぞ」
許可をもらったので遠慮なく膝枕をしてもらう。
そして、手を掴んで頭の上に乗せた。
「小春先輩以外にこうやってよしよししてもらったこと、なかったっす」
「そうなんだ。リオンはどうなの?」
「莉音先輩はこんな事しないっす。…年上の親しい人が2人しか居ないっすから、あんまり甘えたことが無くて…」
「…私は甘やかされて育ったから、いざ甘やかすってなったら何したらいいか分かんないよ?」
「このまま撫でてくれるだけでいいっすよ。…こんな私でも、褒めてくれる先輩がいるんだって思えればそれでいいので」
「小春ちゃんは?」
「恋人なので別っす」
小春先輩がダンジョンに行くようになってからずっとご無沙汰だ。
学校とその帰りしか遊べないから、私は不安になってしまう。
…莉音先輩は今も小春先輩の隣を歩いてるのに、私は数歩後ろを歩いている。
そしてその距離は、どんどん開いている。
いつか置いていかれるんじゃないかって。
「リカ先輩から見て…私は1年後、小春先輩の隣に立てると思うっすか?」
「そうだね……小春ちゃんは優しいからね。1年後、きっと立ち止まって歩み寄ってくれると思うよ。そして、また隣に並べるんだ。まっ、その時には1人増えてそうだけど」
「小春先輩ならあり得るっすね〜。あの人は良くも悪くも母親の遺伝子を強く受け継いでるっすから」
「どういうこと?」
「そのままの意味っす」
多くの女性を誑かし、それでいて惚れっぽくて一度惚れた相手には最後まで愛を注ぐ。
果たしてその隣には何人の女性を侍らせるんだろうね?
…私が冒険者になる前に一人増えないか?
それだけが今の心配かな。
起き上がってマイクを持つと、すぐに曲をセットする。
「リカ先輩も歌うっす!下手でも私は笑わないっすよ?」
「ええっ!?わ、私はいいよ!」
「そう言わず、一緒歌うっす!」
半ば強引にマイクを持たせて2人で歌う。
下手ではないし、特別上手いわけでもない。
そんな歌声のリカ先輩は、カラオケをしたことが無かったのか終始恥ずかしそうだった。
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