第24話 洗礼
レベル3ダンジョン『グリーンマウンテン』のエリア2。
山の中を歩いているだけあって常に足場が不安定で、上がったり下がったりの繰り返しだ。
そんな中でモンスターと戦わないといけないと考えると…ちょっと心配だね。
悪路での戦闘に、僅かながら不安を感じていると、その不安に応えるようにモンスターが現れた。
「…音がしなかった」
「まあ仕方ないよ。そう言うモンスターだからね」
現れたモンスターは、翼を広げれば3メートルはありそうな大きなフクロウ。
巨大の割に、音もなく現れて私達を見定めながら旋回して飛んでいる。
私達のことを餌だと思っているんだろうね。
「『風切りフクロウ』。レベル3ダンジョン、『グリーンマウンテン』に出現するモンスターの1種で、鋭い爪と嘴が脅威。そして、最も恐ろしいのは―――」
「避けて!!!」
莉音の説明に割り込むように叫ぶリカさん。
その声にすぐさま横に飛んで回避行動を取ると、私達が居た場所に風の刃が飛んできた。
風の刃は地面を切り裂き、深さ5センチくらいの溝を作る。
鋭利さは本物だね…
「翼に風の刃を発生させる魔法が込められてる。つまり、あいつが羽ばたく度にあの風の刃が飛んでくるの」
「まじ?」
「まあ、回数制限とクールタイムはあるし、無限に飛んでくるわけではないけどね。でもいつ飛んてくるか分からないってのが怖い所。特にリカ!頑張って避けてね!」
「分かってるよリオン。自分の打たれ弱さはよく知ってる」
あの風の刃は、アイツが羽ばたく度に飛んでくる可能性があるらしい。
しかもあたったらかなり痛そう。
風耐性があったとしても全てのダメージをカットできる訳じゃないし、莉音の言う通り警戒するべきだね。
「ピーーーッ!!」
「モンスターのくせに鳴き声可愛いっ!?」
まるで小鳥のような鳴き声の風切りフクロウ。
しかし実態は巨大な翼を羽ばたかせて容易く人体に大きな切り傷を負わせる化け物だ。
ちょっと油断した隙に風の刃を放たれかなり焦ったけど、なんとか回避。
その瞬間を狙ってリカさんが攻撃を仕掛ける。
「こっちを狙わないでよ!」
「う〜ん…格好がつかないね」
打たれ弱さを知っているリカさんは、とにかく攻撃を食らいたくないのかかなり警戒心が強い。
と言うか、狙わないでと口に出しながら飛びかかるくらいだし、警戒心が強いどころか臆病にまで見える。
…それが災いしてか、リカさんの攻撃はひらりと躱され、風切りフクロウは私達の攻撃が届かない位置まで逃げてしまった。
「面倒な…」
「いや『面倒な』じゃなくて、リカがあの場でチキって無かったら勝ててたよ?」
「う、うるさい!そんなに言うならリオンが攻撃すればよかったじゃん!」
「私ヒーラー」
「なんちゃってヒーラーのくせに…」
風切りフクロウを取り逃がした事で2人がちょっと揉めてる。
でも本気で言ってる訳じゃなさそうだし、無視でいいか…
そんな事より、もっと気にしないといけない事がある。
「警戒されて私達の攻撃が届かない高さまで逃げられてるよ?どうするの?」
「石でも投げようか。当たったら逃げるか落ちてくるだろうし」
とりあえず石を投げて攻撃することにした。
今の私達の筋力ならプロ野球選手並みの速度とパワーで石を投げられる。
当てられれば撃ち落とせるか、それが出来なくてもあいつを追い払うことくらいはできるだろう。
それで何とか対抗しようと3人でとにかく石を投げ続ける。
すると、私の投擲が当たり、風切りフクロウはさらに高度を上げた。
「距離は取ったけど、逃げはしてないね。まだ私達の事を餌だと思ってるのかな?」
「面倒くさいなぁ」
「リカがチキらなかったらそんな事には――」
「もう!本気で怒るよ!?」
「ひゃ~。怖い怖い」
ま~た揉めている。
この2人は本当に仲がいいなぁ。
…嫉妬しちゃうね。
「二人ともそれくらいにしたら?」
「はいはい。かまってあげられなくてごめんね~?」
「そういうわけじゃ……っ!?」
私達が話しているのを見て、好機とばかりに攻撃してくる風切りフクロウ。
風の刃がすれすれを通り抜け、背筋に冷たい汗が這う。
「全く油断も隙も無い。あの位置まで逃げられたら石も当てにくいし…」
「こっちで逃げる?正直逃げられると思えないけど…」
「相手はモンスターとはいえ猛禽類。逃げられないよね」
猛禽類は目がいいってよく言うよね。
あいつもそうだろうし、逃げられるとは思えない。
戦うしかないんだけど…あの安全圏でチクチク攻撃空て来るだけのゴミ鳥。
負けはしないけど勝てる気もしないよね。
「戦ってもばからしいし、攻撃は避けられるから逃げようか。やってられないよ」
私の話に二人とも首を縦に振って走り出す。
一応私がリーダー的な立ち位置に居るし、私がこうしたいって言えば二人とも言うことを聞いてくれる。
…まあ、リーダーと言うにはあまりにも何も知らなすぎる。
だから二人の知識は欠かせないし、最終的な判断を下すのが私ってだけでダンジョン攻略の方針を決めるのは莉音だ。
ちょっとくらいは勉強した方がいいのかな?
