第27話 祝日
ダンジョンが出現して以降の日本はそれまでとはいい意味でも悪い意味でも変わった。
…悪い意味で変わった事の一つに、祝日が極端に少なくなったというものがある。
祝日は一年に3日しかなく、元旦と建国記念日と天皇誕生日の三日だけ。
昔は10日以上あったみたいだけど…なぜこんなに減らしたのか?
私は政治の詳しい話は知らないから何故かは分からないし、興味もない。
大切なのは、今日がその数少ない祝日の一つって事。
だから何をするかというと…
「どの店もやっぱり特別価格だね~」
「年に3回しかないお祭りみたいな日だからね。…で?まあ私は振り回されるの?」
「当たり前っす!デートなんて何回しても困らないっすから!」
「そうだよ小春ちゃん。恋人と仲を深めるのは大切なことだよ!」
二日連続…いや、土曜日に莉音とデートしたことを考えると三日連続だね。
年に3回しかない祝日で稼ぐためにどの店も定価より安くしてるから、各々行きたいところに回る買い物デートをする。
でも、私は別に買いたいものなんてない。
つまり、私は1日あっちへこっちへ振り回されるんだ。
…しかも、今回からリカさんが増えた。
どっちかから話を聞いていたのか、準備は万端って感じだし…
「はあ…今日は何も起こらないといいんだけど…」
「やだなぁ〜。いつも何か起こってるみたいじゃん」
「主に莉音と詩音が人前で喧嘩するせいでね?」
「「うっ!」」
この2人は大体喧嘩してる。
行きたいイベントの予定が重なって、どっちに行くかで揉めるんだ。
そのせいで周りから白い目で見られたり、警備員さんや、酷い時は警察のお世話になった事もある。
だから今年こそ!
今年こそは何の問題もなく祝日を楽しむんだ。
「じゃあまずはこのお店でパフェを食べよう!」
「いやいや。こっちの喫茶店でアイスラテを飲むべきっす!」
「はあ?」
「んん?」
…ほら始まった。
私もう次の台詞が読めるもん。
絶対限定何食とか言い出すよ?
「詩音。このパフェは1日30食しかない限定品なの。諦めて。それか後回し」
「ふ〜ん…?私のアイスラテは祝日限定20食っすけど。確か莉音先輩のは祝日限定ではなかったような気が…?」
「何よ。先輩に対してその態度はどう言うつもり?」
「今時年齢マウントとか恥ずかしいっすよ?しかも1歳しか変わらないし」
はぁ…お決まりの喧嘩だね。
いつもならここで私が別のお店を提案してそこに行くんだけど、今回は―――
「まあまあ。2人とも落ち着いて。ここは代替案として私の調べてきたお店に行こうよ」
「へぇ〜?どんなお店?」
2人には有無を言わせず私がリカさんに質問する。
やっぱり、こう言う時に年が上の大人が居ると頼りになるなぁ〜。
「カップルカフェ」
「……うん?」
カフェ……カップル?
待って?この辺りで有名なカップルカフェって確か……
「それってここじゃないっすよね?」
「そこだよ」
「…リカ?まさかと思うけど、まだ小春に認められてない片想いの分際でさ?まさかとは思うけどねぇ?」
やばい…1番の地雷だったかも。
リカさんの選んだお店は、カップル限定のお店で、カップル出ないと入店できないし、一度に入れるのは2人まで。
つまり、私達みたいなハーレムカップルは行けない場所だ。
…何が言いたいかと言うと、リカさんは私を独占しようとしてるわけだ。
「とりあえず、最初に何処に行くかは私が決める。3人はついてきて」
「そうだね。それが1番揉めない」
「やっぱりこうなるっすね〜」
「せっかくのアピールチャンスが…」
リカさんに任せたら不味い事は分かった。
だから、今からでも私が決めよう。
スマホで今からでも行けそうなお店を探していると……
「ねえ小春ちゃん。あれ食べない?」
「あの綿あめ?」
「そうそう。カラフルでおっきな綿あめ!」
リカさんがキッチンカーの綿あめを指さした。
1つ1000円もする、私達が絶対買わないもの。
「リカ…アレにお金を使うならもっと他のことに使おうよ…」
「むっ…そんな事言うならリオンにはあげないから」
「いや、別に欲しいなんて一言も言ってないんだけど…」
私も莉音の言う事には賛成だけど…私が反対するとリカさんが悲しむから何も言わない。
列に並んでいる間にお店を探しておいてと言われ、しばらくするとリカさんが綿あめを持ってニコニコしながら歩いてくる。
「小春ちゃん。一緒に食べよう!」
「う、うん…」
なんというか…距離の詰め方が凄いね。
アピールが露骨過ぎると言うか…私のために全力過ぎるって言うか…
「莉音先輩…ナイフとか持ってるっすか?」
「そこまではしなくて良いよ。でもまぁ…折檻が必要かな?」
後ろからドス黒い殺気を感じる。
そんなに本気で怒らなくても…
とりあえず2人の機嫌は後で私がなんとかしよう。
今は、子供のような無邪気で期待に満ち溢れた笑顔で、綿あめを千切って渡してくるリカさんの相手だ。
「はい!あ〜ん」
「あ〜、ん!?」
「ふふふ…私の指まで食べちゃって」
…口を閉じる直前に手を伸ばして、私の口の中に指を入れてきた。
そこまでして私と距離を詰めたいのか…年上の威厳というものは無いのかい?リカさん。
…もれなく後ろの2人が般若のような形相だし。
しかも、私を置いて何処かに行っちゃった。
これは…何か買いに行ったね?
