第2話 終電まで頑張ってきたから



 

 1週間とは早いもので、もう金曜日の終業間近である。毎日毎日、降ってくる仕事に忙殺されれば時間の感覚などあってないようなものだった。

 そして抱える案件の量は、今日も残業を示唆してくる。


 先日、居候をする代償が手料理という形で手は打ったものの、結局のところ用意できているのは朝と昼の弁当のみである。夜はほぼ不可能だった。

 システムエンジニアとして働く自分には毎日が残業で、夕飯を用意する時間にそもそも帰ることができない。そして居候先の男も営業として付き合いの飲食が多いこともあり、用意されたとて食べることができない、というのが現実である。

(……今夜も、無理だな……)

 明日が休日ということもあり、限界ギリギリまで突っ走ろうと決め、積まれた仕事に手を付けていく。

 特に厄介なのが納期被りの案件が2つ並行しているものだ。ひとつならなんとかなるが、同時進行で別件は不可能に近い。この案件を取ってきたのは営業部の新人だった上に、忙しさに追われて内容の不備をはっきりと指摘していなかった己にも非がある。

 如何せん、全体的に詰めが甘かった。

 後に詳細を確認していくことでようやく全貌が見え、思った以上に納期までの期間が少なく取られている。

(……契約自体が欲しくて、相手の主張を全部飲んじゃったんだなぁ……)

 もうちょっとすり合わせてきてほしかった、と思ったところで後の祭りである。ため息をつき、気を取り直して作業に入ろうとすると、卓上の携帯電話が震えた。メッセージの送り主は居候先の男である。彼もまた、週末故の付き合いという飲食があり夕飯はいらないことと帰宅時間は気にするな、という内容が書かれていた。

 営業のお付き合いというやつも大変だな、と他人事ながらに思う。自分には絶対無理だろう。

(……さてさて、今夜はどっちが先にご帰宅できるかな)

 現在の進捗を踏まえ、自分も今夜の帰宅はいつもより遅くなるかもしれないと、返事をしておく。

 そこからはもう、お互いの携帯電話が鳴ることはなかった。



 終電にはなんとか間に合い、居候先のマンションに重たい身体を引き摺りながら入っていく。今夜も自分の方が早かったようだ。

 帰宅してすぐ、ざっとシャワー済ませたところで、相手もそう大差なく帰って来る。もともと、それほどいいとはいえない目つきが更に据わり、不機嫌さを隠そうともしていない。その様子で、あぁこれは相当厄介な相手と貴重な週末の夜という時間を過ごしたんだな、と伝わってきた。

 スーツの上着を無造作にソファに放り、ネクタイを緩めながらどっかりソファに座り、彼はそのまま沈み込んでいく。

「……お、おい、ここで死ぬな」

「……まだ死んでない」

 辛うじて生きてる、と呟いてはいるが、まさしく言葉の通りでこちらも限界ギリギリまで耐えてきたらしい。

「……あぁー……クソしんどかった……が、耐えただけの価値はあったな……」

「……へぇ、なんか話がいい方向にいったのか」

「あぁ、そっちに振られたやつで新人が取ってきたクソ案件あったろ」

「……あ、あぁ……」

 お前でもあれはクソって思うのか、という率直な感想は飲み込んでおく。

「……そこの社長もいて……というか、いるから行ったところはあるが……例の件を改めて詰め直して納期を延ばしてもらってきた。……まぁ、元々は向こうがかなり納期を縮めてふっかけてきたっていうのもあるし、本来の期限まで戻した、といった方が正解か」

 これで、そっちも多少の余裕は出るだろう、と呟き沈み込んでいた身体をソファから剥がすと風呂場へと歩き出した。

「……悪いな、わざわざ仕事終わりにそんな大変な思いして調整かけてくれたなんて」

 風呂場へ向かう背中を見ながら一人事を呟いた、つもりだったがどうやら相手の耳にまで届いてしまっていたらしい。彼はピタリと足を止めると振り向いて言う。

「……そうだな、お前に何かあって俺の飯がなくなっては困るし、疲れてるやつに無理して作ってもらっても……うまいと思えないからな」

 ここで彼は言葉を切り、続きを言うか迷ったようだったが、酒も入っていることもあり思った以上に素直に言葉を口に出した。


「……俺はいわゆる『おいしいご飯』ってやつを食べたいわけじゃない。『おいしくご飯を食べたい』んだよ」

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