琉球の燃焼

@Amami_official

第1話 脱殻(廃稿)

1945年、沖縄の空はまるで巨大な鉄板のように重く垂れ込め、大地を押し潰していた。戦火は猛烈な嵐のごとく島全体を襲い、砲声と爆音が絶え間なく響いていた。12歳の少年、尚心(しょうしん)は、荒れ果てた廃寺の中に身を縮め、硝煙に覆われた空を茫然と見つめていた。


数日前、彼の両親は米軍の爆撃を逃れようとして、日本帝国の兵士に捕まり、崖から飛び降りることを強要された。母は彼をしっかりと抱きしめ、涙ながらに兵士たちに哀願したが、その冷酷な顔には微塵の情けもなかった。やがて、母は尚心の手を放さざるを得なくなり、父と共に死の淵へと突き落とされた。尚心は兵士に地面に蹴り倒され、耳には母の最後の叫びと父の掠れた声での言葉が残った。「心よ、生きるんだ……必ず生き延びるんだ!」


その瞬間、尚心の世界は崩れ去った。彼は崖の端にある草むらに身を潜め、両親の姿が霧の立ち込める崖の下に消えていくのを見送った。夜が訪れ、寒さと恐怖が獣のように彼の心を引き裂いた。彼は一人取り残され、この傷だらけの地で孤独に戦火の中に放り出されたのだった。遠くから聞こえてくる砲火の音とかすかな泣き声だけが彼の伴侶となった。


尚心は、自分が生き延びなければならないことを知っていた。母が残した、奄美民謡が刺繍された小さな布切れを握りしめ、それが彼と故郷を結ぶ唯一の絆だった。尚心は奄美を一度も訪れたことがなかったが、母は夜ごとにその故郷の歌を彼に歌い、美しい自然と素朴な人々の生活を語って聞かせた。「心よ、戦争が終わったら、私たちは奄美に戻るんだ、静かな海辺に帰るんだ」と、母はよくそう言っていた。


だが、今では彼一人だけが残されていた。幻想の中の故郷に戻ることはできず、明日を迎えることができるのかさえわからない。しかし、尚心には明確にわかっていることがあった。どんなことがあっても生き延びること、それが自分のためだけではなく、両親の未完の願いを叶えるためなのだ。


沖縄の戦闘は激しさを増し、島の隅々までが血に染まっていた。尚心は廃墟の中で食糧と水を求めてさまよい、敵兵の巡回を避け、戦争の影に怯えながらも必死で生き延びようとしていた。夜になると、彼は冷たい地面に横たわり、耳元で母の優しい歌声が聞こえるような気がしていた。それは彼にとって唯一の慰めであった。


苦難の中で時間はゆっくりと流れ、尚心の身体は徐々に衰弱していったが、彼の意志はますます強くなっていった。戦争が永遠に続くわけではない、いつかは終わりが来る。その時まで、自分は必ず生き延びなければならない、父の最後の言葉を守るために。


戦争が進むにつれ、米軍の攻勢はさらに激しくなり、日本軍の防衛線は崩壊し始めた。尚心は、死の影が少しずつ遠ざかっていくのを感じると同時に、自分が生き延びるための環境がますます厳しくなっていることを悟った。ついに激しい爆撃の後、尚心は沖縄の戦いが終わりに近づいていることを感じ取った。


空には徐々に雲が散り、破れた雲間から尚心の上に陽光が差し込んできた。彼は顔を上げ、久しぶりに青空を見上げた。それは戦争が始まって以来、初めて平和の気配を感じた瞬間だった。尚心は、この平和が遅すぎたことを理解していたが、それでも一抹の希望を抱いていた。


尚心は疲れ切った体を引きずりながら、島の南端へと歩みを進めた。そこでは、日本軍の最後の防衛線が崩壊しつつあり、米軍の旗が次々と高く掲げられていた。尚心は小高い丘の上に立ち、この荒廃した地を見下ろしていた。彼は、戦争が終わったことを悟った。


しかし、尚心の心には少しの安堵もなかった。彼は南の方角、奄美群島の方へ目を向け、心の中で静かに誓った。どんな未来が待ち受けていようとも、自分は必ず母が夜ごとに思い焦がれた故郷に戻り、両親の未完の願いを果たし、自分にとっての静けさと安らぎを追い求めるのだ、と。


戦争は終わった。しかし、尚心の旅はこれから始まるのだ。この戦火に洗われた土地で、彼は幼い肩に両親の遺志を担いながら、前へと歩み続けることになるだろう。

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