第4話(下‐続) 大会

〔シ〕「あれ、そう言えばえさは」

 ビーチサッカーピッチに掛けられたブルーシートを外したシャモは、その手を止めて辺りを見回した。

〔仏〕「エロカナ(江戸加奈)の護衛係として横浜駅に行った」

〔下〕「エロカナ? あのセクハラシーサーに護衛なんていらんし」

 練習試合の見学に来たエロカナ軍団にもてあそばれた下野が、首を横に振る。

〔仏〕「それが、横浜駅東口でエロカナを襲った命知らずがいたんだよ。冗談抜きの警察案件」

〔下〕「マジっすか。エロカナを襲おうなんてどんな勇者っすか?! あれはエロ仁王変態シーサーセクハラ獅子舞っすよ!」

〔仏〕「男の二人組。餌が気づいて大事にはならなかったが、カバンをひったくって逃走中。カバンも出てこないままだ」

〔下〕「何スカそれ横浜怖えっす。パねえっす」

 逗子ずし在住の下野しもつけがぶるぶるしていると、プロレス同好会の二人がやってきた。


〔シ〕「お疲れ。あれ天河てんが君は休みか」

〔長〕「単発バイトに行きました」

〔服〕「加奈さんの護衛のために、交通費と小遣いが要るらしいっす」

〔シ〕「あれ、えさが護衛係じゃないの」

 長門と服部の報告にシャモが目を丸くしていると、多良橋が出席簿片手に顔を出す。


〔多〕「今日ははん(餌)がいないのか。あと天河も」

〔服〕「天河は単発バイトです」

〔多〕「天河は助っ人だからな……。でもはんは正規部員だろ」

〔仏〕「餌は日曜日の練習試合に出た分の休みをとるって」

〔多〕「どうしたの。もしかしてぽんぽん痛い痛い?」

〔仏〕「聞いてないのか。あんた餌の担任じゃねえか」

 その言葉に多良橋はしばらく固まると、あーっと大声を出した。


〔多〕「横浜駅のひったくり犯がつかまったか。面通し?!」

〔仏〕「そんな事態で警察に行くなら、警察から学校に連絡があるだろ。違うって。横浜駅で襲われかけた江戸加奈えどかなさんの行き帰りの護衛を、彼女の母親から頼まれたらしい」

〔多〕「それなら今後の部活はどうする気だ」

〔仏〕「だから帰りの護衛役を天河てんがに押し付けたらしい。けど今日は天河てんがが単発バイトを入れたから」

〔多〕「そう言う事か。まあ良い。ならば二人には休日は完全出勤してもらう」

 その言葉と同時にずびしっとA4版の紙二枚を部員に突きつけた。


〔多〕「本日から大会に向けて猛特訓だ。予定は開けておけよ」

〔仏〕「結構大きそうな大会じゃねえか。七月第一週に八月最終週か」

〔シ〕「マジで大会に出るの。トーナメントだって。面倒だし初戦で負けようぜ」

〔仏〕「そもそも大会のレベルはどうなんだ。俺たちは初心者だぞ。場違いにならないのか」

 仏像は多良橋からビラを受け取ると、目を細めて大会要項を熟読する。その横から、下野がひょいと仏像の手元をのぞき込んだ。


〔多〕「ビーチサッカーの現役選手および協会関係者複数のアドバイスを受けて、桂先生が選んだのがこの二大会だ」

〔仏〕「矮星わいせい(多良橋)が思い付きで選んだ訳じゃないなら、まだ少しはマシか。でも七月が屋内で八月が屋外開催。気候的には逆の方が楽だよな」

〔下〕「協会とのパイプがあるなら、サッカー部の活動自粛かつどうじしゅくをを解くために使って欲しいっす」

 サッカー部の顧問である桂が選んだ大会と知り、サッカー部を休部して助っ人に来ている下野しもつけが恨みがましい目で多良橋を見る。


〔多〕「『処分』じゃなくて『自粛』だから、逆に協会側もどうしようもないのよ。変に理事長を突っついて意固地にさせなければ、夏休み明けからは活動出来ると思うぞ」

〔下〕「それじゃ遅いんすよ。冬の選手権の予選は七月から始まるんっす!」

〔多〕「そう言われても」

 下野しもつけがリスのような目で多良橋に訴えるも、多良橋は困ったように眉根を寄せるばかりであった。


※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。

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