第21話 一段上へ
トラック程の大きさを持つ巨大なフナに、世界的なモデルもびっくりな美しくハリのある脚。
巨体を支えるにはあまりにも不釣り合いな細い脚ではあるけれど…このキショい魚は立っている。
「さあ来たよ、レベル2ダンジョン『開けた湿地』のボス。『ランナーカープ』。体当たりとあの美脚から繰り出される蹴りに注意してね!!」
ランナーカープ…走る鯉?
鯉ってかフナ…っと!そんな下らない事考えてる暇はないか。
こちらへ走ってくるランナーカープ。
私は迎撃の構えを取るけど…そのまるで女の子のような走り方に気が散って仕方がない。
「鬱陶しい!!その走り方やめろ!!」
「ちょっ!?リカさん!?」
突然怒って突撃するリカさん。
リカは私達3人の中で一番足が速いけど、私達3人の中で一番打たれ弱い。
1人だけ前に出られると不味い。
私も後を追って走り出すと、莉音もついてきた。
「不味いね…リカが『挑発』に当てられた」
「なにそれ?」
「相手を無性に怒らせて冷静さを欠かせるスキル。ランナーカープはその美脚に『挑発』の効果があって、凝視し過ぎると急に腹立たしくなって突撃しちゃう。そして無闇に突撃すれば……」
リカさんを指差す莉音。
リカさんは既にランナーカープの目の前に立っていてその短剣を振りかぶっているが…明らかにリーチが足りてない。
それにあの位置は…!
「危ない!!」
「ぐっ――!?」
私達の身長よりも高く長い脚で蹴り飛ばされるリカさん。
私はこちらへ吹っ飛んでくるリカさんを受け止めると、そのままお姫様抱っこのような体勢でリカさんの正気を確認する。
「リカさん。大丈夫ですか?」
「あ、え…う、うん…だ、大丈夫だョ」
「むぅ…小春の節操なし」
「いや、違うから!」
顔を真っ赤にするリカさん。
よし、正気だね。
…莉音には変な事言われたし、後でず〜っと文句言われるんだろうなぁ。
まあでも仕方ない。
莉音の小言はいつもの事だし、無視して私も攻撃に参加しよう。
リカさんをその場に降ろすと、私はあまりランナーカープの脚を見ないようにしながら走る。
そして、『大蛇』の毒爪でその脚を引っ掻く。
ハリのある肌を切り裂き、血が出てくる。
そのせいか血しぶきが私の顔にほんの数滴かかってしまう。
その瞬間、猛烈な怒りに駆られた。
「人の美顔に何してくれんのよこの雑魚がッ!!!」
理由のない怒り。
それが私の中でふつふつ湧き上がる―――なんてことは無く、いきなり爆発して血をかけられたと言う理由を持って更に燃え上がった。
私は無我夢中でランナーカープの脚を斬り裂いていると、腹に強烈な衝撃を受ける。
そして後ろに吹き飛び、誰かに受け止められることなく地面に叩きつけられた。
「いったぁ…!」
「全く…無闇に突っ込むから『挑発』を食らうんだよ」
「……ああ、そういう事か」
謎の理由のない怒りの正体。
それは『挑発』を受けた事による怒り。
私は恥ずかしい事に相手の術中にハマってしまったらしい。
でも、もう治った。
今度こそボコボコにしてやる!
