第28話 淫魔と規格外

「小春先輩。ちょっといいっすか?」

「うん?どうしたの?」


祝日デートの途中、何かに気付いた詩音が私の服を引っ張る。

そして、建物の陰に隠れてこちらの様子を窺っている女性を指さした。


「あんまり見ちゃだめだよ。どうせ勧誘とかだから」


莉音が詩音の手を引っ張って、すぐ先に進もうとする。

でも、私はあの女性を見つめたまま動かない。

見かねた莉音が溜息を付きながら戻ってくる。


「小春。アレと関わるとろくなことに――」

「あれ、ホントに人間?」

「…どういうこと?」


見た目はただの女性だ。

でも、私の勘が違和感を訴えてきてる。

私の前に出てきたリカさんがその女性をじっと見つめると、ストレージの中にあるナイフを取り出した。


「小春ちゃん。よく見破ったね」

「いや、見破ったのは詩音だよ。よくわかったね?」

「単に怪しかったのでもしかしたらと思っただけっす」


アレは人間じゃない、モンスターだ。

私もガントレットを装備し、臨戦態勢をとる。


それに気づいた一般人が何事かと野次馬に集まってくる。

そのせいで、あいつが逃げ出してしまう。


「どうする?追いかける?」

「…いや、やめとこう。レベル3ダンジョンすら攻略できてない私達が、アレの相手なんてできないよ。自衛のために武器を構えただけだし」


みんな武器をストレージに戻す。

私達が武器を片付けたことで集まってきた野次馬も散り散りになり、さっきと何も変わらない風景に戻る。

そして、私達もすぐにここを離れた。


街中で突然武器を出したとなると、普通に警察のお世話になるからね。

祝日に武器を出して警察のお世話になったなんて、お母さんが聞いたら泡を吹いて倒れそう。

だから、警察のお世話にならないように頑張って逃げてるところ。


「…さっきのモンスターって、あいつですよね?」

「そうだね。やっぱりこういうところに潜んでるよね。『サキュバス』」


『サキュバス』

日本の男女比を狂わせた元凶であり、今なお目の上のたん瘤として忌み嫌われているモンスター。

弱い奴から一部の最上位の冒険者しか対処できないような強い奴もいる厄介者。

なんだったら、群れる性質があるから、1匹いたら100匹いる。

しかもそれが平気な顔して人間社会に溶け込んで、保護地区で守られている男性を狙っているんだから恐ろしい。


「私達じゃ勝てるか分からいからね。逃げるが勝ちだよ」

「追い払うだけして倒さないのって大丈夫なの?」

「下手に刺激して暴れられるよりはマシだよ。仮に警察に捕まっても、『襲われるかもしれないから自衛のためにやった』って言えば許されるし」


世の中のために、見つけたら倒すべきだけど…今の私達じゃ勝てないと思う。

だからあっちが逃げるならこっちも逃げる。


それで文句言われても、自分たちの身を守るためにやった事だから仕方ないよね。

そんな感じで押し通す。


…だいぶ身勝手だね。


「さてと、じゃあデートを再開しよう!」

「はいはい。ちょっと離れたところのお店で……いや、一旦ここを離れようか」


こちらの事を見つめる怪しい影が一つ…

さっきのサキュバスだ。


バレちゃったから、私達の事を敵と認識したかな?

ここはダンジョンの中じゃないから攻撃を受けて死んだら生き返れないんだけど…騒ぎが起これば他の冒険者が来てくれるかもしれないし、あんまり人が居なくてかつ誰かが助けを呼んでくれそうな場所に移動しようか。


「どこまで逃げるっすか?」

「できればあんまり人が居なくて開けてて人を呼びやすい場所」

「そんな場所ある?」

「どうだろうね。リカさんは心当たりある?」

「そんな都合のいい場所知らないよ……っ!?構えて!!」


私達の中で一番気配察知に優れるリカさんが吠えた。

つまりすぐそこまでサキュバスが来てるって事だ。

急いでガントレットを装備し、構える。

背後から殺気を感じ振り返ると、そこには牙をむき出しにして鬼の形相で迫ってくるサキュバスが居た。

しかもこの距離…躱せない!

私狙いのサキュバスは私達が思っていた以上に素早く、私の速度では避けられない。

回避はあきらめて守りを固めて――


腕を前に出し、ダメージを最低限に抑えようと覚悟を決めたその時――


「今日は祝日だぞ。しゃしゃり出てくんな」


そんな声が聞こえたかと思えば、衝撃波が発生するほどの速度で何かが私の隣を通り過ぎ、サキュバスが真っ二つになる。

私以外のみんなはそれに唖然として固まり、周囲の一般人はざわついている。

サキュバスを真っ二つにした人を見ているのは私だけ……こんなに目立つのに?