でもそれをすると、莉音が私に知識を披露してホクホクすることが出来なくなる。
莉音には笑顔でいてほしいから、あんまり勉強はしたくないんだよね……っと。
「追ってこない?」
「逃げきれたのか、逃がされたのか…」
「まあ何でもいいよ。あの鳥から離れられるならね」
風切りフクロウが追ってきていない。
その理由は分からないけど…まあ、なぜか逃げ切れた。
このまままた風切りフクロウに見つからにあように移動しよう。
私が先頭に立って先へ進む。
すると、小さな崖くらいの段差が現れた。
「どうする?進む?」
「いや…この崖を?」
「滑り降りたらいけるよ。ほら」
先陣を切って崖を滑り降りる。
靴底がすり減って無くなりそうだけど…まあ靴なんて消耗品だし、こんなところで怯えて前に進めないようなら冒険者として金持ちになるなんて無理。
あっという間に崖の下に降りると、私は変なものを見つけた。
「莉音ー!ちょっと来てくれない?」
「ちょっと待って!今ロープを繋いでるから!」
こういう時に使うロープを木に括り付けるとかして降りる準備をしてるんだろう。
よく考えてみたら、降りるときは私のやり方でいいけど、登るときが大変だ。
ロープがあれば登りもだいぶ楽になるし、やっぱりこういう知識は莉音がいないとダメだね。
自分の考えのなさと、莉音の存在の大きさを改めて感じていると、莉音が崖を滑っておりてきた。
「ほら、来てあげたよ。何かあった?」
「うん。あれ何?」
私の指さす方向にあるもの。
それはまだ火の見える灰と炭の塊。
形はただ灰が積もっただけのように見えるけど、まだ火がついてるからただの灰じゃない。
もしかしたらお宝かもしれないと莉音を呼んだ。
さてさて、これは何かな?
「灰の塊…もしかして燃料に使える?」
「………」
「莉音?何か言ってよ?」
何故か莉音に無視される。
…いや、莉音が呆気に取られてるって言った方がいいかな?
もしかしてこの灰の塊ってそんなに良い物なのかな?
滅多に見つけられないレアアイテムとか。
そんな事を考えていると、何故か後ずさる莉音。
その時、崖の上からリカさんの声が響いた。
「早く登って!!」
その言葉に我に返った莉音は何も言わず私の腕を掴むと、全速力で走り出した。
訳が分からず今度は私が呆気にとられる。
しかし、ロープの前まで来て莉音に頬を引っ叩かれ、正気に戻った。
「早く登って!!早くッ!!!」
「う、うん…」
見たことないくらい真剣で本気な表情の莉音。
まさに鬼気迫る顔というべき表情に、流石の私も理解できた。
アレは、ヤバいものなんだって。
急いでロープを登ると、リカさんがロープを引っ張って莉音を引き上げる。
そして、莉音が上がってきたらすぐに走り出した。
「あれ何!?」
「後で説明するから走って!!」
莉音にあれが何なのか聞こうとすると、物凄く怒られた。
仕方なく何も聞かず走っていると、後ろが赤く光っている事に気が付いた。
好奇心から振り返ると、真っ黒な煙がもくもくと立ち上っていて、山の木々が燃えている。
さっきまで火なんてあの燃え尽きかけている灰の塊だけだったのに、もう目に見えて燃え広まっている。
速いなんてものじゃない、アレは異常だ。
「何なのアレ?触っちゃいけないギミックとか?」
「黙って走って!!」
「リオンこの状況で情報共有しないのは不味いよ。リオンがしないなら私がやる」
「…わかった。リカは黙ってて」
再度質問を投げかけたらまた怒られたけど、リカさんが説得してくれた。
そして、莉音の口からあれが何なのか語られる。
「アレはモンスター。名前は『灰の魔人』レベル3ダンジョン『グリーンマウンテン』のどこかに出現する徘徊型のボスモンスターで、巷では『初心者殺し』『第1の関門』なんて呼ばれてる」
「そんなに強いの?」
「強いなんてものじゃないよ。あいつはレベル5ダンジョンのボス並みの力がある。しかも、まだ行ってないレベル2ダンジョンと同じように、同じレベルでも難易度の高い方のダンジョンのボスと同等」
「勝てる訳ないじゃん!?」
「だからこその二つ名なんだよ。ここに来るのは初心者ばかり。そんな初心者を狩り、これから先の過酷な冒険者の戦いに参加できるものを絞る生きた狭き門。あいつの存在意義は、あんな化け物に出会わない運を持っているか?出会ったとしても生き残り前に進む強い心を持っているかの確認。冒険者として生き抜く資質があるかを問う存在」
