第32話 VS山の主2
エリア10へと到達した私達は、どこから来るか分からないさっきのデカいウサギを警戒しながら傾斜の緩くなった山を歩いていると、また地面が揺れる。
「さっきのウサギ?」
「そうだよ。あいつが穴を掘ってる揺れ」
「どんなパワーしてるのあのウサギ…」
穴を掘るだけで地震を発生させるとか…規格外過ぎない?
勝てる相手なのそれ?
「あいつは工事現場の機械みたいな動きで岩に穴をあけながら移動する。その時の振動が地震みたいになって地面が揺れるんだよ」
「…それだけで地震なんて起こるものなの?」
「いや、これが聞こえるって事はあいつが―――」
「危ない!!」
莉音が話しているところにリカさんが飛びついてきて、私達を突き飛ばす。
その直後、地面が大きな音を立てて崩れ、中からヒグマサイズのウサギが飛び出した。
「グオオオオオッ!!!」
「鳴き声がウサギのそれじゃないね!この化け物め!!」
飛び出してきたウサギ目掛けて奴が掘り起こした地面の中にあった石を拾い、奴の目を狙って投げる。
石は目に向かって真っすぐに飛び、そのまま瞼にぶつかる。
流石に目をつぶすまでは無理か…
「こいつの名前は『
「了解。じゃあ三人で攪乱しながら戦おう!」
絶対に正面からは戦わない。
それぞれ別の方向に移動し、まずは背後に回ったリカさんが岩窟ウサギの背中にナイフを突き立てる。
「かった!?」
しかし、全身が筋肉と言うこともあって全然刃が通っていない様子。
アレじゃ並大抵の攻撃は効かないって考えた方がいいか……じゃあ、撹乱作戦はほぼダメだね。
「二人とも一旦集まって!作戦会議のために逃げるよ!!」
そう言って走り出すと、2人の足音が聞こえたのでちゃんとついて来てくれてる。
そのあとすぐに爆竹の音が聞こえてきた。
リカさんが逃げるために爆竹を投げてくれたのか…
爆竹を駆使しつつ、岩窟ウサギから逃げることに成功した私達は、しゅういをけいかいしながら作戦会議を始める。
「リカさんのナイフが通らないんじゃ、私や莉音が何回殴っても効かないよ?」
「だよね。というか、ナイフが通らない以上私達にできることなんてないけど…ここまで来たって事は、勝算があるんだよね?リオン」
私とリカさんの視線が莉音へ向かう。
それに対し莉音は不敵な笑みを浮かべて腕組をした。
何か策があるみたいだ。
「岩窟ウサギは筋肉もそうだけど毛皮が硬い。細い癖に強度が凄いんだよね」
「熊のは蜂の針を通さないみたいな感じか…」
「そうそう。全身毛で覆われてるから、鎧を着ているようなもの。まず毛に刃を阻まれてナイフは通らないし、緩衝材みたいな感じで打撃も効きにくい」
「でもそれを破る策があると…?」
「ないよ?」
「なるほどね~………んん?」
な、ない?
今この子ないって言った?
…い、いやいや!そんなまさか。
あの石橋を叩いて渡るの莉音が何の策もなしに勝てない相手に戦いを挑むなんてないない!
「え、えっともう一回聞くけど……」
「ないよ?」
「…マジ?」
「私がそんなくだらない嘘つくと思う?」
「「………」」
私とリカさんは額に手を当てて空を仰ぎ見る。
どう文句を言おうか考えていると、突然地面が振動し始めた。
「やばいよ!来てるよ!?」
「ホントに無策だったの!?私の身の安全を保障するって話は!?」
「いや、いけるかなぁって…」
「「駄目に決まってるでしょ!!?」」
すぐそこまで岩窟ウサギが近づいてきている。
何とかして逃げないとリカさんがヤバイ。
とにかく爆竹を使って音を鳴らし、急いでその場を離れる。
でも、爆竹の音では岩窟ウサギの耳を欺くことが出来なかったのか、明らかに音がこっちに近づいて来ている。
しかも速度が結構早い。
「岩窟ウサギから距離を取るためにとにかく逃げ回ってたから、エリアの出口が分かんないよ!?」
「とにかく走るしかないよ。それに、私だって完全に無策でここに来たわけじゃないし」
「何か考えはあると…何をするの?」
「毒で殺す」
「えっと?つまり……」
毒…毒ですか…
それはつまり『大蛇』を装備して何とかダメージを食らわせると…
そしてその後は…
揺れと音が最大まで高まり、もうすぐに岩窟ウサギが出てくるというところで、莉音は『大蛇』の鉤爪を装備した。
その直後岩窟ウサギが飛び出してきて…
「毒を食らえクソウサギ!」
「グギャアア!?」
莉音は何の躊躇いもなくギリギリの位置に立ち、飛び出してきた岩窟ウサギの目を狙って拳を突き出した。
多分目は瞑っていただろうけど…そんなの関係なく目をつぶした。
あれで毒を食らってればいいけど…
「ギ、ギャアアアアッ!!?」
目を殴られた岩窟ウサギはとんでもなく痛がってのた打ち回っている。
ただ殴られただけにしてはちょっと大げさなような気もするけど…目がつぶれたのならそんなものかな?
