9-6 白蛇の塚守り(下)
「あんたみたいなトントンチキにはもったいないぐらいの話さね。四の五の言わず、
三人の老人と五人の男子高校生。
並みいる男達を
「あんたは前世だか前々世だかで、沼に溺れそうになった子供を助けた。それが恩返しに来た。そう言う事だよ。披露宴の仕出しはうちが任されるから安心おし」
「そうは言っても大女将(みつる)。逢引の内容を一切覚えてないってのは、夫婦になるにしたって味気が無い。
それに、『牡丹灯籠』みたいな話になるかもだなんて縁起でもねえ。
くわばらくわばらと肩を震わせながら、うち身師匠が
そんなうち身師匠の姿にカラカラと笑うのは、野毛の大師匠として知られる落語家・葛蝉丸師匠。
「『牡丹灯籠』ってのはね、うち身師匠。ありゃ
シャモを見て『これが新三郎役なら漫才にしかならないよ』と言いながら肩を震わせる葛蝉丸師匠。
師匠の言に一同がどっと沸くのを見計らってから、葛蝉丸師匠はずいっとその顔をシャモに近づけた。
「七十年以上色々な噺を掛けて来たアタシの勘だけどね」
まるで怪談噺の語り出しのような不気味な迫力に、シャモは思わず後ずさる。
「お嬢さんは若い娘さんらしく恋に恋してのぼせ上っているだけ。話が出来ないのだって若い娘らしい恋煩い。良くある事さ」
葛蝉丸師匠は、しほりの行動を良くある事と一蹴。
「いや、だから白蛇の」
屋敷稲荷ならぬ屋敷弁財天。
そこまで気に病む事ではないと、蝉丸師匠はシャモの反論を切って捨てた。
「『
これにて一件落着。
往年の時代劇の真似をしながらテーブル席に戻りかけた葛蝉丸師匠。だが、郷土史家の滝沢さんの声に、蝉丸師匠の足が止まった。
「そう言えば……。藤崎家の遠い祖先は神職で、南北朝時代に勢力争いに巻き込まれて神社自体を乗っ取られて追放されたのでした。その後、確か
「ふむ、
葛蝉丸師匠の目の色が変わった。
「坊ちゃん、ペンと紙を貸しとくれ」
三元からペンと紙を受け取った葛蝉丸師匠は、鬼神のような勢いで頭に浮かんだ創作落語のアイデアを書きつけ始めた。
御神体を奉じて命からがら逃げだした娘は流浪の果てに行き倒れ。それを哀れんだ御神体が娘の亡骸に乗り移って娘は不死の者となる。
大山の麓、
それから更に時代は下り、文化年間――。
「『不死だったはずの娘が不死性を失う。時は移って
「で、俺はどうすれば」
めいめいに好き勝手を言う四人の老人に挟まれて、シャモは途方に暮れた。
「そりゃあんた祝言を挙げるのが正解さね」
「でもそれが嫌だからこうして」
みつるの猛プッシュにイヤイヤと首を振るシャモに、それまで黙って話を聞いていた加奈が助け舟を出した。
「結局みのちゃんがしほりとどうなりたいかが全てだよ。別れたい? しほりが嫌い?」
加奈の問いに、シャモは眉を寄せて右手をあごに乗せる。いつもはすぐに混ぜっ返す餌も、珍しく黙ってシャモの発言を待っていた。
「一緒にいる間の記憶が飛ぶなんて。好きになる以前の問題だ」
シャモの発言は常になく真剣味を帯びていた。
「しほりちゃんと面と向かって話がしたい。俺の意識がはっきりした状態でしほりちゃんの真意が聞きたいし、俺が何をしているのかを俺自身が覚えていたい。その上で、しほりちゃんが俺たちの前だけで人間の形を取っているなら……。別れたい」
どうどう巡りのまま、時計の針が午後六時を回る。
予定があるため松尾が席を立ったのをきっかけとして、話し合いはお開きとなった。
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