「死に晒せクソさか――ぎゃん!?」
「リカは学ばないなぁ…いや、盗賊だから状態異常耐性が低いとか?」
意気込んだは良いけど、また『挑発』に当てられたリカさんが蹴り飛ばされるのを見て、すぐに助けに動く。
飛んでくる先に移動して受け止めると、またお姫様抱っこをする。
「んで、小春は浮気者と…」
「そういう事言ってる暇があったら攻撃に参加してくれないかな!?」
1人ランナーカープから距離を取ってどっしり構えている莉音。
さっきから莉音は全く働いてない。
「はっ!どうせ莉音は冒険者になっても何もしない、口だけの臆病者なんだよ!」
「はぁ〜あ?誰のおかげでここまでやれてると思ってるわけ?怪我したら誰に治してもらってるのかな?な?」
軽く莉音を挑発すると、思いの外効いた。
そして、言い返してきた上でランナーカープに向かって突撃する。
「そんなに言うなら見せてあげるよ!こんなクソ雑魚、私だけでじゅうぶ――ぎゃふん!?」
「……コントかな?」
リカさんがそんな事を言っているのをよそに、私は急いで莉音を受け止める。
そして、リカさんにやったようにお姫様抱っこをすると……
「フッ…」
「んなっ!?」
莉音を鼻で笑ってすぐに降ろす。
分かりやすく怒っている顔の莉音を置いて、私はランナーカープの顔を正面から見つめる。
「下らない遊びはこのくらいにして、本格的に対策するよ。莉音。何か良い方法ない?」
「………あるけど教えない」
「はあ!?」
ご立腹な様子の莉音はそっぽを向いて攻略法を教えないと言ってきた。
私に煽られた事が相当腹立たしいらしい。
「謝ってくれるまで教えないから。小春の浮気者」
「今そんな事言ってる場合じゃないでしょ!?真面目にやってよ!」
「ふん」
真剣な声で真面目にするよう呼びかけても駄目。
軽く煽っただけなのに、そんなに怒らなくていいじゃん。
なんか私もムカムカして来た…
「あっそ。なら良いよ、私もリカさんだけでやる」
「本性表したね浮気者。いいよ、好きにしなよ」
「そうさせてもらう。リカさんが居れば莉音なんて必要ないし」
そう言い切って、莉音のことを無視し前に出る。
「こんな時に喧嘩なんて…全く、しっかりしてよ」
「莉音が頑固なのが悪い」
「い〜や!小春が悪い!」
「喧嘩なんかしてる時点でどっちもどっちだよ。真面目にやりなさい!」
「「……はい」」
リカさんに叱られ、莉音もやっと動いてくれた。
そして、3人で何度も『挑発』を受けながらダメージ覚悟の攻撃を何度も仕掛け、ランナーカープの体力を削っていく。
腹や胸を何度も蹴られながら挑み続けること十数分。
ようやくランナーカープを倒すことに成功した。
「はぁ…やっと終わった…莉音。法術で回復させて」
「…ふん」
「まだ怒ってるの?いい加減にしてよ」
私だって悪いと思ってる。
良くないことをしたって思ってる。
だから謝ろうとしたのにさ?
こんな態度見せられたらそんな気持ちも失せるよね。
「2人ともやめなよ。ほら、一緒に謝って。それならどっちも文句無いでしょ?」
「「………」」
「う〜ん……とりあえず一旦帰る?」
なんとか私達の中を取り持とうとしてくれるリカさんだけど、莉音は謝る気なんてさらさら無いし、私も謝る気になれないから何も言わない。
困ったリカさんは時間が解決してくれることを祈る方向にチェンジしたのか……単に面倒くさくなったのか、一旦帰ることを提案してくる。
私達もこんな状況で周回とか出来ないし、もちろんそれに同意だ。
今日は一旦諦めて家に帰ることにした。
◇◇◇
「―――と言う事があったんだけど…シオンちゃん。どうしたらいいと思う?」
『どうって…何もしなくていいですよ。明日には元に戻ってるっす』
「そうかなぁ…」
2人が帰るのを見送ったあと、私は家にあったビールをこっそり盗んで飲みながらベランダで電話をする。
電話の相手は何かあった時のためにと連絡先を交換していた詩音ちゃん。
私よりも2人と付き合いの長い彼女にどうにかならないか電話をしてみた。
『小春先輩も莉音先輩も、離れ離れになると寂しくて落ち着かなくなる人なので、放って置けばそのうち仲直りするっす。単純なんで』
「そうなんだ」
『でも、ちょっと嬉しいっすね』
「何が?」
嬉しい?
この状況が?
恋敵が消えてラッキーとかじゃないよね?
そんな邪推が頭をよぎり、すぐに首を振って否定する。
詩音ちゃんはそんな事を考える子じゃないと。
あの生意気な莉音と似た雰囲気を醸し出す女の子の顔を思い出して―――いや、あるのか?