立ち止まって振り返り、暴れまわる岩窟ウサギを見ていると、のた打ち回った先で自分の掘った穴に落ちて行った。
「えっと…倒せた?」
「倒せたとしても問題しかないよ。装備が取れないじゃん」
「…まさかと思うけど、この中に入ろうとか言わないよね?」
「そんなまさか。仮に生きてたら私達に勝ち目はないからね。そこは慎重にいくよ」
警戒心を強め、穴を睨み続ける莉音。
私とリカさんは莉音の見ている世界について行けず、顔を見合わせて首を傾げるしかなかった。
岩窟ウサギが穴に落ちて5分。
ようやくドタドタと言う足音が聞こえ、私とリカさんは戦闘態勢を取った。
そして現れた岩窟ウサギは…目は血走り、半開きの口から舌が垂れて完全に正気を失っていた。
「中途半端に毒にやられた影響かな?完全に壊れてる」
「あれ大丈夫なの?」
「理性を失ってるからリミッターが外れて強くはなってる。でも目に付くもの全てにぶつかりに行ってるだけだからただの動く的だよ」
暴走列車と化した岩窟ウサギを前に、莉音は恐ろしいほど冷静だ。
まあでも確かに穴から出てきてすぐあらぬ方向に走っていったし…狙われさえしなければ脅威じゃない。
「それに放っておけば勝手に毒で死ぬからこのままのんびりしてても良い。…でもまあそれだと小春とリカに経験値が入らないから一発殴ってきな」
そう言ってとりあえず攻撃を促してくる莉音。
私は武器を『大蛇』に切り替えると、暴れまわる岩窟ウサギの背中に飛びかかり、毛の薄そうな場所を鉤爪で引っ掻く。
毛を掻き分けて、僅かに肉を裂いた感触があった。
すぐに距離を取って莉音の所に戻ってくると、とりあえず話を聞いてみる。
「軽くだけど肉を引き裂く感触を感じたよ?」
「なら十分。アイツは毒耐性がないから少しでも毒属性武器で殴れば毒状態になるからね」
「じゃあ私も『大蛇』のナイフで軽く切ってきたし、攻撃判定は入ってるね。いや〜、狙う場所って大事だね?」
「何処攻撃してきたの?」
「股間」
「確かにそこなら毛は少ないけどさ…」
斜め上の回答をするリカさんに、納得はしつつも何処か引いている莉音。
私は私で別に全員に攻撃判定があって経験値が入るならなんだって良い。
まあ、それともかく置いておくとして…
「…毒って強いんだね?」
「そうだよ。耐性がない相手にはとんでもなく刺さる。例えレベル差が100あろうと、毒耐性が無ければ理論上負けるからね」
「今の私達の装備って毒耐性あったっけ?」
「無いから要注意だね。まあ、毒持ちの居るダンジョンにはまだ行かないから安心して」
毒と言う恐るべき破壊力を持った武器の力を改めて理解できた。
そして、今私達が万が一毒を食らえば、目の前の完全におかしくなってしまった岩窟ウサギのようになる。
そして最終的に死ぬんだ。
…まあ、毒消しがあるからそう簡単には死なないし、毒を食らってもすぐに解毒出来るけどね?
