第4話 それはアテにならない




 いわゆる、『前世の記憶』というものを持って今を生活している。

 前世の自分は江戸から明治への激動を生き抜いてきたわけだし、今の自分は平成から令和への節目を経験した。どうも、前世の生き方と似たような生き方もしているようだ。理由は違えど、身体に残る傷跡はほぼ同じ、遭遇する出来事をよくよく考えてみたら前世でも似たような事が起こっていた、と後から判明する。何かそういう因果があるのかもしれない。

 そして同じ境遇の人間とも出会う。つまりこれは再会、ということになるのだろうか。

(……だが、この先の出来事は予想がつかない……)

 事が起きてからでないと過去に起きた出来事かどうかの答え合わせはできないので、事前に回避する、ということは不可能だった。

(……それに全部が全部、思い出せているわけでもないからな)

 内容によっては断片的にしか思い出せない。その最たる例が、再会相手を殺そうとしていたことだ。出会ったのは明治になってから、彼が東京に出てきたからである。もともと地方で寺子屋と剣術道場をしていたが、道場破りという名の襲撃を受けて全てを焼き払われ、一家で東京まで逃れてきたのだ。

(……でも、出会ったきっかけはなんだった……?)

 明治初期の東京という場で何故か出会い、命を狙い、奪うことは叶わず、共に行動する機会が増え、そこから先はわからない。

「……」

「……眉間のしわ増えてるぞ」

「!」

 いつの間にか買い出しから帰ってきた同居人が荷物を持ったままこちらを見ていた。考え込んでいて帰宅に気が付けなかったようだ。

 そう、過去の自分はこの男を殺そうと躍起になっていた。

 だが、今は。

 そんな気持ちは全く湧いていないが、またそう思う日が来てしまうのだろうか。

「……なぁ、明治の俺は何でお前を殺そうとしたんだろうな」

「……突然どうした……っていうかそれはおれの疑問では」

「だよなぁ……」

「……何を気にしてるのかは知らないけど、過去と似たような境遇ではあるが全く一緒ってわけでもないし」

 そう言いながら彼は買ってきた品々を片付けている。一通り片付けが済むと、お茶と共にリビングへ戻って来た。差し出されたお茶を受け取り、揺れる水面を見つめる。

「……ある意味、変えられない事を恐れている……とか」

 詳細については言及しなかったが、自分の気掛かりな事を口にした。

「それに事が起こるまでそれがかつて遭遇したものなのか、全く関係ないのかもわからない。ましてや、これから先の俺達がどう…なるのかも」

「……確かにそれはそうだけど、全く一緒じゃないんだから事が起きたらその時はその時なりに対処すればいいんだよ」

 彼はあっさりそう言うと、人当たりのいいいつもの笑顔を向けてくる。

「……まぁ、おれも気がかりなことがあるとすれば、まだ『オンボロ長屋の妖怪ババァ』に遭遇してないことかな」

「……いたな、そんなのが」

 お互いに殺す殺さないとモメている時に出会った老女のことだ。彼女は二人を見るなりこう言い放った。


『……やだねぇ、死の香りを纏って来る奴はねぇ』


「あれはどちらか片方に向けて言ったものだ、というのは確かだったな。……てっきり、俺に言ったものかと思ったが……」

 それよりも彼に向けて言ったのではないか、と今になって思う。思い出せる限り、事ある毎に命の危機に瀕していたのは彼の方ではなかったか。


「……あのババァに会ったら、また同じ事を言うと思うか?」

「そもそも会うかどうかもわからないけど……今の時代でも元気だといいな」

「……そう言ってやれるお前はすごいよ……」

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