第19話 リカと家族

「…ただいま」


小春ちゃん達とのダンジョン攻略を終えて家に帰ってきた私は、元気のない声で一応『ただいま』と言っておく。


「おかえり、リカ」

「ただいま…」


血の繋がっていない2人の母の片方が『おかえり』と言ってくれる。

彼女は専業主婦で、いつも家にいる。

もう片方の母は正社員として働いていて、日中はなかなか会わない。

そして、実の母は初心者冒険者の指導や、新人講習の事前体験の教習員なんかの仕事をしているので、基本家に居ない。


なので、一番よく話すのはこの母だ。


「最近楽しそうだけど、いい事でもあったの?」

「えっ?」


突然そんな事を言われ、少し動揺する。

けど、すぐにすました顔をして――


「別に…」


――と言ってソファーに腰掛ける。

彼女はそれに苦笑いを浮かべた。

それ以上は会話は続かず、私は落ち着いて休むことが出来た。

そして、気が付くといつの間にか眠ってしまっていた。





「リカ、ご飯よ」


そんな言葉に起こされる。

気が付くと姉妹全員がそろっており、私以外は既にできた夕飯の並べられた食卓を囲み、私を待っていた。


呼ばれるまで気づかないなんて、私も疲れてるのかもね。


「分かった」


10人以上いる姉妹と共に三つの食卓を囲んで夕飯を食べる。

いつも通り騒がしい夕飯。

私はさっとご飯を食べて静かな寝室へ逃げた。


寝室でスマホをいじっていると、姉が入ってきた。


「どうやら、仲間が見つかったみたいね?」

「…なんで?」

「見ればわかるわよ。で?まさか、人を馬車馬のように使うところに入った訳じゃないでしょうね?」

「違うから。…それに、ハル姉には関係ない」


ハル姉。

この家の稼ぎ頭であり、姉妹全員の中でも長女の母親が同じ血の繋がった姉。

そして、もうすぐ結婚しなければならない姉だ。


「私はあなたが心配なのよ、リカ。いつか大きな失敗をして、何かを失いそうで」

「余計なお世話だよ。ハル姉は自分の心配をして!!」


方や一番上の姉。

方や一番下の妹。

心配する気持ちもわかるけど、今一番心配なのはハル姉だ。

ハル姉が結婚すると家にあまりお金を入れられない。

どうせほかの姉も、もうすぐ同じように結婚するし…


「もうみんな就職してるし、家の事は大丈夫よあなたは気にしなくていい」

「そうだけど…」

「お母さんたちも生活するのには困らないくらい十分な稼ぎはあるし、無理に冒険者として稼ごうとしなくてもいいのよ」


…それは暗に『お前は冒険者には向かない』と言っているようなもの。

もちろんそんな事を言っていないのは分かる。

でも、私だって数年後には結婚する。

そして子供が出来るんだ。

そうなった時、私がそうであったように、私の子供にもお金で困らない生活をさせてあげたい。

だから、私は冒険者にこだわっているんだ。


「無理はして…ない」

「なんか変な間があったわね。どうしたの?」

「いや、単に仲間のこだわりが強くてちょっと困っているだけ」

「そう?ならいいけど」


私の言葉に少しだけ戸惑った様子を見せたハル姉。

しかし、特に聞いてくるような事はせず、自分のベットに腰掛けた。


「…悪い事は言わないわ。いつかは『妥協』というものをすることを覚悟しておきなさい」



そう、呟くように言葉を漏らすハル姉。

…この人はいつもそうだ。

認めているふりをして私の事を否定してくる。

『盗賊』だから、冒険者は無理だと決めつけて私の冒険者になりたいという夢をずっと否定してきた。


だから、私はハル姉の事が苦手。

もちろん、他の姉や母も否定はしてくるけど…ハル姉だけは本当にしつこい。


「いつか絶対、『盗賊』なんて関係ないって思わせてやる」

「…そう」


私が睨みつけると、ハル姉は寂しそうな顔をしてベッドで横になる。

私は居心地が悪くて寝室を出ると、家を出て玄関先で夜風に当たることにした。






「ただいま、リカ」

「…おかえり、ママ」


夜風に当たっていると、今一番出会いたくない人が珍しく家に帰ってきた。

ママ、私の実の母親。御堂ミコ


「ハルから聞いたわよ。仲間を見つけたんだって?」

「あいつ…余計なことを」

「ふふ…相変わらず仲が悪いわね。…まあ、私のせいでもあるんだけど」


ママは悲しそうな顔をした。

私とハル姉が仲が悪い事、私が家族を嫌っている事の原因を作ったのはママだ。

その事について、少なからず負い目に感じているから。

…でも、私はママを許すつもりはない。


「ママはもう私を否定しないよね?」

「そうね。仲間が出来たのならいくらでもやりようはある。頑張りなさい」


そう言って、私の肩に手を置いてきた。

その行為が嫌で肩の手を振り払うと、またママは悲しそうな顔をする。


「先輩冒険者として、新米冒険者の指導員としてあなたにアドバイスするわ。仲間は大切にしなさい」

「何を当たり前のことを…」

「当たり前だからこそよ。当たり前って言うのはね?『そうして当然』ではなく『そうしないといけない』というものなの。仲間を大切にしないやつは孤独に死んでいく。絶対に冒険者として成功できない」


私にアドバイスをくれるママ。

…でもこのアドバイス、何回も聞いてるんだよね。


「冒険者は一人ではないにもできないわ。私も仲間と喧嘩したとき、本当に大変だった」

「喧嘩、ねぇ…?」

「…なによ?ただの痴情のもつれとでも言いたいの?」

「ママが酔ってパーティー内のカップルの片割れと関係を持ったことが原因じゃなぁ…」

「ちゃんと和解できたからいいのよ!」


ひとりの大変さを語ってくれるのはいいけど、原因がママにある上に一人の大変さはよく知ってる。

…本当に、一人じゃ何もできないし、何もかもを失うことを、私は知ってる。


「私も気を付けないとね。仲間に入れてもらったところはカップルパーティーだし、ママの二の舞にならないようにしないと」

「生意気な子。…でも、それでこそ私の娘よ」

「娘、か…ママはハル姉を説得してくれる?」

「…分からないわ。あの子もかなり頑固だから」


ハル姉はママでも言うことを聞いてくれない。

それに、あんまりハル姉を怒りたがらない。

だから、ママもそんなに好きじゃない。


…早く沢山稼いで、こんな家出ていこう。

私は改めて心にそう決め、ママと一緒に家に戻った。

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