第4話(下)駐輪場

 新香町美濃屋しんこちょうみのやにしほりの母親が乗り込んだ翌日。

 HR前に深刻な顔でシャモから手招きをされた松尾は、眉をひそめながら廊下へと出た。

 

「松田君、は後生だから言いふらさないでくれ。この通り。頼む」

「『駐輪場』の話ですか。言う訳ないでしょ。それに、三年生にそんなにペコペコされても悪目立ちなので止めてください」

 土下座する勢いで頭を下げたシャモに、松尾は頭を上げる様に頼む。


「それで、松田君は肝心な所は見ていないんでしょ。頼むよ、お願い見てないって言って」

「僕が見たのは予告編。制服着用でしたね」

「じゃじゃじゃじゃ、いちゃいちゃで終わってた可能性も」

「だったら多良橋たらはし先生からもらった『超極薄』が三枚減っていたのは、どう説明を付けるつもりですか。まさか自己処理用とは言わせませんよ」

「だよねえ……」

 その言葉に、松尾の肩を両手でつかんでいたシャモはがっくりとうなだれる。


「それで、その後しほりさんから連絡は」

「昨日の晩飯の内容と『(´ε`)チュッチュ』のスタンプが来たぐらい」

「今の所は平穏、と。寝た子は起こさないに限ります。シャモさん、かくなる上は腹をくくって生贄いけにえになるしかありません」

「無茶な! そもそも記憶が完全にぶっとんでるレベルなの。いつ告白されたかもOKしたかも分からないまま既成事実きせいじじつが積み重なって行くなんて! そんなのホラー以外の何物でもねえよ」

「でも『超極薄』三枚分を取り返すのは無理。もはや残された道は大人しく付き合うだけ。で、取引って何ですか」

 駄々をこねる子供のように首を横に振るシャモに、松尾の目は冷たい。


「仏像に餌付けしてるんだって。あの子チョロいから行けるって。応援してるから」

「駐輪場」

 シャモが何を言いたいのか分からず一瞬困惑した松尾。

 言わんとすることをにやつき顔から察すると、無表情で捨て台詞を吐いて教室に戻って行った。

 そしてシャモの脅しが空振りしたまま、部活の時間を迎える事となり――。



〔仏〕「昨日の写真より、さらに心持ち小さくなってねえか」

〔下〕「本当だ。月曜日とは全く形が変わってる。これ本当にシールだったんすか。怪しい」

 部活前の着替え中に、仏像は『キリーク』の梵字ぼんじシールが貼られていたシャモの左二の腕をじっと見つめる。

 その横からぬっと手を伸ばした下野しもつけ

〔仏〕「やめろ!」

 梵字ぼんじシールの残骸ざんがいに伸ばされた手をさえぎるように、仏像が鋭い声で制した。


〔三〕「まさかこの文字がシャモを操って記憶を飛ばしたとか。そんな『ゆんゆん』愛読者みたいなオカルトに走るなよ。うちのばあちゃんじゃあるまいし」

 頭に使い古しのタオルを巻いた三元さんげんが、ミネラルウォーターのボトルに手を伸ばしながら呆れ顔で仏像を見る。


〔シ〕「それがさあ……。しほりちゃんの母親が美濃屋みのやに来て、二か月分の売上に相当する買い物をしていったんだよ。日曜に初めて二人で会った子と付き合っている事になっていて、火曜には親がやってくるって。これってどうよ」

〔三〕「外堀を完全に埋めに来やがったな」

 絶望したようなシャモの声に、三元は飲んでいたミネラルウォーターを吹き出した。


〔下〕「つまり、えささんの思惑通りに生霊を押し付けられたと」

〔シ〕「全く厄介やっかいな事になっちまった」

〔松〕「シャモさん。僕らの前で交際宣言したのはまぎれもない事実なのですから、いっそ『最後まで』突っ走りましょう」

 ぼやくシャモに、松尾の鋭い視線が飛ぶ。

 松尾に『駐輪場』の件を口走られたくない一心で、言い返したくなるのを何とかこらえたシャモはブルーシートを外した。


※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。

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『落研ファイブっ』アナザーストーリー モモチカケル @momochikakeru

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