第31話 VS山の主
ガマガを倒して3時間。
もうあと1時間をもすれば日が落ちてしまう。
いつもならこのくらいの時間になれば、エリア1に居てすぐに帰ってる頃だけど…今日は違う。
「まさかダンジョンで野宿する事になるとは…」
「元々そう言う計画で来てたからね。これから交代で見張りをしながら寝るよ」
莉音の見立てでは1日で攻略して帰ることは無理。
早朝に来て深夜前に帰るくらいの時間が掛かるらしいから、それくらいならダンジョンで一泊しようと言う判断。
今はエリア8の最奥、エリア9の手前にある岩壁のくぼみに居る。
「雨風をしのげるし、ライトを置いて警戒もしやすい。おまけにあのクソバードからも見えない位置だから安心して眠れるね」
寝袋を用意しながらくぼみの紹介をする莉音。
私も持ってきた寝袋を伸ばし、寝る準備を始める。
寝袋が準備できたら次は寝る場所の準備だ。
何も考えずにポンと寝袋を置いてお休み……という訳には行かない。
「虫除け缶に火をつけてと…次は殺虫煙を撒くんだったね」
ダンジョン内と言えどここは屋外。
虫対策を万全にしておかないとまともに寝られたものじゃない。
まずは虫除け缶に火をつける。
これは効果が一晩続くキャンドル型の蚊取り線香のようなもの。
ダンジョン産の殺虫成分マシマシ植物を配合したオイルを一晩掛けて燃やし、周囲に虫を近づけないようにするんだ。
そして次に殺虫煙を使って寝袋を敷く周りの虫を退治、および退かせる。
発煙筒の中に殺虫成分が入っていて、その煙で燻す事でダニやノミのような小さな虫を殺す。
蜘蛛とか良くわかんない虫とかはすぐには死なないけど、煙から逃げようとするから虫のいない場所が出来上がる。
あとはその中心にさっき火を付けた虫除け缶を、置くだけ。
これらを十分に使うために、ダンジョン内で野宿する際は今いる場所みたいな雨風をしのげる場所が好ましい。
「これが2つで1000円。1000円で安全な夜を過ごせるのなら安いものだね」
「高級なのだともっと殺虫・防虫が強い奴があるけど…ここはそんなに虫が酷いダンジョンじゃないし大丈夫」
熱帯雨林とか、前に行った湿地帯とかは虫除けスプレーが無いとまともに入れすらしない。
その上で寝ようなんて…とても正気じゃないね。
そんな場所でも寝られるようにと作られた効果が強いやつは、ダンジョンの外では使用禁止になるくらい強力だ。
「じゃあ夜ご飯の準備をしようか」
「憧れのダンジョン夜飯…リオン、何作るのか決めてる?」
「もちろん。定番のカレーだよ!」
そう言って、莉音はカバンの中からカレーの具材を取り出す。
にんじん、じゃがいも、玉ねぎ。
そして、生のお肉は持ってこられないので、お肉の缶詰を取り出した。
…それがあるならカレーの缶詰とか、茹でるだけで食べられる冒険食で良いと思うけど…それを言うのは野暮ってもの。
「
「当たり前だよ。ほらここに」
魔力で動く魔導コンロを取り出したリカさん。
莉音はそこに無洗米と水が入った飯盒を置き、火を付ける。
「これでホカホカのご飯が炊き上がる…」
「メンバーと一緒にダンジョンで夜ご飯…」
妙にやる気満々で、ただの炊飯如きに騒ぐ2人を横目に、私は手早く野菜を刻んでいく。
そして、莉音が用意したコンロに鍋を置き、缶詰のお肉と野菜を入れる。
このまま無水カレーにしてもいいけど…市販のカレールウを使うみたいだし、私の持っている水を入れる。
強火で野菜に火を通していると、莉音が抱きついてきた。
「どうしたの?」
「疲れたから小春を補給してる」
「はいはい。リカさんも大丈夫?私はウェルカムだけど」
「私は後でお願いするよ。2人のために見張りをしてるからね」
モンスターの襲撃に備え、見張りをすると言い張るリカさん。
私に顔を見せず、ずっと外を睨んでるけど…耳が赤い。
