第10話 クールビズの恩恵を受けたかった





 毎日暑い、暑すぎる。

 上着片手に眞壁は大きくため息をついた。


 クールビズ、というものが浸透してきているようではあるが、結局のところ会議だの接待だのといった場では上着はいるし、その場の空気感ではネクタイも必要だ。いつ必要になってもいいように、仕事鞄の中にネクタイ常備しているし、なんならデスクの引き出しの中にだって入っている。

 クールビズ、と決めたらその期間は上着もネクタイも無くしてくれ、その場の空気感で着用するかしないかを決めさせないでくれ、と切に思う。

 

 外回りを終え、眞壁は部下の女性社員と一旦帰社する。クーラーの効いた涼やかな空間の一部女性社員は、何やら盛り上がりを見せている。そろそろ昼休憩にもなる頃合いか、と眞壁は腕時計に目をやった。

 眞壁たちに気が付いた彼女たちは労いの言葉を言い、眞壁がそれに応えるとまた本来の話題に戻ったらしい。その賑やかさは聞く気がない眞壁の耳にも届いてくる。眞壁と同行していた女性社員もその輪に加わった。

「……えー!? 室賀さんがここのフロアにきたの!? うっそ、拝みたかったーーー!」

 室賀?と思わず眞壁は反応してしまう。なぜ室賀が彼女たちの話題になっているんだ、と仕事をするフリをして眞壁はつい話題に意識を向ける。

「あんたの最推し社員だもんね、今回のはレア度高かったよー。なんと言っても、Tシャツ姿だったんだから!」

「……ていうか、フツーに白系のTシャツ1枚に社員証を提げてあんな似合う人そうそうこの会社にいないもんね」

「……うっわ……それは拝みたかった…………」

 クールビズにより、システム開発部はとてつもなくラフな格好が許されているらしい。尤も、クールビズ初日に部長がアロハシャツに短パンでビーチサンダル姿で現れたくらいなのでそれも頷ける。ついでにサングラスを持っていたことも抜かしてはならない。

(……もとより、システム開発部の面々とは社内で遭遇することも多くないが…室賀のTシャツ姿ってそんな珍しがられてるのか?)

 毎日、家の中ではTシャツの室賀を見慣れているせいか、彼女たちのテンションの高さが理解できず首を傾げたくなる。

「…いやもう職場であのラフさだからいいんだよね〜!」

「……うっわ、わかる……」

「家とかで寛いでる時と絶対、空気感とか違うわけじゃん!? ポロシャツの時も良かったけど、Tシャツはまた生地が違うし」


(……!)


 それは確かにそうだ、と思わず眞壁も同意した。家で見慣れているのではない、職場というある意味、限られた空間で仕事という用向きがあり上司と部下という社会的な関係性を保ったまま遭遇することは、限りなく貴重な機会なのではなかろうか。

 正直、ポロシャツ姿も飽きるほど見ているが、職場で社員証を提げて仕事をしている姿は見たことがあっただろうか、いや、恐らくない。


(……彼女らの言うとおりだ……それはレア度がかなり高い……)


 室賀は人当たりもよく穏やかな性格であり、武術嗜んでいるだけあって姿勢もよく程よく筋肉質なバランス取れた体型をしている。それはTシャツという薄い布になったからこそ、より顕著にそのシルエットがわかるのだ。それは彼女たちの話題にしっかり上がっている。

「めっちゃいい身体してるし」

「……社内にいるじゃん、ただ筋トレ趣味の何人か。別に悪くないけど、なんか質が違うっていうか」

 彼女らはよく見ているしわかっているな、と眞壁は心の中で頷いた。

 その賑やかさはランチタイムも続いている。眞壁はデスクで弁当を広げて昼食を摂りながら、さて、どうしたら自分もその貴重な機会に遭遇できるかと考える。


(……社内回覧、紙ものだったら室賀に持ってきてもらうよう、根回ししておくか……)



 

 しかしそれが叶った日に限って眞壁は取引先に長らく捕まってしまい、帰社したオフィスでその事を知りそっと絶望して残業に勤しむのだった。

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