第6話 真なる願いは
「……ちょっと出かけるが、買い出しなどの用はあるか?」
「……いや、特にはないかな」
急に声をかけられ、驚きつつも室賀はそう応える。休日にわざわざ出かけるなんて珍しい事もあるな、とは思ったが、言及することなく再び視線を手元の本に戻した。
しばらくして眞壁が外出したであろうドアの開閉音がする。
少し間を置き、眞壁の出ていったドアを見つめ、なんだかんだと生活を共にしている事に考えを巡らせる。彼の中で『居候』が『同居』に変わってもいいものか、その思考も悩ましかった。
果たして眞壁がどう思っているのか。口に出してこないので彼の考えていることは全くわからない。早く出ていって欲しいと思っているのだろうか、それとも言及してこないことに甘えてこのままの状態を続けてもいいのだろうか。
(新しい生活基盤ができるまでは置いてくれ、と言った手前、新しい住居も探さないといけないんだけど……)
正直、前のボロアパートくらい安い家賃の賃貸は無い。上京前に見つかったのが奇跡みたいなものだ。
(……住居探しも何もしてないと思われてもアレだし……眞壁にそれとなく言ってみるかなぁ)
その際の反応で、なんとなく考えが読めればいい、という希望もある。
本に集中できず考えもまとまらず、いつの間にか室賀はソファでうたた寝をしてしまった。
「……おい、本が」
「!」
また急に声をかけられ、うっかり寝落ちてしまっていた室賀は驚きに身体が跳ねあがる。反射的に手を開き、辛うじて持っていた本が手から滑り降りた。それは近くに立っていた眞壁の足に突き刺さる。
「……いっ!」
「……ま、眞壁!?」
思いの外、自分の近くにいた眞壁との距離感とその彼の足の上にまぁまぁ重量のある本を落としてしまった両方に驚き、室賀は彼の名を反射的に呼んだ。
「……お前の足の上に本が落ちそうだと、注意しようとしたらまさかそれが俺の方に来るとは……」
「……わ、悪い……」
本を拾う為に屈むと、視界の端に何やらカラフルな色が入り込んできた。それは小さな竹の枝にこれまたかわいらしいサイズの七夕飾りが下がっている。ただ、そのかわいらしいものを持つのがこれほどまでに似合わない男が目の前にいる。
「……眞壁、これ……どうしたんだ?」
「……所用の帰り、商店街の馴染みの店に顔を出したら、家に飾ればいいと渡されて……、断る理由もないし、そのまま持ち帰ってきただけだ」
「へぇ…、そうか、もうすぐ七夕かぁ」
地元は1ヶ月遅れだから意識してなかったな、と室賀は言い、眞壁からその七夕飾りを受け取った。それを適当に見つけたガラス瓶に挿すとテーブルに置く。
「せっかくなら、願い事の短冊も付けるべきだろ」
「うちに短冊になるような色紙なんかないぞ」
「……まぁ、字が書ければなんでもいいさ」
室賀は剥がされた6月のカレンダーを持ってくると、器用に切り分け、即席の短冊を拵える。
「……はいよ、眞壁の」
「……」
受け取ったカレンダーの裏紙を少し見つめ、眞壁はマジックで紙いっぱいに字を書いた。まだ書いていない室賀は、その短冊を見て思わず呟く。
「……さすが、眞壁。豪快にしかもでかでかと『世界平和』を書くとは……。こうなったらおれは宇宙の平和を願うべきか」
「そこで張り合ってどうする」
律儀に紙に穴を開け、紐を通して短冊を笹に取り付けながら言うと、室賀も短冊に『世界平和』と書いていた。
「いいと思うよ、世界平和。一人で願うより、どうせなら二人で同じ事を願った方がいい気がするしな」
多分な、と笑いながら室賀も笹に短冊を取り付ける。テーブルの真ん中にできた小さな七夕飾りを2人は満足そうに眺めた。眞壁の表情は全く変わっていないので、満足しているかは定かではないが、きっとそうだろうと室賀は思う。
今の『平和』が続く事を密かに願い続けるしかない。
この均衡が崩れれば、共にいられないのだから。
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