第39話『ぼーいずらぶ』


 毎日のように遊び、時には宿題を進め、愛する彼女たちと夜の時間を楽しんだりとしていくうちに夏休みはあっという間に過ぎ去っていった。


 あの日――『無地来白くんに新たな恋を与えよう作戦』以降、朱奈へと無地来から連絡が来ることはなくなった。

 翠に様子を尋ねてみたが『いつもとなんら変わりないです』と目に見えて変化はなかった。


『ただ……唐突に叫ぶようになったです』

『叫ぶ?』

『はい、なんか突然考え込んでいきなり頭を抱えながら叫ぶんです。正直気味が悪いです』


 作戦が成功したのか失敗したのかはわからないが、少なくとも朱奈が過去を断ち切り、余計なストレスを抱え込まなくなったということだけで、俺的には文句ない成果なのではないだろうかと思った。


 そんなわけで本日より気怠い学校生活の再開である。

 あーめんどくさい。


 でも……。


「……ん? ウサどうしたの?」


 隣で腕を組んで歩くアオの姿を見やる。

 1学期と違うことは、同棲を始めたアオと一緒に登校が出来るということだ。

 これなら面倒くさい学校も、まぁ悪くないかななんて思えるようになる。


 ――夏休みの間、俺はアオを連れて彼女の母親の元へ行った。


 久しぶりに家へ帰ってきたアオ自身と、俺を連れてきたことに対し、彼女の母は驚いたような表情になりながらも……。


『そう、あなたも私と同じなのね』

『同じじゃない、わたしとウサはラブラブ、一生離れない』

『あなたのお父さんも同じようなことを言って私の元から去っていったわよ』

『その時はわたしは命を絶つ、自分の子供をわたしと同じ目にあわせない』

『ちょ、ちょっと碧依さん……?』


 なんすかそのガン決まりの覚悟。

 てか逃げる気なんか毛頭ないし、アオが死ぬとか冗談でも口にしないで欲しい。


『ウサは大丈夫、信じてる』

『当たり前じゃん、むしろこっちが逃がすつもりなんてないからな。俺は自分でも知らなかったぐらい嫉妬深くてわけわかんない悪夢見ちゃうほどなんだぞ』

『ん、ずっと貴方の傍にいる』


 そう言って母親の前でも変わらず俺に口付けをしてきた。

 このメンタリティはさすが恋愛強者の氷音碧依である。


『……好きになさい』


 そう言ってアオのお母さんは言い放った。

 そして帰り際にひとつの分厚い封筒を渡して。


「……結局アレの中身なんだったんだろ」

「ウサ、開けてないの?」

「アオの断りもなく開けるわけないだろ……まぁ実は想像はついてるけどさ」

「わたしも」


 中身は恐らく……お金だろう。

 そして去り際に見せた彼女の後悔した表情と『……ごめんなさい』という呟きはしっかりと耳に残っていた。


「子供が出来たら……」

「うん?」

「子供が生まれて落ち着いたら……またお母さんの所へ会いに行きたい」

「……だな、孫の顔見せてやろうぜ」

「ん、野球チーム作れるくらい頑張る」

「え、9人も産むの? テレビに帝さん大家族で特集されたいの?」

「ベンチ入りも考えないと、最近の甲子園は20人に枠も増えたから」


 アオの考える未来設計はとんでもなくデカいようだった。

 子供は欲しいが彼女の身体がなによりも一番大事なのでそこは無理してほしくない所。

 

