第8話 思いがけない出会い




「いやー! 助かったよ眞壁くん! さすが、うちのエースだな眞壁くん! 素晴らしい人材が揃う我が社は安泰だよ眞壁くん!」

 上司の上機嫌な労いに、お褒めに預かり光栄です、と返す眞壁の表情は、そのようなことを微塵も思っていないと言わんばかりだった。しかし彼の上司は気にすることなく、しきりに素晴らしいを連呼している。

「わざわざ、休日に出向いてもらったお礼には到底及ばないかもしれないが、これを貰ってくれ。芸術に疎い私より、君の方が相応しい」

 そう言って上司はとある絵画展のチケットを差し出した。それは先程の取引先で、商談がうまいこと進み、相手に有意義な時間を過ごすことができた礼として渡されたものだ。

 取引の間、相手社長の芸術に対する興味関心が尽きず、その話題になんとかついていけたのは眞壁のみであり、上司は横で愛想笑いを浮かべることしかできていなかったのだから、きっとこのチケットは彼にとってただの紙切れ同然なのだろう。

 それに次に会った時に感想を聞かれたら答えられないこともわかっていてこっちに投げてきたに違いない、と眞壁は思ったが、あえてそこに言及することはせず差し出されるまま受け取った。

 上司とはそこで解散し、その足で絵画展の会場へ向かう。個展を開いている人物の名前に覚えはなかった。だが、取引先の社長が懇意にしているということはそれなりの理由があるのかもしれない、と思い足を踏み入れる。

 飾られている絵は大小さまざま、風景、人物、動植物、なんでもある。飾られている絵に一貫性はなかった。

(……なんていうか、本当に思いついたものを思いついただけ形にしている感じだな)

 だが、そこには何かに縛られたわけでもない自由さを感じられて、眞壁にとっては好ましい空間だった。

 休日、ということもあり来場者数はなかなかだ。さらに奥に進むと一際、人だかりができている一角がある。彼らはある一人の人物を取り囲んでいた。

(……!? 室賀の二番目の兄、筑波じゃねぇか……)

 着物姿で姿勢良く立ち、穏やかに話す姿は来場者を虜にしている。眞壁はチケットを改めて確認した。そこにはやはり筑波の名前はなかったが、休日に限り日替わりで複数ゲストを呼んでいるとは書かれている。

 まさかそのゲストの一人が筑波だったとは、なんて運命のいたずらか、と思わず天を仰いだ。

 おそらくお互いに気が付いているだろうが、関わり合いにならず消えたほうがマシだ、と眞壁は何食わぬ顔でその前を通り過ぎ、飾られている絵を余すことなく鑑賞し出口へと向かう。

 あと数枚で出口、というところで後ろから声をかけられてしまった。振り向かずともわかっているし、応えたくはなかったがそうもいかず、平常心を総動員して振り返る。

 穏やかそうな表情でありきたりな会話をしてくる筑波に、眞壁も簡単に応える。それを遠巻きに見ている人間たちの視線にどうも嫉妬らしき感情が含まれ、眞壁に刺さってきていることについては気が付かないふりをする。むしろ、そうなるとわかってて筑波はわざわざ話しかけてきたのかもしれない。

 ここに来た経緯を簡単に話すと、彼はそうでしたか、と微笑み、1枚のカードを眞壁に手渡した。

「……では、こちらは貴方が良いようにしてください」

「……良いように?」

「はい、良いように」

 チケットくださった方に渡すもよし、ご自身で使うもよし、と言い彼は去っていく。


 そのカードは招待状のようなものだった。

 筑波自身も個展など開いているらしい。その優待券ともいえる。


(……出会うなり木刀や薙刀で人をスライスしようとするような男の個展にのこのこ行けるかよ……)


 持ってたら呪われそうだし、処分したらしたで呪われそうだし、とその招待状は今回の絵画展のチケットをくれた取引先の社長に早々に渡すのが妥当だろうと判断する。おそらくは無条件で喜んでくれることだろう。

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