恥ずかしがってるんだろうね。
「じゃあまた後で。…さて、野菜が煮詰まるまで莉音の相手をしようかな?」
「やった!」
「……煮すぎて焦がさないでね?」
わかりやすく嫉妬するリカさん。
そんなに不機嫌になるなら素直に言ってくれたらいいのに…
でもまあ、そういうところもリカさんの可愛いところ。
あえてリカさんに聞こえるようにイチャイチャした。
野菜がいい感じに煮詰まり、カレールウを入れるといい匂いが窪み全体に広がる。
「ごはんもそろそろ炊けるし…さっそく夜ご飯にしよう!」
お米の炊き上がった飯盒にカレーを注ぎ、3人で円を作る。
「「「いただきます」」」
手を合わせて食前のあいさつをする。
ダンジョンで食べるカレーはいつも食べるカレーと大して差はなく普通においしい。
激しい運動と言うか…モンスターと戦いながら山登りをしたためみんなお腹がペコペコ。
会話もなくあっという間に食べ終わってしまい、あとは辺りが暗くなるまでゆっくりするだけ。
「…お風呂は無理だとして、せめて体を拭くものとか無いの?」
「あっても水で濡らしたハンカチとかだよ。コンロでお湯を沸かしてもいいけど…魔石がもったいない」
「まあね…」
燃料用の魔石だってタダじゃない。
倒したモンスターの魔石をコンロに突っ込んでも、コンロの仕組み的に使えないんだよね。
感覚的には、電池が無くなったから配線を自分で作ってコンセントに突き刺せば使えるでしょ?とか言ってるようなもの。
コンロが壊れちゃう。
「お風呂に入れないのは仕方ないとして…せめて体は拭こうよ」
「だね。小春ちゃんの体は私が拭いてあげるよ!」
「いいや!リカじゃなくて私が拭く」
汗拭き用のタオルを取り出し、飲料用とは別の水で濡らして近付いてくる2人。
私は特に突っ込まず服を脱ぐと、ギラついた目で私の体を舐め回すように見る2人に、体を拭いてもらう。
下心100%で接されるとむしろ安心するね。
…まあ、どうせこのあと2人の体を体を拭かされるし、嫌なことに変わりはないけど。
執拗に胸やら脇やら股やらを意識して触りながら体を拭いてくれた2人に、感謝の意味で下心を込めながら体を拭いてあげた。
体をタオルで拭くのは意外と時間が掛かり、気が付けば夜になっていた。
今は午後19時。
ダンジョン内で出来ることなんて限られているし、疲れてもいるのですぐに寝袋の中へ潜り込む。
「じゃあ、3時間後に起こすね?」
「よろしく莉音。じゃあ、お休み」
そう言って、私は目を閉じる。
寝ると言ってもここはダンジョン内。
いつもモンスターに襲われるか分からない以上、キャンプをするにしても1人は見張りがほしい。
だから、3時間交代で見張りをするんだ。
私はじゃんけんに勝って2番目の見張りになったから、これから3時間は寝られる。
…そんな事を考えている内にいつの間にか眠ってしまい、3時間後莉音に叩き起こされて見張りをした。
翌朝
莉音、私、リカ、莉音の順番で見張りをし、朝の1時間を見張りとして過ごした莉音に代わって、朝食の準備をする。
これから1時間くらい莉音には寝てもらって、その後出発だ。
朝ごはんの準備と言っても、やることなんてスープの為のお湯を沸かすくらい。
じゃあなんで準備なのかと言うと…
「山の天然水と言えば聞こえは良いけど…」
水を昨日の夜使いすぎたせいで、今日の分の水分がほとんど無い。
すっかり軽くなってしまったカバンを重くするため、空のペットボトルに山の湧き水を汲みにきた。
幸い近場に岩の隙間から水が滴り落ちている場所があり、水道の水を汲むような感覚でペットボトルへ水を詰めていく。
それを持てる限りのペットボトルでやるから、もう1回来ないといけない。
面倒な作業を終わらせて帰ってくると、今度は煮沸だ。