「おーっす今日もラブラブじゃん」

「まだ暑いのによくもそんなにくっ付いていられるねぇ」

「ぶい」


 アオと将来のことを話していると、いつもの親友二人と合流する。

 夏休み期間もほぼ毎日顔を合わせていたので久しぶりという感情は湧かない。


 あの日の話に戻るが――。

 あの後無事ヒロシ家まで戻ったユーリは即ヒロシのパソコンを破壊しヒロシとソーマをボコボコにした。

 家へと戻った俺、朱奈、翠が目撃したあの地獄絵図を忘れないだろう。美少女(男)が男二人の屍の上に立ち尽くしていたのだから。

 アオはのんびりテレビ見てたけど。


 以上回想終わり。


 いつものように校門に行くと風紀委員が挨拶活動をしている。


「ウサ先輩、アオ先輩おはようございます!」

「おはよう」

「おはよう翠、初日から頑張ってんね」

「はいです! 親友1、2もおはようです」

「ういーっす」

「おはよう~」


 朝から委員会活動に精を出す翠と挨拶を交わす。

 二人への呼び名も相変わらずだ。


「むぅ、先輩たちが一緒に登校するの羨ましいです」

「むふふ、ぶい」


 膨れっ面をする翠に対し、いつものVサインで勝ち誇るアオ。


「この間も言ったけどさ、近々挨拶に行くからそしたら翠も……」

「……はいっ、お父さん最近シャドーボクシングが趣味になってるみたいで毎日素振りしてますっ!」


 ひえ……っ。

 何発も殴られるの確定じゃん……。

 

 兄の方といい無地来家に殴られる運命でも染みついてんのか俺は。


「そういやよぉ、妹ちゃんと結婚するってなると」

「無地来はになるよね」

「……今は考えたくない」


 仕方のないことであるが、立場上そうなってしまうのは仕方ない。

 でも嫌だなぁ……アイツのことお義兄さんって呼ぶの。

 

「楽しみに待ってるです、じゃあまた休み時間にっ、授業サボっちゃダメですよ?」

「善処するよ」

「もちろんサボったらとっ捕まえて指導室で楽しいお説教ですよっ!」


 そんな満面の笑みで言われたらサボりたくなるじゃないか。

 

 そんなこんなで翠とは別れ教室へ向かう。

 教室へ入るといつもの顔ぶれが顔をのぞかせる。


「おはようウサくん!」

「おはよう朱奈」


 先に来ていた朱奈が出迎えてくれる。


「お父さんとお母さんウサくんのことすごく気に入ってたよ、また家においでって」

「いやぁ……その節はお世話になった」


 夏祭りでの『無地来白くんに新たな恋を与えよう作戦』以降、朱奈の家へ挨拶に行った。

 内容は勿論朱奈との関係、その他2人とも関係を持っていて、この関係を続けていきたいことを正直に伝えた。


 殺される気持ちで臨み覚悟は決まっていたが、結果としては受け入れてもらえた。


「出会って早々土下座したウサくんに呆気に取られたのもあると思うけどね」

「ありきたりかもしれないけど土下座以外の選択肢はないっしょ」

「ふふっ、だから二人とも気に入ってくれたのかもね。これからもよろしくね、あ・な・た♪」


 まだ早いよと思うけど『あなた』呼びに嬉しくも感じる。

 近い将来仕事を終えて帰ってきたらエプロン姿の朱奈が出迎えてくれる……なんて想像すると今からニヤケが止まらなかった。

 

 それにしても、朱奈のご両親に誠意が通じたみたいでホッとした。

 残すは校門前で話した翠のご両親との挨拶を控えるのみ、こっちも気合入れて土下座しないとな……。

 

