第25話 花の園

「……ここは?」


目が覚めると、私は朽ちた遺跡のような場所にいた。

見渡すとそこは花畑のように場所になっていて、沢山の蝶が舞っている。


ここはあの世なのか?

そんな考えが頭をよぎり、起き上がる。

すると、一匹の蝶が私の周りをクルクルと飛び、そして出口の方へ飛んでいく。

それについて行くと、すごく見慣れた景色があった。


「ダンジョンのロビー…?」


いつも週末になると訪れる場所、ダンジョン。

その入り口――私達がロビーと呼んでいる場所にたどり着いた。


「あちゃー…駄目だったか」

「灰の魔人から逃げられるとは思えないし、当然の結果かな?」

「莉音、リカさん…」


そこには莉音とリカさんが待っていて、私が帰ってきたのを見て喜んでいる。

…一応私死んだんだよ?莉音もリカさんも。


「コレで私達は一回目の死を経験したわけだ。その上でさ、まだ冒険者を続けたい?小春」

「もちろんだよ。安全だってわかってるんだから」


ステータスを持つ者は皆、命のストックを持っている。

これは始めは2つあり、ダンジョン内で死亡することで消費される。

私達のストックはあと1つ。

これを失うと、次ダンジョンに潜って死んだ時は本当に死ぬ。

つまり、二回までは何かあって死んでも大丈夫。

そういう保険が冒険者にはあるから、冒険者を志す人が多い。


…そして、そういう人たちの心を折り、冒険者に向かない人間をはじくのがさっき私を殺した灰の魔人の役割だ。


「でも、ストックはあと1つだし、慎重にやらないとね?」

「そうだね。ストックを増やすアイテムが手に入るのはまだまだ先だし、慎重にダンジョン攻略に挑もう!」

「………」

「リカ?どうしたの?」

「い、いや!何でもないよ!」


何かあるのかな?

この反応は絶対何かある反応だからね。

話を聞いた方がいいのか、そっとしておくべきなのか…


「リカ。何かあるなら言ってよ?私達は仲間なんだから」

「うん…でも、その……いや、言うよ。ちょっとついて来て」


リカさんの案内で人の少ない場所へ移動する。

ロビーのこういう場所はよくない人がたむろしてることもあるから行かない方がいいって聞くけど…今は誰もいないしいいか。


周囲に誰もいないことを確認すると、リカさんは深呼吸をしてから話し始める。


「その…私実はストックがもうないんだよね」

「「えっ!?」」


ストックがない。

それはつまり…リカさんは私達と出会う前に一回死んでるって事だよね?

