第3話 習慣化しただけ



 上京してからは怒涛の日々を送ってきたが、それもようやく落ち着いてきたのではないか、と思う。

 環境の変化は著しいものであったが、自分の中のルーティンを崩さずにいられたのは幸いだった。今日も今日とて座禅を組み、姿勢を正して呼吸を整える。

 

 実家は武術を教える道場を開いていた。

 父を筆頭に二人の兄も師範の位を持っており、自分にも師範を取れと常々言われていたが、結局それはせずに来てしまった。なんだか自分は人にものを教えるような立場には相応しくない気がして。


「……いつも、毎朝それをやってんのか」

「……!」

 閉じていた目を開けると、このマンションの部屋の主は腕を組んで壁によりかかり、こちらを見ていた。いつからいたのか、と問えば、少し沈黙して彼は、今、とだけ言う。

「……休日なのに、珍しく早いじゃないか」

「たまには……そんな日もある」

 そうは言うが、その不機嫌そうな眉間のしわを見る限り、無理矢理にでも起きてきたのだろう。彼は壁から身体を離すとキッチンの方へ向かう。コーヒーを飲むかと聞かれたので、飲むと答えると彼はそれ以上は何も言わずコーヒーメーカーの前に立った。コーヒーのいい香りが漂い始める。

 しばらくしてコーヒーの入ったマグカップを2つ手にした彼がリビングへ戻ってきた。その頃には自分も座禅を組むのをやめ、床からソファに座り直す。差し出されたマグカップを礼を言って受け取り、顔の前まで持ってくると豊かな香りに包まれた。

「……毎朝、そうやって座禅組んでて、今日くらいやらなくても、なんて思わねぇのか?」

 彼はソファに座り、コーヒーを飲みながら問うてくる。

「……そもそも、やらない、という選択肢がないというか……質問に質問で返すけど、あんたは毎日歯磨きして、今日くらいしなくても、なんて思わないだろ?」

「……まぁ、思わねぇな」

「そういうことだよ」

 その返答には些か納得できていないような、微妙な表情の彼であったが、それが言葉になることはなかった。

「……それに当時も座禅だけじゃなくて鍛錬を欠かさずにしていたから、昔々に殺し合いになった時だってあんたに殺されずに済んだからな。あんたの『確実に殺そうリスト』に載ってたとしても」

「……俺はそんなリストは作ってなかったぞ」

 

 例えばの話だよ、と彼に向かって微笑んでおいた。



・・・


 

「……いや、そういうあんただって昔は軍人だったろ。訓練漬けだったんじゃあないのか」

「お前は……俺がクソ真面目に、しかも自主的に訓練をしている奴だと思ってるのか?」

「……思わないな……」


 堂々と言うことじゃないだろ、と出かかった言葉をコーヒーとは別で飲み込んだ。

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