 朱奈との話が終わり、続いて一条たちとも挨拶を交わす。


「夏休みは楽しかったね」

「そうだねぇ、プールにハイキングにも行ったもんね」

「この間ヒロシ君の家でやったバーベキュー楽しかったよ、彼は元気?」

「今頃ゲームでもしてんじゃねぇか?」


 いつものように話題に花を咲かす。

 すると離れた席の、アオの前の席の主……無地来が声を上げた。


「佐貫川君!」

「わぁっ、びっくりした」


 朱奈には目もくれずユーリへと声を掛けた。

 もしかして……あの日の件のことだろうか。


「佐貫川君……僕は」

「わ、悪かったって無地来、アレは朱奈のことを君から諦めさせるために、ね?」


 ユーリは慌てて両手を前に出し、手のひらを相手に向け無地来の焦りを鎮めようとする。


「そうだぜ、オレなんてユーリにボコボコにされたんだからよ」

「あれはヒロシとソーマが悪い」


 アオが冷たく言い放つ、指示を出していたのはヒロシだが後ろで面白おかしく笑っていたのが処罰の対象になったらしい。


「白、あの時も言ったけど私はウサくんが……っ」

「いい朱奈、そのことはもういいんだ」

「……え?」


 驚いたような声を上げる。まるで信じられないといったような感じで。


「僕は君に迷惑かける程執着していたんだ。あれから夏休みの間じっくりと考えてわかったよ……本当にごめん」

「そ、そんな……白」

「こんな僕だけど君とはこれからも友達でいたい……どうか許してくれないか?」

「うぅん、白がわかってくれてよかった。私たち幼い頃からの幼馴染だもん。これからもずっと友達だよ」

「朱奈……」


 朱奈の目が潤んでいく、仲違いしたとはいえ二人が幼馴染という関係は変わらない。これからは互いに良き友としてやっていけることだろう。


「それと帝君」

「うん?」

「あの時はたくさん殴ってしまってすまない!」


 今度は俺の方へと向き、無地来は頭を下げる。

 

「……言っただろ? 全然痛くねぇって。気にすんなよ」

「君は……、いやわかった。今度は痛いと思えるように腕を磨くとするよ」

「おう、よろしくなお義兄さん」

「……その呼び名はまだ認めないよ」

「チッ」


 右手を差し出されたので俺の同じように手を伸ばしがっちり握手をする。

 便乗してお義兄さんと呼んでみたがダメだった。

 やっぱり挨拶に行ったら殴られるのかぁ……。


「これで解決」

「ぐすっ……よかった……よかったよぉっ」

「あーもう朱奈泣かないの!」

「ほら私のハンカチ使って」


 アオの言った通りこれで一件落着ってやつだ。


 

 ……いや、そういえば無地来は何か言おうとしていたような?


「それでだ、佐貫川君、いや唯莉君!」

「う、うん?」


 改めて真剣な表情でユーリへと向き直る。

 

 なんだか様子がおかしい、まるでこれから告白をする段階の男子生徒のような面構えである。

 

「君のおかげで僕は……自分に向き合うことが出来た。君が僕の悲しみを受け止めてくれたことで僕は自分に自信を持つことが出来るようになった!」

「そ、そう……」

「だから僕は今度こそ――間違えない!」


 すぅ、と息を吸い次の一言を繰り出そうとしている時。

 俺とソーマは『あぁいつものやつか』と冷めた様子で見ていた。


「僕は君が好きだ! どうか僕と付き合ってほしい!」

「え、ええぇぇっ!?」


 驚きの声を上げたのは朱奈だった。

 先程の涙は引っ込んだようだ。


「ど、どうしちゃったの白!? 急にユーリくんが好きだなんてっ、ユーリくんは男の子だよ!?」


 胸倉を掴み体を揺すりながら無地来へと問いかけているが、一方の無地来は冷静に――。

 

「あぁ知っているさ朱奈。君とあの日別れた後彼女……いや彼に話を聞いてもらったんだ、そこで僕は本当の自分に目覚めることが出来た――性別なんて関係ない、愛は性別を凌駕するってね!」

「は、白がおかしくなっちゃった……、うぅっ、私のせいだぁ……」


 一人盛り上がる無地来、悲しみで崩れ落ちる朱奈。止まった涙が再度溢れ出す。


 まぁ……たしかに作戦名が『無地来白くんに新たな恋を与えよう作戦』だから結果通りっちゃ結果通りなんだが……。

 そもそもアレはユーリじゃなくて仮想女子のユリに恋させるためであってねぇ……。


「ちょっと待てぇっ!」

「なんだ?」


 唐突に教室の扉が勢いよく開かれる。

 そこに立っているのは――誰?