『まだ付き合いの浅い御堂さんが、私に電話するくらい先輩達のことを気に掛けてくれてることが、嬉しいっす』
「そんな…別に普通のことじない?大切なパーティーメンバーのいざこざなんて」
『でも、普通は何もせずそっとしておこうって考えると思うっすけどね。よく知らない…ましてやカップルのいざこざなんて、巻き込まれたくないっすもん』
「確かに…そうだね」
私が思っている以上に詩音ちゃんはまともだ。
しかも、常識もある。
……知り合ったばかりの人達のいざこざに巻き込まれたくないから離れるのは、果たして常識と呼べるのかは別としてね。
でもまあ、世間一般的な考え方を持つ子ではある事は分かった。
ああ、まともな人って素晴らしい。
『…まあ、あわよくば先輩達が破局して、病みモードに入った小春先輩を依存させようとも邪推するっすけど』
「私の感動返してくれない?」
『はあ?』
前言撤回。
やっぱり、類は友を呼ぶね。
まあ、あの2人の間に入る…と言うか、あの2人の輪に入ろうとする子だし、そうだよね。
詩音ちゃんに感じた感動を失って、現実を見ていると妙な話をしだした。
『…でも、そんな事で喧嘩するなんて珍しいっすね。2人ともそんなに子供っぽくないのに』
「そうなの?」
『何かしら不機嫌になる要素が他にあるってなら話は別っすけど…そんな事で喧嘩はしないっすよ?あの2人』
「………はっ!?」
何かしら不機嫌になる要素。
ある。ものすごく心当たりがある。
『……何かあるっすね?教えてもらえるならこっちでなんとかするっすけど』
「あ、いや…そのぉ〜……ね?」
『いや、そんな反応されてもわかんないっす…』
どこか困ったような様子の詩音ちゃん。
……言えない。
私がお姫様抱っこされて顔を赤くしたなんて言えない…
「ほ、ほら!まあ色々あるのよ色々!」
『…な〜んか隠してるっすね?そういう事の嗅覚は鋭いっすよ?』
「チッ!これだから勘のいい子は…」
『聞こえてるっすよ。さあ!白状するっす!』
……もういいや。言っちゃえ。
私別に悪くないし。
やましいことなんて何も無いし?
勝手に莉音が嫉妬してるだけだもん。
「…モンスターの攻撃を受けて私が吹き飛ばされたんだけど…その時に小春ちゃんにお姫様抱っこで受け止めてもらったんだよね」
『…それで?』
「その時に……決して他意はないよ?それだけ言っておくんだけどさ?その…恥ずかしくて顔を赤くしちゃって…」
『……その、『他意はない』のせいで別の意味があるように聞こえるっす。普通に言えばよかったのに…』
どこか不機嫌そうな、そして呆れているような声。
なんとなく状況が理解できたらしい。
『そのくらいなら明日には元に戻ってるっす。戻ってなかったら…まあ、その時はその時っすね』
「どうしたらいい?」
『学校でなんとかするっす。御堂さんは筋トレでもしておいて下さい』
「筋トレか……私も自主トレーニングとかするべきかな?」
『しておいた方がいいと思うっすよ。小春先輩が気になるなら、ね?』
「だからそう言うのじゃ!……って、切れてる」
結局詩音ちゃんにまで誤解された。
……でも、それとは別に自主トレーニングはするべきだ。
もう、私は1人じゃないんだから。
…それに、小春ちゃんにいいところを見せてあげたい。
……もちろん他意はない!
ただ今日はちょっと無様を晒しすぎて、冒険者の先輩としての威厳が損なわれてるかもしれないから、自主トレーニングに励んでちょっとでも強くなろうとしているだけで決して小春ちゃんにいいところをそう言う意味で見せたいとか、気を引きたいなんて一切考えてない!
「…お酒やめるかぁ」
半分ほど飲んだビールを冷蔵庫に戻し、筋トレをする。
勝手にビールを飲んだせいで怒られちゃったのは言うまでもないとして、空いた時間は2人の関係の心配をしながら筋トレに励んだ。
ちなみに翌日集合場所に行ってみたら、いつも通りイチャついている2人が来て安心した。
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