「でっか…」


軽く2メートルを超える高身長。

服で隠していてもわかる、とても女性とは思えない筋肉。

そんな、まるで壁のような女性が剣を持って立っていた。

顔はフードで隠されえているので分からないけど…結構いかつい顔をしてるに違いない。


「悪いね少女たちよ。後始末を任せるぞ」


そう言って、また女性は風と共に姿を消した。

純粋に走っただけであの速度…規格外が過ぎる。

というか、後始末ってなに?


「あの声…いや、まさかね」

「どうしたの?莉音?」

「いや、何でもないよ。気にしないで」


莉音が何かつぶやいてたけど、何でもないって言ってるからほっといてもいいか。

それより、後始末。


「ねえ。後始末って何かわかる?」

「…状況から察するにサキュバスの死体の処理と事情聴取かな?ほら来た」


そう言って莉音が指さす方向を見ると、警察が走ってきているのが見えた。

…えっ!?事情聴取!?


「君達。少しお話を聞かせてもらえるかな?」


真剣な表情で聞いてくる警察。

どうやら今日も問題からは逃れらないらしい。







「――なるほどなるほど。では事情聴取は以上です。そのサキュバスの死骸についてですが…まあ、討伐主が所有権を放棄しているので、お好きなように」

「いや、要らないんですけど…」


なっがい事情聴取がやっと終わり、解放されることになった。

そしてサキュバスの死骸についてだけど…別にいらない。

このまま燃えるゴミに出したいくらいだ。


「でしたらお名前と電話番号を預けていただければ後日魔石だけ受け取れる形で手続きいたしますが…」

「ああ、じゃあそれ――「いえ、魔石もいりません」――莉音?」


後で魔石を受け取れると聞いて後始末を警察に任せようとしたら、莉音が邪魔をしてきた。

サキュバスの魔石って、今私達が手に入れられる魔石よりも高価だと思うんだけど?

それすらいらないって…なんで?


不思議に思ってリカさんを見ると、すごく嫌そうな顔で首を縦に振ってた。

魔石が手に入らないのが嫌というより、紺手続きの方に嫌悪感を感じてるって感じ。


「かしこまりました。ではこちらで処分いたします。ご苦労様です」


結局サキュバスの死体は魔石含め警察に掃除してもらうことになった。

少し離れたところで、、私は莉音に話しかける。


「どうして魔石含めて後始末全部警察に任せたの?」

「そうしないと手続きがゲロめんどくさいからだよ」


口わる…

そんなにめんどくさいのか、その手続き。

でも、処理を任せるなら似たようなものなんじゃないの?


「こっちに出てきたモンスターを倒したときのその後の対応は主に4つ。まずは自分で解体する。でも、これは技術がないから無理。次は業者に頼む。これはお金がないし、サキュバス程度に使うならマイナスだから除外。次に警察に任せて魔石だけもらう。手順が多くて話したくもないけど、やらなきゃいけない手続きが多いから嫌。最後に、処理をすべて警察に任せる。この方法が一番楽」

「それ大丈夫なの?」

「警察の方から燃えるゴミに出されるだから大丈夫。燃え残った魔石はごみ処理場の者になるけどね」


なるほど…片付ける手間は省けるし、特殊な技術やお金もいらない。

確かにサキュバス程度ならそれでいいかも。

じゃあ、あのまま放置でいいんだね。


…それはいいとして、彼女は何者だったんだろう?

私達よりもはるかに強いことは明白だけど…果たして何者なのか?

莉音も知らなさげだし…多分リカさんや詩音も分からないよね。


次あった時はちゃんとお礼を言わないと。

ついでに文句も言うか。

めんどくさい事情聴取でせっかくのデートが潰れたし。

3人とも不満が溜まってるっぽいし、何か別の方法で発散させないと…


「…今日うちの家族が夜遅くまで遊びにってるっす」

「えっと…それはつまりそう言うことでいい?」

「どうせ小春先輩の事っすから、エッチなことはしてもらえないっすけど…人前で葉できないような事は出来るっすよ?」


詩音が助け舟を出してくれた。

その恩に乗って、詩音の家でイチャイチャするとしよう。

2人はともかくリカさんはどうなるかな?

これに関してはちょっと楽しみ。


そんな期待を胸に、私達は速足で詩音の家に向かった。

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