第36話『無地来白くんに新たな恋を与えよう作戦』
『間も無く作戦を開始する』
耳へと取り付けられた、無線型のインカムよりヒロシの声が入る。
『各員準備は良いか?』
「あぁ……」
俺の返事の後にも『おっけー』と返事が続く。
ヒロシは全員の返事を確認すると、すぅっと息を吸い。
『それではこれより『無地来白くんに新たな恋を与えよう作戦』を決行する!』
『ぱちぱちぱち』
アオの無気力な拍手と声がトランシーバーに漏れ苦笑する。
『今回の作戦では……ウサと朱奈には思う存分イチャついてもらい、その模様を無地来白へと見せつけ――奴の脳を破壊する!』
『脳破壊するあたりに絶妙に力篭ってんな』
ソーマの呆れ声が漏れる、あいつも今回はアオと同じように現場には来ていない。
今回の実働メンバーは俺、朱奈、翠、そして――。
『ねぇ、本当にやるの? ボクすっごく嫌なんだけど』
『この作戦の鍵はお前だユーリ、これまでお前が積み上げてきた幾多の男たちへの性癖破壊を無地来にもかましてやれっ!』
『ぶっとばすよ!』
ユーリの怒った声がインカム越しに入る。
しかし……今のユーリは親友の俺らでも道端で声を掛けられたら鼻を伸ばしてしまうかもしれない。それぐらいの超絶美少女へと変身していた。
『クソっ、お姉さん好きのこのオレが、よりによってユーリなんかに……っ』
『ふふんっ、作戦は気乗りしないけど君らを釘付けにしたのは良い気分だよ、ねぇ――』
『ウサ?』とインカム越しに俺の反応を伺ったユーリに……俺はドキっとさせられていた。
ユーリの姿を思い浮かべる。
あいつの姿は清楚な女性を意識した服装だった。肩まで伸ばした長いウィッグが柔らかな風に揺れ、その髪は艶やかに光を反射している。白いブラウス身に纏いほんのり透ける袖口が
マジマジと語ったが俺とソーマは最初目にした時ガチで見惚れてしまった。
クソっ、いつからこの世界は男の娘ゲーに路線変更したんだ!
……でもまぁ、元の世界に居た人間の感覚としては黒髪ロングの清楚な子って良いよね――って痛てぇっ!?
「あ、朱奈……?」
脇腹を抓られる、隣には朱奈が頬を膨らまして恨めしそうに見上げていた。
「……ウサくんには私たちがいるんだもん」
「ご、ごめんって」
「嫌っ、キスしてくれないと許さない」
言われた通り軽く唇へキスをする。
朱奈は笑顔になったので許してもらえたということだろうか。
『あー、お姉ちゃんだけズルいです!』
『ウサ、わたしには?』
朱奈へとキスをしたのを察したのか二人から非難の声が上がる。
隣の朱奈は笑顔で腕に抱き着いている、超可愛い。
「んっ――、いや今は無理だって!」
『ずーるーいーでーすっ!』
『むぅ、わたしもそっちに行きたい』
嫉妬する二人の声を聴き、今度は朱奈からキスをした。
また二人から非難の声が上がる。
ってか見えていないのにわかるんだよ、ドローンでも配置されてんのか。
『イチャコラはまだ早い、無地来白の前で思う存分やれ、それに――』
一瞬ヒロシの声が止まる。
『病気レベルで将来を想いあっていると思い込んでいる男の脳が破壊された時、もしかすると激情して襲い掛かってくるかもしれん、注意だけはしろよ』
ヒロシの言葉に緊張が走る、腕を抱く彼女から目に見えた緊張が身体を通じて感じ取れた。
「大丈夫だ、朱奈は俺が守るから」
「ウサくん……」
朱奈を安心させようと声を掛け、肩を抱き寄せる。何が起きるかはわからないが、もし彼女の身に危険が及ぶならば俺は容赦するつもりはない。
『それでは作戦決行だ、健闘を祈る!』
――
夏祭りの喧騒の中、提灯の明かりに照らされた屋台で俺と朱奈はたこ焼きを買った。
熱々のたこ焼きが、湯気を立てて美味しそうな匂いを漂わせている。
彼女は笑顔でたこ焼きの串を手に取り、俺をじっと見つめて少しイタズラっぽい笑みを浮かべ……、たこ焼きを串で刺して俺の前に差し出した。
「はい、ウサくんあーんっ!」
満面の笑みで口元に持ってこられたたこ焼きを頬張る。
うん、美味いわ。
「わくわく」
口に出しながら期待の篭った眼差しを向ける。
可愛いなおい。
「あーん」
「あーんっ!」
たこ焼きを朱奈の口に運び、彼女がたこ焼きを食べた瞬間満足そうに笑顔を見せた。
『おかしい……これは彼の脳を破壊する作戦のはず。何故わたしたちにダメージが……?』
『これが……寝取られ、ですか?』
イヤホン越しに二人の悲壮感漂う声が入る。
「私があの時、ウサくんと碧依のキス見せつけられた時の気分が分かった?」
『大いに反省した、もう許して』
『私はただの巻き込まれですっ!?』
「はい、ウサくんあーん」
『お姉ちゃん!?』
翠が被害を被っている気がするが、気にしないといった様子で朱奈はあーんを続けた。
『いいぞ、奴がダメージを受けている』
「……マジで着いて来てんのか」
『あぁ、お前たちからちょうど見えない所にいるようだ』
ヒロシからの通信で無地来が着いて来ているのを知る。
