第4話(下‐続) 大会

 シャモの松尾に対する脅しは空振りしたまま、部活の時間を迎える事となり――。


「これ本当に不思議っすね」

 シャモの二の腕にわずかに残った梵字シールに手を伸ばそうとする下野。

 その動きを仏像は鋭い声で制する。


「まさかこの梵字シールがナノチップでうんぬんかんぬん。そんな『ゆんゆん』愛読者みたいな発想は止めろよな。うちのばあちゃんじゃあるめえし」

 頭に使い古しのタオルを巻いた三元は、よっこらしょういちと言いながらミネラルウォーターのボトルに手を伸ばす。



「それがさあ……。しほりちゃんの母親が美濃屋に来て、二か月分の売上に相当する買い物をしていったんだよ。日曜に初めて二人で会った子と付き合っている事になっていて、火曜には親がやってくるって。これってどうよ」

「外堀を完全に埋めに来やがったな」

 絶望したようなシャモの声に、三元は飲んでいたミネラルウォーターを吹き出した。


「つまり、餌さんの思惑通りに生霊を押し付けられたって事っすか」

「シャモさん。僕らの前で交際宣言したのはまぎれもない事実なのですから、いっそ『最後まで』突っ走りましょう」

 下野と松尾に言い返したくなるシャモであったが、『駐輪場』の件を口走られたくはない。

 後で締めると心中でシャモが地団太を踏んでいると、飛島が顔を出した。


「餌さんは加奈さんの護衛で部活休みでしたっけ」

「あのセクハラシーサーに護衛とか。餌さんだって断ったらええのに何で」

 エロカナ軍団に練習試合の際にセクハラまがいの仕打ちを受けた下野が、飛島に向けて思いっきり口をとがらせる。


「餌は別件で休み。だけど、学校帰りに横浜駅東口で襲われかけたのは本当の話。マジで警察案件」

「嘘でしょ。どんな勇者?! あいつ仁王でシーサーで獅子舞っすよ。エロカナ軍団の長っすよ」

 横浜こえーなと逗子在住の下野がぶるぶるしていると、着替えを済ませた服部と長門がやってきた。


 服部と仏像から餌と天河の代休報告を受けた多良橋は、出席簿に挟んだA4版の紙を取り出した。

「その代わり、二人には休日出動してもらう。皆も土日の予定は空けておけ」

 多良橋はA4版の紙を部員に突きつけた。そこには今後の練習試合と本番試合の予定がびっしりと書き込まれている。


「今日からはこの二大会優勝を目標に練習するぞ」

 一つ目は七月頭。二つ目は八月最終週。その合間を縫うように練習試合も組まれている。

 A4版の紙を渡された松尾が、むむとうなり声を上げる。松尾はこう見えて多忙な高校一年生なのだ。


「試合に出る出るとは言うけれど、肝心の大会レベルは。俺たち確かに柿生川小OB会相手に虐殺スコアをかましたが、初心者中の初心者だぞ」

Fear not心配ご無用 .桂先生の伝手でビーチサッカーの現役プロチームおよび協会関係者複数の証言を得た上で、我ら『落研ファイブっ』に最適なレベルだとの結論に至った大会がこれだ」

 仏像の質問に多良橋は胸を大きく張る。


「協会とのパイプがあるなら、サッカー部の活動自粛をを解くために使って欲しいっす」

 サッカー部の顧問である桂が選んだ大会と知り、サッカー部を休部して助っ人に来ている下野が恨みがましい目で多良橋を見る。


「『処分』じゃなくて『自粛』だから、逆に協会側もどうしようもないのよ。変に理事長を突っついて意固地にさせなければ、夏休み明けからは活動出来ると思うぞ」

「それじゃ遅いんすよ。冬の選手権の予選は七月から始まるんっす!」

「そう言われても」

 下野がリスのような目で多良橋に訴えるも、多良橋は困ったように眉根を寄せるばかりであった。


※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。

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