「天然水だからと言って綺麗なわけじゃない。細菌がいるかも知れないから煮沸消毒と…」
山の源流の水は確かに綺麗だ。
そのまま飲んでも、まあまあ問題はない。
でも、市販の水や日本の水道水程の信頼があるかと言われればそうでもない。
いくら湧き水だからと言っても、言い方を変えれば未消毒のろ過された雨水。
とてもじゃないけどそう言われては飲む気にはならないね。
この例えを用いて授業してくれた指導員に感謝。
「沸騰してすぐの水は入れちゃ駄目だよ?そのペットボトルは耐熱容器じゃないから」
「ある程度温度が下がるまで待たないといけないんだよね?…はあ、面倒くさいなぁ」
いくら水が必要とは言え、こんな面倒な作業をしなくちゃいけないのは正直嫌だ。
でも、今の私達にはストレージはダンジョン由来のアイテムしか収納出来ないから仕方ない。
専用のアイテムさえ手に入れば私達も荷物が少なくて済むんだけど…
「朝はパンとスープだけ。う〜ん…質素」
「このまだ熱々なお湯でスープ作って先に食べちゃう?莉音は後で食べるだろうし」
「待ってあげようよ小春ちゃん。リオンは疲れてるだろうし、何より小春ちゃんと一緒に朝ご飯を食べたいと思うよ?」
「そうだよね…」
莉音が起きるまでの間、私はひたすら水を沸騰させてはペットボトルに移し替えると言う作業を繰り返した。
ちなみに水は消毒したけど、ペットボトルは消毒出来てないから長くは貯蔵できない。
でも、今日持ち歩く分には大丈夫だし、帰る前には残った分を捨てる。
ギリギリを攻めても良いけど…それだと後で莉音から文句を言われそうだからしない。
しっかりと余裕を持って水を用意し終えたあと…莉音が起きたので朝ごはんになった。
「菓子パンとスープだけの朝ごはんか…悪くないね」
「私はせめてハムとかソーセージとか、それか卵が食べたかった」
「贅沢言わないの小春ちゃん。ハムやソーセージならともかく、卵なんて持ってきても邪魔なだけだよ」
「それは分かってるけどさ…?」
リカさんに諭されて、なぜだか少し腹が立つ。
あんまり寝られてないからかな?
疲れが取れきれてないのかもね…
「さっとご飯を食べ終えられるって意味ではこれくらいが丁度いいんだよ。ごちそうさま。さあ!ダンジョン攻略を再開しよう!」
「もう少し味わって食べようよ…」
「それに関しては私も同意かな…」
あっという間にパンを食べきった莉音は、私達の分の寝袋も一緒に片付け始める。
虫除け缶の中に溜まった燃えカスを捨て、ゴミ袋に詰めてダンジョンに捨てても問題ないものとそうでないものを分けていく。
ダンジョン内は私達が何かしても数時間でもとに戻る。
例えばゴミなんかは1時間もあればどこかにさっぱり消えてしまって、故意でも不意でも処理には困らない。
そして、環境が汚染されることもない。
だから虫除け缶みたいな強烈な殺虫効果を持つ薬品もなんの躊躇いもなく使えるわけ。
「金属と汚れてないプラスチックだけ回収して、あとは放置だっけ?ダンジョ野宿の唯一楽なところだね」
「まあ、最悪金属もプラスチックも全部放置でも良いけどね。捨てる量よりもダンジョン鉱脈やドロップで持ち帰れる金属の量のほうが多いし。もちろん、プラスチックも同様」
ダンジョンは資源の宝庫。
そしていくら採っても枯れないし、環境を汚染しても構わない。
…と言うか汚染されない。
まさに最高の資源庫だ。
「この『グリーンマウンテン』でも鉱石は掘れるんだよ?本当にお金に困った時は頑張って採掘してみるのもあり」
私とリカさんの話を聞いていた莉音が今いる『グリーンマウンテン』の豆知識披露を始めた。
まあ、気持ち程度に興味はあるし聞いてみよう。
「何が取れるの?」
「金」
「ふ〜ん……金!?」
えっ!?金!?
ゴールドが掘れるのこのダンジョン!?
ゴールドラッシュじゃん!!