「あぁ、あいつ相川だ。修学旅行で世話んなったんだよ」

「へぇ~」


 どうやらソーマたちは知り合いらしい。もしかするとあの時俺と朱奈が会うための手助けをしてくれた一人なのかもしれないな。


「先を越されるとはね無地来君、まさか君が佐貫川君に告白をするとは」

「僕はもう正直に生きると決めたんだ、もうこれまでの僕じゃないっ」

「ふっ、良い顔つきだよ今の君は」


 なに言ってんだこいつら。まるで少年雑誌のようなライバル的やりとりをするんじゃない。

 呆れながら思っていると話は進んでいく。

 

「だが抜け駆けは協定違反だ。唯莉君を愛する会のひとりとして見過ごせない」

「ツッコミどころ多すぎんだろ」

「ユーリその会知ってっか?」

「知る訳ないでしょ!?」

 

 さっきから相川といい『唯莉君を愛する会』といい、唐突な設定追加多いんだよ。

 

 作者迷走中か?

 少年雑誌の唐突な連載打ち切り最終話にありがちな隠された設定ドカ盛り回か?

 

「だが協定ルールにはこうも定められている。耐え切れず唯莉君へ告白した者が現れた場合……これまでの協定は解消し戦争とするってね!」

「戦争……おだやかじゃない」

「だなぁ……」


 アオに同意する。

 で、結局のところどういうことなんだと。

 

 と、思っていると何か足音が迫ってきていた。


『唯莉君!』

「ひぃっ!?」


 多くの男子生徒が入って来た。中には先輩や後輩男子生徒もいる。


 ……またキャラが追加されたよ、もう名前も名乗らんでいいよ。


 俺がそう思っていると集団の中から一人、眼鏡をかけた上級生らしい男が前に出た。


「諸君、これにて協定は解消だ! これより唯莉君を勝ち取った者だけが勝者となる!」

『うおぉーっ!』

「こっわ……」


 謎の会のアホな男子生徒が一致団結し吠えている光景というのはシュールでしかない。


「さぁ! 唯莉君! 君は誰を選ぶ!?」

「意味わかんないよぉ!」


 ごもっともである。

 突然数十人の男たちに包囲され選べと言われてもな。


 大変だなぁと呑気に俺とソーマはぼうっと見ている。


 すると何かを閃いたユーリがこっちを見る。


 ……嫌な予感がまたも起きる。隣のソーマも同様に。


「ボクの心に決めた人はウサとソーマだけだから君たちを選ぶことなんて出来ないっ!」

「ユーリてめぇっ!?」

「巻き込むんじゃねぇっ!」


 ユーリは『こうなったら一蓮托生だよ親友たち』といった顔をしている、死ね。


 そしてユーリの告白によってギロリと男子生徒たちがこちらを向く。こっわ……。


「恋というのは……障害があってこそだよね」

「いやどうぞどうぞ、ぜひユーリをもらってやってください」

「大事にしてやってくれよ」

「ボクらずっと一緒だよって誓ったじゃん!」

『”親友として”が抜けてんですけどぉ!?』


 そんなやりとりをしている間にも周りの男たちは迫ってくる。

 中には無地来も居て……。


「ふふふ……君はまたしても僕から奪うというのか」

「いやいや、お義兄さん、今回は全く以てそういう奴じゃなくてだね」

「君にお義兄さんと言われる筋合いはなぁいっ!」


 超怖えぇ……、今殴られたらあの日のように済まないのは目に見えている。

 

 くそ、こうなったら……っ。


『に、逃げろぉーっ!』

「あ、待ってよ二人とも!」

「まてぇー! 追え、追うんだぁー!」

「帝兎月いぃっ!」

「まるで翠ちゃんみたい……」

「さすが兄妹」


 一件落着かと思えば、こうやって結局のところ問題がまた発生する。


 忙しない毎日だよまったく!

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