…つまり、お小遣い稼ぎやノリとか周りに流されて始めた冒険者をふるいにかけ、本気で冒険者として生きて行こうと決心した者だけを選定する試験官。
そして、その中でも一時の運を掴み、成功できる豪運の持ち主を見つける神のサイコロ。
私達は、その神のサイコロに選ばれなかったわけだ。
「出会っていしまったが最後、最早逃げる以外に選択肢はない。全力で走って逃げるよ!!」
「そうは言ってもこの悪路だよ!?逃げ切れるの!?」
「逃げ切るんだよ!!まだ死にたくないでし―――」
「っ!?」
話しながら走る。
悪路のせいで速度が出ないのが心配だった。
…そして、その心配が現実となった。
「莉音!?」
後ろから凄まじい速度で超高温の炎が飛んできた。
その火力はあっという間に直線上の全てを焼き払い……莉音の体を一瞬にして焼き尽くした。
「莉音ッ!!!」
炎が消えたあと、そこに居たのは辛うじて人の原型を守っている燃えカスのみ。
触れると人のに触れているとは思えない高温と、焦げた肉の感触。
そして…鼻を突き刺す焦げた不快な臭い。
そんな状況でも、莉音はまだ息がある。
私はその事に気付き、莉音を運ぼうとするが、リカさんが止めてくる。
「……分かった。小春ちゃんは私が守る」
「え…?」
リカさんは私の腕の中から焼け焦げた莉音を降ろすと、すぐさま私の腕を引っ張って走り出す。
気が動転して頭がおかしくなってきた。
莉音は……莉音は…?
あの炎にやられて…それで……
「あ……ああ……」
「いいから走って!!リオンがなんとか喋ろうとして、“逃げて”って言ってたのが分からない!?」
「―――ッ!?」
リカさんが怒鳴る。
顔を見れば、目尻に涙を浮かべ苦しそうな顔をなんとか取り繕おうとしているのが見えた。
……ようやく涙が出てきた。
莉音が炎に巻かれたと言うのに、私は涙一つ出てこなかった。
…いや、そんな実感がなかった。
それに、莉音の言った灰の魔人の二つ名の意味が理解できた。
所詮私達だってダンジョンを軽く見て、ただ好きな人とイチャイチャしながら楽にお金を稼ぎたい。
そんな事ばかりを考える覚悟の足りていない人間。
ふるいにかけられ、落とされる側の人間だ。
「莉音……」
振り返ると、私達がさっきまでいた場所。
莉音を置いてきた場所は既に炎に包まれていた。
……もう莉音は助からない。
でも、私の命はまだある。
諦めて、こんな所で死ぬ訳にはいかない。
その想いを胸に全力で走る。
頬を涙が伝い、後ろへ流れていく。
「あっ!?」
莉音のことを考えながら走っていたせいなのか、私は露出した木の根っこに脚を引っ掛け、そのまま転んでしまう。
「小春ちゃん!?」
「リカさん!行って!!」
「〜ッ!?分かった!!」
リカさんまで巻き込む訳にはいかない。
その一心で叫び、私もすぐに起き上がって走る。
でも、炎はすぐそこまで迫っている。
この悪路を走るとなると…思うように速度が出ない。
いつか追いつかれておしまいだ。
その事に恐怖を感じながら走る。
すると、リカさんが速度を落として私と並んで走り出した。
「なんで!!」
「……小春ちゃんには、もう一人大好きな人が居るんでしょ?」
「………」
「灰の魔人の炎は、人を捕まえるとその動きが止まる。でもすぐに動き出す」
「まさか…!」
リカさんは何処か苦しそうな笑みを浮かべ、私を少し見たあと少しずつ走る脚を緩めていった。
そして、あっという間に炎に巻かれ……その瞬間、津波のように押し寄せる炎の勢いが収まった。
「リカさん……」
…立ち止まらない。
立ち止まるものか。
2人を犠牲にして…私は生きている。
まだ死ぬ訳にはいかない。
生きて帰って…そして……
「っ!?もう動き出した!?」
炎の音が強くなった。
一瞬振り返ると、炎がこちらへ迫ってきているのが見える。
私はひたすら走るしかない。
そして、生きて帰って―――え?
「……はぁ?」
全力で走る私の行く先は赤く染まっている。
他でもない…炎によって。
「なんで…」
なんで回り込まれてるの?
私達よりも火の手のほうが早かった?
でもじゃあなんで私達は追いつかれなかったの?
…莉音が留めてくれたから、とか?
……考えても答えは出てこない。
でも一つ確かな事は…
「逃げられない…」
もう私は逃げられない。
それだけ。
生き残る未来が見えない私はその場に膝をついて崩れ落ちる。
炎に包まれるその間際。
私が見たものは……巨大な腕と首だけの“灰の魔人”だった。
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