「リオン、流石にそれは説明不足だって…」
「まあね?…掘れるって言っても、川を掘り返して土の中を探せば砂金が採れるだけだよ。正直、採れる量なんてたかが知れてる」
「な、なんだ…びっくりした…」
砂金か…確かに砂金拾いなら採れる量なんてたかが知れる。
それなら別にダンジョンじゃなくたって、砂金を拾える川はある。
危険を冒してまでダンジョンでやる必要はないね。
「本気で採掘をするなら一応石炭が掘れる。でも、正直重機でも持ってこないと儲かるだけの量は掘れないし、何より質も悪いから価値は無いね」
「石炭採掘向きのダンジョンは別にあるし、正直ここで採れる資源で売りに出せるのは木材くらい」
「木材か…確かにこの木を切り倒して運べば多少は売れそう」
椅子とか机とかの家具や、薪なんかにも使える。
本当にお金に困ったら斧でも買って伐採して稼ぐのもあり。
…そう考えると、儲からないだけで本当にどうしょうもなくなった時の食い扶持の手段は結構あるね、ダンジョン。
「さてさて…2人ともご飯を食べ終わった事だし、ダンジョン攻略を再開しよう!」
「もうちょっとゆっくりさせてよ…」
「食後の運動だよ!食べた分動いてカロリーを消費しないと!」
話している内に朝ごはんを食べ終わり、莉音に手を引っ張られる。
片付けは莉音がしてくれているので、あとは荷物を背負ってダンジョン攻略を再開するだけ。
本当はもう少しゆっくりしたかったけど、莉音がそれを許さず窪みを出てすぐのエリア9へ。
そして、私達がエリア9に入った途端異変が起こる。
「「「っ!?」」」
突然地響きとともに地面が激しく揺れ、私達は咄嗟にその場にしゃがみ込んで荷物で頭を守る。
「地震!?この山そんなギミックあるの!?」
「あるにはあるけど…いや、まさか?」
ダンジョンには悪天候や災害がギミックとして起こるものが存在する。
例えば火山のダンジョンなら時折噴火が起こるし、熱帯雨林ならスコールが降る。
だからダンジョンで地震が起こること自体は不思議じゃない。
問題は、何故地震が起こったのか?だ。
揺れが収まり、私達は立ち上がるとすぐに警戒態勢を取る。
「周囲を警戒して!」
「何か来るって事だね?分かったよ!」
随分と早いご登場じゃないの。
ここはエリア9。
つまり、このダンジョンに出現するボスモンスターとの負けイベがあるエリアだ。
なら、あの地震はボスモンスターが起こしたものってこと。
一体どんな化け物が出てくるのやら…
3人で背中を預け合い、何処から敵が来ても良いように構えていると、リカさんが手を引いてきた。
どうやら敵はリカさんの方から来ているらしい。
「意外とゆっくり。でも飛びついてくるかもしれないから、そこは要注意」
「了解。莉音、先に聞いておくけど敵の弱点は?」
「大きな音。大きければ大きいほどいいし、不意をつけるものならなおよし」
「分かった。……そこまで言えるって事は、おおかた見当はついてるんだね」
この状況、多分莉音からしてみれば想定外なんだろうね。
でも、その正体は把握してる。
だから対策はできる。
…音か。
爆竹はあるけど、すぐに火をつけられないし、不意打ちが効果的なら不用意に使えない。
…ここはリカさんに任せてみよう。
「リカさん。盗賊の察知能力で爆竹を使って相手をひるませる事って出来る?」
「また難しい注文だね。もちろん出来る。ただ、せめて3つは無いとヤツを撒く事は出来ないよ?」
「大丈夫。音が苦手なモンスターや、囮として爆竹は多めに買ってある」
「なら安心。なんだったら私のもあるし、そっちから使っていこう」
方針は決まった。
リカさんのカバンから爆竹を3つ取り出し、同時にライターも取り出す。
あとはリカさんのタイミングで爆竹を起爆するだけ。
まだ相手がどんな動きをしているのか把握できない私達は、ただリカさんを待つしか無い。
緊張した空気が流れ、思わず溢れてきたつばを飲み込む。
すると、そのすぐ後にリカさんが爆竹に火を付けた。
それを足元の草の茂みに落とすと、後ろを指さす。
『逃げろ』って事だ。
すぐに後ろを向くと、私達は一斉に走り出す。
私達の足音に混ざり、後ろからドタドタと言う人間ではない足音が聞こえてきた。
好奇心から振り返ると……そこに居たのはヒグマくらいのサイズがあるウサギ。
可愛らしさなんて欠片もないウサギが居た。
そんなウサギが私達のさっきいた場所に踏み切った直後――――
バチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチ
爆竹の火薬に火が付き、大きな音を立ててウサギを驚かせる。
リカさんはすぐに2つ目の爆竹に火を付け、それをウサギに向かって投げつける。
しばらく走って爆竹の音が聞こえづらくなった頃、リカさんは3つ目の爆竹に火を付け、私達の進行方向とは別方向に投げると、立ち止まってゆっくり歩き出した。
すぐに意味を理解した私は極力足音を立てないようにしながら歩き、なんとかエリア9の出口を見つけるまであのウサギには出くわさずに済んだ。
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