第7話 最後の審判
「眞壁、今週末はちょっと実家に戻るから」
「……なんだと、またか」
「……また、ってまだ2回目だろ……」
眞壁の不満そうな反応に、ため息をつきながら返す。
「……過去には消滅してる実家がまだあるんだぞ、それに飼ってる犬をモフりに行きたいというかもっふんもっふんにうもれないとそろそろしにそう」
「……お前がだいぶ疲れているということはわかっている」
連日の激務がようやく一段落し、室賀は動物と触れ合えていないことをここにきて自覚してしまい、とにかく実家で飼っている犬を撫で回したくて仕方がなかった。このもふもふに埋もれたいという欲望を満たさなければ次の厄介事に取り組めるわけがない。
帰省した室賀は、思う存分に飼い犬のハクを撫で回し、その毛に埋もれていた。真っ白な毛並みのサモエド犬は、撫で回され揉まれ埋もれられても穏やかそうな表情でされるがままである。
わぁーしあわせー、とご満悦の室賀のすぐ近く、実家に併設されている道場では威勢の良い声が響き渡っていた。
室賀には二人の兄がおり、どちらも武術の師範位を所持している。今、正に道場で木刀を振るっているのが一番上の兄、
室賀の帰省になんとなくついてきた結果がこれだ。
でかくて白い犬がいる、とそれは嬉しそうに室賀が語るので見たくなったのが災いした。そもそも、室賀の二人の兄との仲は最悪であるにもかかわらず。
表向きは友好的に迎え入れられたが、室賀、眞壁、穂高、そして二番目の兄、
そして道場の壁際に、正座して待つ筑波もいる。
「……兄上、次に待つ私の為に右半身は無傷で残しておいてください」
「おぉ、筑波。心配には及ばない、ちゃんと左側だけ狙っているからな」
「左様であれば」
そういう筑波の傍らにあるのは薙刀だ。眞壁は軍人時代は剣術しかやったことがないし、有事の際だいたいは銃を使っていた。ここにあるのは木刀だけでどう有っても生き残れる気がしない。
(……室賀、せめて止めに)
そう思いちらりと室賀を見るが、彼は白い犬に埋もれていてこちらの状況など全く見えていなかった。
(……無理だな)
「……よそ見とは余裕か、眞壁少尉殿」
「!」
気が付いた時には世界が逆を向いていた。足をかけられ転ばされたと理解するのに少々、時間を要する。息を切らす眞壁の喉元に木刀が突きつけられ、鋭い眼光が降ってくる。木刀の先端で喉を押され、圧迫感に呻く。
「……次に来たら縦に四分割、横に、二分割にすると言ったはずだが」
「……スライスする気だったか……」
ぐったりと床に沈みこむも束の間、木刀が引いたかと思えば次は薙刀を持った筑波が静かに歩み寄る。
「……眞壁少尉殿、順番ですので」
「おいまて、連続は無理だ」
「過去、戦場で敵に待ってくれと言われて貴方は待ちましたか? 待たれなかったでしょう、つまり私も待ちません」
なんて横暴な、と言いかけた真壁を引き上げて立たせたのは穂高だった。
「……用意はいいか」
「よくない」
眞壁の訴えは聞き入れられず、無慈悲にも第二戦が開始してしまった。
白くて大きな犬を見に来ただけなのに、勝負を挑まれた眞壁は疲れ切っていた。やっと終わったとふらつきながら犬と室賀の方へ進む。
犬は突如として現れた他人に警戒を示すが、少し眞壁の匂いを嗅ぐと何もなかったかのように室賀の傍らに戻った。真壁としては威嚇されなくてよかった、としか思わなかったが、穂高や筑波はその様子にかなり驚いたようだった。
他人には異様に警戒するはずが、よりによって一番警戒してほしい人物を受け入れたからである。それにはさすがの2人も顔を見合わせた。この犬が受け入れたのなら、その事実を自分たちも受け入れた方がいいのだろう、と。
そして4人で道場から母屋に向かう途中、庭で草を食べていたヤギが眞壁の後ろから不意打ちのごとく強烈な頭突きを食らわせた。せっかく道場からは無傷で生還したはずが頭突きの勢いに耐えられず砂利の庭を転がり、大いに擦り傷を作ることになってしまった。
「……やはり、八木さんの判断が正しかったか」
「……さすが、八木さん」
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