Trash

sui

Trash


ゴミを捨てよう。

ゴミは捨てよう。


娯楽と快楽が有り余る世の中。

利便は高まり、選択肢も大いに増えて最早飽和のラインも目前かという状況である。

便利な事は素晴らしく、楽しい事もまた素晴らしい。

そうは言いつつ、昨今足を置き損ねたのか人の道から外れたようなニュースが姦しく聞こえ、何だか後ろめたさと不快感を覚える事が多くなった。

まさかまさか。自分はあれとは違う。

そう言い聞かせてはみるものの、近しい周囲を眺めてみれば大した姿をしておらず、碌な話も聞こえてこない。そして世間から見れば自分もあの一味である。


果たしてこのままで良いのだろうか。何だか悪い事をしているような気がしてならないのだが。


そんな折、ふと断捨離という文字が目に入った。

物に溢れた状態は良くないらしい。場合によっては運が下がって不幸になる人間もいるのだとか。


成程、確かにこの家には物が多い。

思い入れがある、買った時の値段が高かった、それなりの場所で売ればいい値段になるかも知れない。そう思いながら惰性で抱え込んでいる物がないとは言えない。

何か唆されているようでもあるが、試してみるのも悪くはない。



暫くはグズグズとしていた。しかし思い切って一つを捨てた。

すると取っておいた事が馬鹿らしい程あっけなくそれはなくなった。

困る事はない。後悔するかと思えばそんな事もない。


なんだ、こんなものか。


そう思うと気が楽になり心も軽くなった。

何よりまともな人間になれたような気がした。


一つを捨てた、また一つを捨てた。

開けてみれば奥底からとんでもない状態になった物が現れる。いつ手に入れたのか分からない物まで出て来る。


どうしてこんな物を持っていたんだ。この部屋の何処にこれ程の物がしまっておけたんだ。

捨て続けている内、室内にスペースが出来た。溜まった埃を取り除き、窓を開ければ綺麗な空気が入って来る。


あれも捨てる、これも捨てる。

無駄が多い。同じ物が二つ三つと発見される。そもそも自分で入手したのか危うい物さえある。

こんな無駄だらけでは碌でもないと言われて当然だ。


部屋が明るい。

実に清々しい。成程、断捨離は良い事だ。だからこうしていればきっと幸せになれるに違いない。


ここまで来ると、物自体が悪い存在のように思えて来る。


あれも捨てられるだろう、これも捨てられるだろう。


分別の難しい物を捨てようとすると頭を使う。大きな物を捨てようとすれば体を使う。

疲労もあったが、汗をかき血の巡りが良くなった気がした。


「何だか最近元気そうですね」


初めてそんな言葉をかけられた。しかも同じ趣味を持つでもない、知り合いとすら呼べない関係の女性に。人生、今までこんな事はなかった。

緊張をしてしまってまともに返事が出来たか分からない。けれども彼女は微笑んでいた。

ああ、やはり正しい行いなのだ。


捨てる、捨てる、捨てる、捨てる。


そろそろ部屋の中が寂しくなってきた。

他に何を捨てればいいだろう。改めて自分を見直してみれば、スマートフォンが目に止まる。

ここにも不要な物が溜まっている。


ダイレクトメールを処分した。アプリの通知を消した。そもそも大して使わないのに入れっぱなしのアプリが多い、それも消す。

世間の雑音ばかりを連れて来るSNSを捨てた。同時に耳障りが良い事ばかりを垂れ流すインフルエンサー、年に一度も話をしないネット上の知り合いも捨てた。そのまま文句の多いネット経由の友人も捨てた。そしてこちらの話を聞いてくれない現実の友人を捨てた。


時折猛烈に沸いていた不快感がなくなった。

どうして今までこうしなかったのだろう。

捨ててみればただの負担でしかなかったとはっきり分かる。

もっともっと、捨てるべきだ。


割に合わない仕事を捨てた。忌々しい上司を捨てた。無能な部下を捨てた。金食い虫の老人共を捨てた。口喧しいばかりの親を捨てた。



捨てる捨てる捨てる捨てる捨てる捨てる捨てるるるるるr捨てる捨捨捨てスてる捨てる捨てる捨てる捨てる捨てててててて捨てる。



綺麗さっぱりなくなった。

本当に何もなくなった。


掃除はとてもしやすくなった。

衛生的な問題が減れば病気等にはかかりにくくなるだろう。

ゴミを捨てるのは難しかった。今更捨てる前程に物を集めようとも思えない。結果としてこの先の出費も抑えられるだろう。


しかし、綺麗になった床から夢や希望が沸いてくるでもない。今まで選んでこなかった道が突如開かれるという事もない。これから何をしたら良いのか、ピンと来るものがない。

ゴミに埋もれている間には、寧ろ見なくて済んだものが目に入ってくる。


ガランとした部屋。

物と過去以外にしがみ付く物がなかった虚の自分。


正しい行いであった筈だ。運が良くなると聞いた。それでも幸せになるにはまだ足りないのか。

手元に残ったものはあと一つだが。



仕方がない、縄をかけよう。

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