「岩窟ウサギが毒に弱いなんて…リオンはよく知ってたね?」
「小春とダンジョンに行くために、1年以上ダンジョンについて勉強してきたからね。レベル8ダンジョンまでの知識は大抵頭の中に入ってる」
「なんというか…執念がすごいね。絶対に冒険者になるって意思を感じる…」
莉音の知識の多さにびっくりしているリカさん。
それを見て誇らしげに胸を張る莉音。
チラチラと私を見て、褒めて褒めてと言っているのが分かるけど…岩窟ウサギがまだ倒せていない状況で迂闊なことは出来ない。
今だってあいつはこっちを…まずい!!
「二人とも避けて!!」
私が叫ぶと、すぐに二人は岩窟ウサギを見て回避行動をとる。
早々に気付けたこともあって何とかよけられたけど…私が莉音にかまってたら危なかった。
「まだ倒せてないんだからふざけないで」
「ごめん…」
「とりあえず無視はできないね。あいつ、明らかにこっちを見てる」
岩窟ウサギは私達を認識したみたいだ。
理性を失って暴走状態になってはいるけれど、私達を敵と認識する機能は壊れてないのかも。
今まではそれほど視界に入ってなかったか、そもそも認識されてなかったか。
何はともあれ岩窟ウサギは私達を確実に狙ってる。
この状況ですべきことは…
「とりあえず逃げるしかないでしょ!」
「まともに戦っても勝てないからね!さようならウサギの怪物!」
「爆竹はまだあるからね。何度でも使うよ!」
とりあえず逃げる毒での撃破くらいしか勝ち目はないし、今はとりあえず逃げる。
ドタドタと大きな足音を立てて追いかけてくる岩窟ウサギ。
リカさんが爆竹を投げるけど…全く音に驚いてない。
これ、逃げられるよね?
幸い地上で走る速度に関してはそんなに速いわけではないっぽいけど…
「…莉音。これ大丈夫?」
「私の命の保証できる?」
「……死の鬼ごっこの始まり、かな?」
「「駄目じゃん!!」」
かなりまずい状況。
迫りくる岩窟ウサギを何とか撒こうと段差を飛び降りたり、急に曲がってみたりといろいろ試してみるけど全然逃げられない。
それどころか、どんどん距離が縮まっていく。
「な、何とかしてよ小春~!」
「出来るならやってるって!リカさんだけでも逃げる!?」
「2人を置いて逃げても私ひとりじゃ下山できないよ。…死ぬときは一緒だよ?」
「じゃあまだ先の話だね!」
まだだ。まだ逃げられないって決まった訳じゃない。
このまま走り続けたら何とか――
「ゴハァッ!!」
「「「!?」」」
突然後ろから何かを吐いたような音が聞こえ、足音が止まる。
恐る恐る振り返ると、岩窟ウサギが血反吐を吐いて倒れていた。
体はピクピクと痙攣していて、呼吸も荒い。
虫の息というところまで追いつめられている。
「な、何とか間に合ったね」
「だね。ふぅ…安全ってわかると力が抜けちゃった…装備を抽出したら一旦休まない?」
私とリカさんは何とか毒での討伐が間に合った事に安堵し、その場に座り込んでしまう。
しかし、莉音だけは立ったままで、何やら真剣な表情で岩窟ウサギを睨んでいる。
「うん、いけるね」
「何が?」
手を叩いて笑顔を見せる莉音を見て、リカさんは首をかしげているけど…私にはわかる。
アレはろくでもない事を考えている目だ。
「特殊ボスって倒してもダンジョンから出ない限り普通のボスと同じように復活するんだよね」
「…待って、嫌な予感がする」
莉音の言葉に何かを察したリカさんは立ち上がって逃げようとするけど…莉音に捕まった。
「私達でも勝てるって事が分かったんだからさ?この機を逃す手はないよね?」
「い、いやだ!私まだ死にたくない!!助けて小春ちゃん!」
何とか逃げようとするけど、体格のせいでパワーで負けて私に助けを求めるリカさん。
…でも、私じゃ莉音は止められないんだよね。
「ごめんねリカさん。鬼ごっこはまだ続くみたい」
「ヤダ!帰る!!」
泣きわめくリカさんを何とか説得し、今日も今日とて地獄のレベリングが始まる。
そのせいで家に帰れたのは夜の7時になった。
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