なんで、そんな大事なことを…


「…それを黙ってたのは、自分のため?」


莉音が厳しい口調で問い詰める。

こればっかりは私も擁護できない。

だって、ストックを黙ってるって事は、自分でもストックについて話せば不利になると思てるから。

私達の事を騙してたって事。


「…私は、なんとしてでも冒険者として成功したかった。その為なら嘘だって――」


リカさんの弁明を最後まで聞くことなく莉音はリカさんの頬を引っ叩く。

それに飽き足らず、さらに殴りかかろうとしたことで私もまずいと思って止めに入る。

私の事を睨んでくる莉音を半分力任せに後ろへ送ると、私がリカさんと正面から相対する。


「莉音がどう思ってるとか、リカさんが何を考えてるとか、私にはどうでもいい。私が知りたいことは一つ。リカさんは、冒険者を続けたいのかやめるのか。どっちなの?」


私の言葉に、リカさんは顔をそらす。

…その結論が出ないから、きっとストックが少ない事を黙ってたんだろうね。

万が一、こういう事が起こった時に答えを出せない。

それならそうならないことを願って黙っておく。


…でもそれは、バレた時に信頼関係に傷がついてしまう。


「…続けたい。夢を諦めたくない。でも――!!」


言葉は…続かなかった。

それでも私には何が言いたいのか伝わった。


―――死にたくない。


「莉音」

「なに?」

「『命の器』だっけ?あれば何処で手に入るの?」

「…レベル6ダンジョン。或いは、超極低確率で宝箱から出ることを祈るしかない。それか、どんなに安くても数千万、高ければ100億を超える値段を払って買うか」


…リカさんのストックを増やすのは現実的じゃない。


ストックを増やすアイテムである『命の器』は、レベル6ダンジョンに行くか低確率を信じるか。

もしくは大金を払って買うか。

どれも現実的じゃない方法でしか手に入らない。

その事実が、私達の――いや、リカさんの肩にのしかかっている。


「…もう私は、2人とダンジョン攻略を出来ないかもしれない。でも、夢は諦めたくない」

「結局どっちなの?リカ、はっきりして」

「それは……」


どっちつかずなリカさんに、莉音がイライラしている。

こんな時に追い詰めるのは可哀想ではあるけれど、それを決めるのはリカさん。

決断から逃げたら駄目だということを、莉音は言いたいのかもね。


…だったら、私が嫌われ役になろう。


「莉音、ちょっと下がってて」

「……小春?」

「いいから」


莉音は私がしようとしている事をすぐに察して心配をしてくれる。

こういう時、やっぱり莉音は私のパートナーだなぁと感じる。

その点、詩音はまだ甘いところがあるから、これから関係を深めていこう。


「リカさん。私はあなたに冒険者を続けてほしい」

「でも…」

「…正直に言うと、私にとってあなたの事情とか葛藤とかどうでもいい。今一番私が気にしてるのは、私達2人がこの先やっていけないかもしれないと言う心配だけ」

「………」


私の言葉にリカさんは絶望的な顔をする。

そして、縋るような表情で私に一歩近付いてきた。


「そ、そんな事言わないでよ。だってそれは、私に死ねって言ってるのとほぼ同じだよ?」

「そうだね」

「いや、そうだねって……」


体を小刻みに震わせて怯えた顔を私に向けてくる。

まるで同情を誘っているような態度だけど、私の気持ちは揺るがない。


「リカさん。あなたに出来ることは、夢を諦めるか、夢を追って死ぬか。その2択だよ」

「…私を、生かしてはくれないの?」


俯いてしまうリカさん。

でも私は同情もしないし、慈悲もない。


「リカさんは夢を諦めたくないって言った。でもそれは私達も同じだよ。私達も夢を叶えたい。だから、その夢のためにリカさんには犠牲になってもらう」

「…わかった」  


顔を上げ、私を見つめる。

その目は助けを求めているようにも見えた。


…嫌われ役になると決めたとは言え、こんな顔をされたら流石に心が苦しくて仕方がない。


「それに、冒険者を続けたら死ぬと決まった訳じゃないし、きっとリカさんの夢だって叶えられる。私は、リカさんを利用するつもりだけど、見捨てるつもりは無いよ」

「小春ちゃん…」

「だから…まだ一緒に冒険者を続けてほしい。リカさん、私と一緒に夢を叶えませんか?」

「―――ッ!!!」


優しく微笑みながら手を差し伸べる。

非情になるって難しいね。

誰かの為に厳しく、そして嫌われ役になれる人はすごい。

そう、改めて実感するよ。


そんな事を考えていると、顔を真っ赤にしたリカさんが恐る恐る私の手を握ってくれた。

身長差を活かして後頭部に手を伸ばし、私の方へ引き寄せて抱きしめる。

莉音はこうしてあげると落ち着いて、リラックスするからきっとリカさんもそうだろう。

適度なスキンシップは精神衛生に良いんだよ。


「あの…小春ちゃん…」

「なに?リカさん」

「その…えっと…」


まだしどろもどろで、目が泳いでる。

これじゃ落ち着けないのかな?

なら…


私は後頭部に回していた左手を背中あたりまで下げ、繋いだ手を話して頭に乗せ優しく撫でる。


「大丈夫ですよ。リカさんに決断してもらうためにキツく言いましたけど、私は元よりリカさんを死なせたいとか、使い潰したいなんて微塵も思ってませんから」

「あ…あっ…」

「大丈夫。安心して下さい」


莉音が泣いた時はいつもこうやって慰めるし、詩音の情緒が不安定な時はこうやって支えてあげる。

こういう時の対応は慣れてると自負している。


リカさんだって落ち着いて――


「ごめん!また明日!!!」

「えっ!?リカさん!?」


突然突き飛ばされるように両手で押され、そのまま私の腕を抜け出して逃げるように去っていったリカさん。

顔を隠して逃げられてしまい、訳がわからず呆然としていると莉音に頬を抓まれた。


「浮気者」

「いや、そんなつもりじゃ…」

「いやいや、アレはどう見ても落としに行ってるでしょ」


…そうかな?

リカさんは私に興味はないし、あの程度では何とも思ってないはず。

ただ恥ずかしくて逃げただけだと思うけどなぁ…


「この件は詩音にも共有するから」

「余計なことしないで」

「余計?これは私達の今後にも関わる大事な話。詩音に何も言わないわけにはいかない」


それでリカさんが嫌われたらどうするつもりなんだろう?

リカさんは詩音が18歳になった後もこのパーティーに居そうな気がするし、あんまり不仲にはなってほしくない。

…でも、莉音の言いたいこともわかる。


もし莉音の言う通りなら、詩音に共有しないわけにはいかない。

人生設計の見直しとか、いろいろとやらなきゃいけない事がある。


「リカさんが私に、か…」

「…満更でもないって?はぁ〜!ハーレムの王が言う事は違うね!」

「嫉妬してるの?そんなに心が狭いようじゃ、今の地位をリカさんに取られるよ」

「むっ…」

「正妻の余裕を持たないと。私ならドンと構えて涼しい顔すると思うけどね」


莉音は単純だからすぐに私の言葉に懐柔されちゃう。

嫉妬をなんとか抑えて余裕を取り繕おうとする姿はとっても愛らしい。


…後で詩音の相手もしてあげないとね。

冒険者になってから土日はずっと莉音と一緒にいるから、そろそろ不満が爆発するかもしれない。

明日は一旦休んで、詩音とデートするのもありかも。


「さて、私達も帰ろうか?まだ時間はあるし、デートも兼ねていつもとは違うルートで帰ってみる?」

「良いねそれ!」


色々と考えることが増えた。

主にリカさんの関係で。

でも、宣言通りリカさんを見捨てるつもりはないし、これからも今まで通り付き合っていくつもり。

…もしリカさんが本当に私に惚れているのなら、その時は別だけど。



リカさんとのこれからについて考えながら、莉音とデートする。

お金が無いので食べ歩きは出来ないけど、大好きな人――莉音と街を歩くだけで楽しい。

ダンジョンで死んだ事を忘れるほど楽しんだ。

…そして、詩音に連絡することを忘れ莉音経由で情報を入手した詩音の相手に手を焼くことになった。

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