10-2 人は見た目が九割五分?!

「落研改め草サッカー同好会諸君。びしっと強そうな写真を撮りましょう。人は見た目が九割五分です」

 一介の教員にあるまじき高級スーツ姿の多良橋たらはし

 その後ろから顔を出したのは、放送部長の青柳。

「出たな青柳部長! 今度は一体何を企んで」

 松尾は野獣の勘で青柳に警戒の目を向けている。


 落研改め『草サッカー同好会』こと『落研ファイブっ』の活動にちょいちょい絡んでくる放送部長の青柳。

「今日写真を撮るなら前もって言え。色々準備が必要だろ」

 この何を考えているか分からない胡散臭い男と同じクラスの仏像は、いぶかしさを隠しもしない。

「多良橋先生みたいにコンシーラーやファンデーションを塗る?」

「どうりていつもよりてかつやしていると思ったら……」

 一同は、つま先から頭のてっぺんまで妙に決まっている多良橋を冷ややかに見た。

 その後ろでは、まるでメイクアップアーティストのような道具箱を持った一人の放送部員の姿が。


「放送部は文字通り放送に関わる全ての作業を網羅しているのか。って君は元落研の……。ペン回し君、じゃなかった麺棒君?」

 興味津々にメイクボックスをのぞき込むシャモ。


「そうですよ。麺棒眼鏡めんぼうめがね君の隠れた才能はメーキャップ技術とペン回し。特殊メイクもペン回しも名人級です。あなたがたは彼の能力を上手く活用できませんでしたが、我が放送部に来ればほらこの通り」

 元落研の幽霊部員にして、松尾の初部活時に対応したペン回しモブキャラ。

 名は体を表すのことわざ通り、姓は麺棒、名は眼鏡。

 あだ名だと誤解される名前の彼は、二枚の写真を誇らしげに見せる。元落研の幽霊部員たちの『ビフォーアフター』だ。


「整形なしで?! これは千景ちかげおばさんの仕事が無くなるレベル」

 驚愕きょうがくもあらわに、一同は麺棒めんぼうが差し出した二枚の写真を見比べた。


「僕の見た目も若く出来るかな。加奈さんと歩いていた時に職質しょくしつを食らっちゃって」

 見た目年齢四十代の天河てんがが、すがるように麺棒眼鏡めんぼうめがねを見る。


「俺もバスに乗ってたら『前のおじちゃんに怒られるから静かにしなさい』って。乗客は、俺と後ろの席に座った母子の計三人だけ。運転手さんも女だったし」

 長門ながともプロレス同好会あるあるだと相づちを打った。

 髪型やファッションの影響かもと助け船を出したにもかかわらず、制服着用でその有様だと船を転覆させる天河と長門。

 麺棒は青柳と多良橋をちらりと見ると、二人をポップアップテントへと連れて行った。



「お待たせしました。天河てんが長門ながとご両名の華麗かれいなるビフォーアフターをご覧ください」 

 麺棒眼鏡めんぼうめがねの一声で、全員の目が天河と長門に向く。

 部員達のどよめきに、天河と長門は照れ臭そうだ。


「麺棒君。後で俺もシュッとするメイクやって! むしろ今! 小顔矯正頼む。今日はちょっとむくみ気味だから」

 ちょっとではないほど標準体重をオーバーしている三元さんげんがごねたが聞き入れられず、大会エントリー用の写真撮影は進む。


「はいお疲れ様ですっ。多良橋たらはし先生、どれにしましょう」

 撮影者の青柳から写真を選ぶように頼まれた多良橋たらはしが指した一枚は、自分が一番若々しく映っているものだった。


「俺白目だしこんなの絶対嫌なんだけど。別の写真にしてくださいよ」

 人は見た目が九割五分。

 そう心得る多良橋は、三元の懇願に頑として応じない。

「フォトショ掛けときますから大丈夫大丈夫。じゃ僕らはこれでっ」

 逃げる様に青柳と麺棒が退出すると、多良橋は両手を叩いて一同を集めた。


「一応確認しておくぞ。今度の土曜日の練習試合は金沢八景かなざわはっけい駅に朝七時集合。三元は仕出し係で俺(多良橋)と一緒に直接現地入り。駅での引率役は政木まさき(仏像)。松田君と飛島君は欠席」


※※※


「三元、柔軟しろよ」

 部活が終わって最寄り駅へ。

 普通電車に乗る三元にお決まりのセリフを送ると、一団はいつもの特急に乗り込んだ。だが、いつもの面々に加えて、横須賀住みの天河てんがも乗り込んでくる

「加奈さんと待ち合わせがあるので」

 餌が頼まれたはずの江戸加奈(エロカナ)の護衛役を押し付けられた天河。だが、本人は見た目年齢四十代の顔を心なしかほころばせている。


「天河君、押し付けておいてあれだけど……。本当にあの仁王に満足なの。性格だってヒドイ。僕なんて小学校の吹奏楽クラブ以来八年も下僕扱いで散々だよ。中学から学校だって別になったのに!」

「加奈さんは素敵な人だよ」

 加奈にいたぶられ続けた餌の発言をかき消すように、天河は低い声でつぶやいた。


「それならとっとと加奈先輩と付き合ってもらえる? 僕は一刻も早くあの吹奏楽部の獄卒から解放されたい」

「そう言われても。加奈さんはこんな見た目年齢四十代の男の事なんて……」

 見た目年齢四十代のピュアボーイ・天河龍彦てんがたつひこ(通称彦龍ひこりゅう)は耳まで赤く染めて下を向く。


「良いよなお前らは青春してて。何で俺はこんな事になっちまったんだか」

「何が不満なんですか。シャモさんは高三にして逆玉の輿で人生勝ち組確定。しかもあんな美人と。これに文句を言う気が知れません」

 やさぐれたように吊革をもてあそぶシャモに向かって、松尾はシャモに向かって藤崎しほりを猛プッシュ。

「松田君って『お百度参り(しほり)』がタイプなの。この前も美人認定していたような……。あれ、白蛇の化け物疑惑濃厚だよ。大丈夫」

 餌が信じられないものを見るように松尾をのぞき込んだ。


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