「2人っきりだね?」
「…あんまり2人に対抗意識を湧かせないようにしてね?でないと…私が大変なことになる」
「え?小春ちゃんが?」
2人に詰められる事を想定していたらしいリカさんは、キョトンとした顔をする。
そこへ、2人が帰ってきた。
「小春。一緒にソフトクリーム食べよう」
「先輩。甘いものばっかりだと口が甘ったるくなるっすよね。フランクフルト買ってきたっす!」
莉音はソフトクリームを持ってきて、詩音はフランクフルトを用意してくれた。
リカさんを押し退けると、まずは莉音が動く。
「はい、あ〜ん」
「…スプーンは?」
「捨ててきた」
「いや…だからって指で食べさせる?普通」
ソフトクリームの頂点を人差し指で掬った莉音は、そのまま私の口に指を近付けてくる。
…このままゴタゴタ言ってても埒が明かないから、食べるけどさ?
「あ〜ん」
「あ〜、ん…」
ソフトクリームの乗った指を口に入れ、指にクリームが残らないようにしっかり舐め取ってあげる。
…莉音が恍惚とした表情で震えてたのを、私は見逃してないよ。
「ありがとう、莉音」
「じゃあ今度は私の番っすね!」
食いつくように前に出てきた詩音は、フランクフルトを私に差し出さず、自分で噛じる。
そして、一口サイズになったフランクフルトを咥えたまま口を突き出してくる。
「へぇ?中々やるじゃん」
「いや、感心しないで?莉音」
詩音が何を望んでいるかはよくわかる。
仕方なく、仕方なくね?
詩音を満足させるために、私はそのまま口を近付けて僅かにはみ出ているフランクフルトを咥えた。
すると、詩音はフランクフルトを私の口の中に押し込むのと同時にキスをしてくる。
唇はすぐに離れたけれど、詩音はそれで十分らしい。
笑顔で私から離れると、莉音と目を合わせてリカさんに順番を譲る。
自分の順番が回ってきた事を察したリカさんは、綿あめそのものを差し出してくる。
「綿あめ、私も食べたいなぁ〜」
「なるほどね…はい、あ〜ん」
「あ〜ん!」
私は一口サイズに綿あめを千切ると、リカさんの方へ手を伸ばす。
リカさんは器用に私の指に触れないように綿あめを咥え、そのまま食べてしまった。
「てっきり私の指を舐めまわすのかと思ったけど…」
「流石に一方的な片思いでそんなことしたら嫌われるかなって…あと、それをするとそろそろ2人が怖い」
「大丈夫。リカをボッコボコにするのは確定だから」
「私も御堂さんを泣かせる計画を立ててるっす!」
「うん、手遅れ」
既に涙目のリカさん。
不覚にもそれを見て、私はときめいてしまった。
一目惚れだけはダメ。
莉音と詩音に言われてきた事。
でも、これは一目惚れじゃないし、リカさんの良さに気付いただけだから問題ない。
そもそもの話、リカさんとは初めはただのお試しパーティーメンバー。
…いや、私がリカさんの境遇に同情して、お情けで入れてあげただけ。
後になって彼女の良さに気付いて、そしてお互い想い合うようになった。
それだけ。
だから……いや、まだ駄目だね
(もう少し知り合ってから…これ以上先に進むのはそれからだね)
私がリカさんを意識し始めた。
その事実だけで、この祝日の――だった数十分のやり取りには意味があった。
このときめきは…詩音と想い合うようになって以来。
でも、まだ芽生えたばかりの若い芽。
立派な木になるのか、半ばで枯れてしまうのか。
どちらにせよ、大切に育んでいこう。
「あんまりリカさんをいじめないでよ?後輩いびりは良くないからね」
「後輩なんてそんなものだよ。ね?詩音」
「そうっすね!私がされた事、御堂さんにもするっす!」
「詩音の場合は普通に反撃してきたけどね?私それで結構傷付いた事あるからね?」
「莉音先輩って妙に繊細っすよね…」
2人のじゃれ合いを見ていると、心がほっこりする。
そして、それを羨ましそうに見るリカさんもいずれ……
「さてさて。とりあえず食べながら歩くよ。良いお店を見つけた」
「どこどこ?」
「あっ!これって最近流行ってるお店じゃん!小春ちゃん良いところ選ぶね〜」
「流石小春先輩っすね〜!」
距離感の近い恋人達を連れて目的のお店に向かう。
多分並ぶことになるだろうけど…みんなが買ってきた食べ物があるから大丈夫。
…心配なのはみんなが注文の時に揉めないか気になることかな?
カップル用の注文があるから、それを奪い合って揉めないか心配。
3つ頼めるならそうしたいけどね。
あと、この次に行く場所でも揉めそう。
私の苦労はまだまだこれからだし、頑張りますか…
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