10-1 うどん粉病Tシャツ

 時は水曜日の部活前。


「松田君、下野しもつけ君。今日はこれを着て」

 シャモは自身がデザインした赤色のTシャツに身を包むと、練習場にやって来た松尾と下野にそれぞれ紺とオレンジのTシャツを渡した。

 シャモの中では太陽の輝きをデザインしたはずが、えさの一言ですっかり『うどん粉病Tシャツ』として認識されている曰くつきのTシャツである。


「これは飛島君に上げた特製Tシャツの色違いですね」

「そう。うどん粉病Tシャツの紺とオレンジ。紺が松田君用でオレンジが下野しもつけ君用」

「うどん粉病じゃねえ。俺は太陽と花火をイメージしたの」

 ピンク色のうどん粉病シャツに身を包んだ餌が松尾に返答するも、シャモはふくれっ面。


「うどん粉病? うどんアレルギーの事っすか?」

 オレンジ色のうどん粉病Tシャツを渡された下野は、シャモと餌と自身に渡されたTシャツを見比べている。

 

 プロレス同好会の三名に赤色のうどん粉病Tシャツを渡すと、シャモは桃色のうどん粉病Tシャツ片手に仏像に声を掛けた。

「桃色のうどん粉病シャツ? お断り。飛島君に着せれば」

「お言葉ですが、僕は宇治ミルクかき氷Tシャツで確定です」

 『宇治ミルクかき氷』と強調しながら、深緑色地に白のアクセントが入ったTシャツを見せつける飛島。

 だが悲しいかな、すでに『うどん粉病Tシャツ』として認知されている。


「仏像。飛島君はうどん粉病Tシャツで決まりなの」

「うどん粉病ではなく、宇治ミル」

「却下。うどん粉病Tシャツ」

 深緑色のうどん粉病Tシャツに身を包んだ飛島と餌が、不毛な言い争いを始める。

 その隣では、色が気に入らない仏像がダダをこね始めた。


「松尾、交換」

 第一の標的は、紺色のうどん粉病Tシャツに着替え終えてポップアップテントから出て来た松尾。

 その鼻先にももいろのうどん粉病シャツを突きつけると、ポップアップテントに入る仏像。

 松尾は無言で桃色のうどん粉病Tシャツをテントに投げ込んだ。


「野獣だ。野獣がいる……」

「松田君って、当たりが強い時がありますよね」

 餌と飛島が松尾の野獣化におののく中、大仏Tシャツ姿の仏像が、桃色のうどん粉病Tシャツを手に現れた。


「うっわ心狭っ。僕の子宮色のTシャツと取り替える」

「そんな色絶対にお断りだ。それに餌のサイズを俺が来たらへそTになる」

「餌さんのTシャツの色はいちごミルク色です。お間違えなく。それから、仏像さんは桃色がお似合いです。着ず嫌いはいけません」

 仏像は再度松尾にうどん粉病Tシャツを押し付けようとしたが、松尾はまたも仏像にTシャツを突き返す。


「花粉眼鏡時代が懐かしい。大人しい子だとばかり思っていたのに、まさかこんなドSの野獣キャラだとは」

野獣やじゅうでもドSでもありません!」

「いいや、さすが春日かすが先生のおいっ子だよ」

「どS女医の血筋はどS」

 餌とシャモが松尾をつつく中、仏像は製作者のシャモにうどん粉病Tシャツを突き返す。


「松田君改め野獣眼鏡、そこの我がまま王子(仏像)にビシッと言っておやりなさい!」

「野獣眼鏡は却下します」

「却下を却下。松田君はさすが春日先生の甥っ子。いよっ、どS野獣の帝王」

 餌が野獣眼鏡と連呼するも、松尾は一向に受け入れる気配が無い。


「そうだそうだ。どS女医の甥はどS野獣。はっきり分かるよね。ほら仏像、どS野獣も桃色がお似合いだと仰せだ。すぐに着ろよ」

 どうしても桃色のうどん粉病Tシャツを仏像に着せたいシャモ。

 仏像は、シャモが必死になって《《桃色の》》Tシャツを押し付けようとする理由に気が付いた。


「この色とりどりのTシャツは試作品の余りか。それを無理やり着せて、ユニフォーム代として部費から落とす。新香町美濃屋しんこちょうみのやは俺たちからどれだけ金をむしり取っていく気だ」

 ホーム/アウェイの枚数分を部費で美濃屋みのやから買い取り。その上試作品である色違いもあわよくば買い取らせたい。

 シャモの、ひいては新香町美濃屋しんこちょうみのやのやり口を良く知る仏像は、しぶしぶ着替えながら片眉を上げる。


「シャモさん。本気でうどん粉病Tシャツで大会に出る気ならホーム/アウェイ用の色を決めなくては。大会要項たいかいようこうを読んだところ、二大会ともTシャツにビブス着用での参加は可能ですが、Tシャツの色は統一するようにと」


「それそれ、そこなんだよ松田君。試作で色違いを作りすぎてさあ……。そこで政木五郎まさきごろう様と松田松尾様に折り入ってご相談が。モデル料は弾みますので、是非に是非に。そのオリジナルTシャツを着て」

 シャモが商売人の顔で仏像に近づく。だが、仏像はふんと鼻を鳴らしてそっぽを向いた。

「ここで美濃屋みのやのモデルをやったら、途中で無理言って下りた相手に申し訳が立たねえ、それにその事で大揉めした俺の両親が」

「僕はモデル体形でもモデル顔でもないですし。何でまた僕を」

 話の雲行きに不穏な空気を感じた松尾は、話を強引に逸らした。


「松田君は濃紺のうこんや黒の和装が似合うの。滅多に着られない高い着物も着放題。頼むよ。『十五歳の夏』 えーっと、文字のフォントは」

「モデルは下野しもつけにやらせろよ。キュート系男子ってくくりでTシャツと甚平じんべいでも着せときゃちょうど良いだろ」

 松尾の『意図』に乗ったシャモが熱弁をふるう。すると仏像がいつもの調子に戻って下野しもつけをからかった。


「何でっすか。もしかして俺がサッカー部で落研の部費から経費で落ちんから、Tシャツをモデル代代わりにしようとかそう言うアレっすか。事情も言わずに袖を通させた後になって。ひどいっす。押し売りっす」


「そうだそうだこの悪徳業者ああ。大富豪の藤崎家の婿になる上に、これ以上私腹を肥やしてどうする気だあああ」

「頼む、その苗字はせめて学校内では聞きたくなかった」

 下野に便乗して悪乗りする三元さんげんに、シャモは一気にテンションを落とした。


「俺が欲しかったのは『普通』の彼女。高三の夏だよ。花火だよ、海だよ、恋だよ。制服着て一緒に下校するラストチャンスだよ。それを寄りにもよって。餌、お前が蒔いた種だぞ。責任もって何とかしろって」

「留年すれば解決ですよ。おお我ながら何と素晴らしいアイデア」

「どこがだよ!」

 頭を抱えてピッチ脇にしゃがみこんだシャモの視界に、やたら高そうなスーツを着込んだ男の脚が飛び込んだ。

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