第5話 温度差





「……甘く見てたな……」

 高層マンションの窓を開けて、熱風を直に浴びた男は顔をしかめて呟いた。

「当たり前だろ」

 早く閉めろ、とマンションの部屋の主は呆れたように言った。

「……お前の住んでいた山村とはわけが違うんだ」

 東京の初めての夏を迎え、窓を閉めた男―高登谷 室賀タカトヤ ムロガ―は、うんざりした表情で戻ってくる。

「……おれ、ここで生きていけるのか……?」

「……だからクーラーがあるんだろうが」

 そう言って部屋の主である眞壁 一朗太マカベ イチロウタは、クーラーのリモコンを手にした。

「夜も気温が下がらないってどういうことだよ……」

「東京はそういうところだ」

 諦めろ、と項垂れている室賀を一瞥し、眞壁は容赦なく室温設定を下げた。人工的な冷気が2人に降りかかる。

「眞壁、設定温度を下げすぎてないか? おれはこういうなんか異様に冷たい風には慣れてないんだ」

「お前の体感温度に合わせたら俺が生きていけない。寒かったら着込め」

 偉そうに、と恨みがましい視線を送り、室賀は極寒の部屋から出ていくと寝室からブランケットを抱えて戻ってくる。ソファの上でそれに包まり、大きくため息をついた。

「夏季休暇に入ったら実家に帰らせていただきますので」

「……ちゃんと戻ってくるんだろうな」

「……そりゃ戻るけど」

 ならいい、と眞壁は頷いてみせる。しかし室賀のどこかはっきりしない態度に対し、訝しげに片眉を動かした。

「何を気にしている?」

「……実家にはアパートに強盗が入って放火されて住めなくなった、というのは言ってないんだけど、野菜の仕送り先についてはここの住所を伝えるしかなくて」

「定期的に届くあれはお前の実家からだったのか」

「…安アパートからこの高級マンションだろ? 名前からして高級マンション感あったし、どういうことだって説明を求められたけど全部は言ってなくて……アパートのトラブルが解決するまで上司の家に世話になってると言うしかなかったんだ」

 嘘は言っていない、と室賀は言うが、本当の事も言ってないだろ、と眞壁は思う。

「そんなもんで両親から、ぜひ上司の方に直接お礼を言わなければならないから連れてきなさい、と言われているわけだよ……」

 それを聞き、眞壁は腕を組み少し考える。他者の家に行くなど面倒だし気を使って疲れるだけかもしれないが、室賀の生まれ育った地を訪れることができるなら行ってみたい、という好奇心も首をもたげてくる。それに夏の東京という灼熱のコンクリートジャングルからも抜け出せるのだから、行かないという選択肢は消え去った。

「…別に俺は構わない。そういうことであれば、俺からもしっかり挨拶するべきだろう。質の良い食材を送ってもらっているわけだし」

「…アンタがそう言ってくれるなら、じゃあそれで」

 両親にはその旨伝えておく、と言い、ふと何かに気が付いたように動きを止める。眞壁が声を掛けると、室賀はぎこちなく首を動かして彼を見る。

「……なぁ、まさかとは思うけど、前世でうちの家族の誰かと遭遇したりしてないよな……?」

「……記憶にございません」

「覚えてないだけで、会った拍子に記憶が蘇っちゃったりしないよな……?」

 おれたちの時みたいに、と言っても眞壁は、なんとも言いようがございません、と棒読みするだけだった。

「……蘇ったら、何か問題が?」

「……アンタのことだからもし接点あったら恨み買ってたりしてそうだし、一悶着を起こしてなかったらいいなって思っただけ」

「……否定できない」

「……でも、一応……ついてきてはくれるんだよな……?」

「あぁ、それはそのつもりだ」

 その応えを聞き、実家にはその予定で連絡入れとく、と言って室賀は手早くメッセージを送信した。




 しかし二人が訪れたことで、室賀の兄の2人とも前世の記憶が蘇ってしまい、更に眞壁に殺されかけたこともあって、あの時の仕返しと木刀で脳天唐竹割りをされそうになったのはまた別の話である。

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