何故そんなことがわかるのかというと、人を雇って無地来の後ろを着けている人物がいるのだという。探偵かよ。
『そのまま公園の外れに行け』
「そこで……キスすればいいんだな?」
『あぁ』
「わかった、朱奈行こうか」
「……うん」
彼女の手を引き、人込みを抜けるように歩く。
姿は見えないが、確かに俺たちの後ろを着ける人間の存在が確かに感じられた。
「ウサくん……」
「大丈夫だ、なにがあっても朱奈は離さないよ」
「……うん」
不安そうな様子が朱奈のを通して伝わる。そんな彼女を安心させようと俺は笑顔を彼女へと向けた。
公園を抜けて、森の茂みの中へと入っていく。
周りに人の姿はない。
『そこだ――やれ、出来ればエロい雰囲気を出せ、セックスまで縺れ込め!』
「そこまでしねぇよ!?――朱奈、キスして、いいか?」
「……うんっ」
朱奈の肩へと手を置くと、彼女は目を閉じて俺の唇を受け入れるようにしていた。
ゆっくりと顔を近づけていき、唇に触れた瞬間……さらに彼女の腰へ手を回し身体をそっと抱き寄せる。
一度唇から口を離すと、頬を上気させて少し戸惑った様子で朱奈が呟いた。
「ウサ、くん……?」
「これくらいなら、いいだろ?」
「……うん」
彼女も雰囲気に流されてきたのか、今度は自ら唇を近づける。
何度も何度も……唇を重ねて、次第にいつもの行為をする時のような気分になってきている。
俺は朱奈の腰に回している手を次第にお尻の方へと移していき……。
――その時だった。
「う、うわあぁぁっ!?」
耐え切れなくなったのか、ついに声を上げて奴がその場に飛び込んできた。
俺たちは唇を離し、音のした方向へ目を向ける。
――お互いに完全に作戦のことを忘れ、完全に昂ぶりあっていた情欲が覚めていくのを感じる。
『ウサ、ヤル気だった』
『こ、こんな公園でしようとするなんて……ハレンチですっ』
二人からの非難が飛ぶ。
あれだけ否定していたにも関わらず、完全にその気へとなっていた俺と朱奈は二人へ返す言葉もなかった。
「あとで……ね?」
そっと朱奈から耳打ちが入る、思わずその後のことを想像して唾を飲み込む。
『……本題忘れてんじゃねぇよ』
ソーマから苦笑交じりに声が入る。
そうだった、と我に返り目の前の男を見やる。
そこには無地来が地面に手と膝をつくようにして倒れていて……絶望した表情をしている。
すっと、朱奈と身体を離す――『あ……っ』と残念そうな彼女の呟きが耳に入る。お願いちょっとだけ我慢して?
「よう、無地来」
なるべく悪役のように、原作の俺とはこうであろう笑みを想像して奴へと声を掛けたのだった。
――
夏祭りが行われている公園の入り口――その近辺が見渡せる離れた所に僕は隠れながら立ち、焦る気持ちを抑えながら辺りを見渡していた。
朱奈は『友達と行く』と言っていたけれど、その『友達』が誰なのかは気になって仕方がなかった。
お願いします、どうか一条さんたちでありますように、もし帝であったのなら僕は……。
願う気持ちを押さえられなかった。
そして、目に飛び込んできたのは、朱奈が一人祭りの入り口のやってきた姿だった。
彼女の美しい赤髪は他の人たちの中でも特に目立っていた。
胸が高鳴る。朱奈は誰を待っているのか、その答えが恐ろしかった。
数分後……ようやく彼女の待ち人が現れた。
――帝兎月だ。
僕の最悪の予感が的中する。その瞬間、心臓が凍りつくような感覚が僕を襲う。
「やっぱり……帝と……」
朱奈が笑顔でアイツを迎える。
今すぐにでも止めに入らなければいけないのに、足が動かず固まってしまう。
僕が動けずその場で固まっていると、二人は何もなかったかのように自然と――手を繋いで歩き始めた。
僕はその後を静かに尾行しながら、胸の中で何かがじわじわと崩れていくのを感じていた。
少し距離を置いて隠れながら、二人を尾行する。
朱奈がたこ焼きを手にして、アイツに『あーん』をしている光景を目に時に僕の視界が揺れた。
「どうして……」
僕の中で何かが切れた。胸の奥がズキズキと痛む。
朱奈が、僕に向けたことのない笑顔でアイツに接している。
彼女が僕にしてくれると思っていたことが、今、目の前でアイツに向けられている。
――僕の、朱奈が……。
帝がたこ焼きを口にし、朱奈は笑って彼の反応を見ている。
すると今度は帝がお返しと言わんばかりに朱奈の口へたこ焼きを運んだ。
……まるで恋人同士のような光景だ。
――いや、違う、そんなことはあり得ない。だって朱奈は僕のことが……。
――でも、いま目にしている二人の関係はどう見ても……。
僕は拳を握りしめ、必死に感情を抑えようとした。
「なんで……僕と結婚するって言ったのに……っ」
胸の中に広がる焦りと嫉妬は、もう押し込めることができなかった。朱奈の楽しげな笑顔、アイツの優しい表情。
それが僕の心を容赦なく打ち砕いていく。
たこ焼きを食べ終わった二人はやがて、人混みを避けるように静かな道へと歩き出した。
僕はその後を追いながら、胸の中で不安がさらに膨れ上がっていく。
――嫌な予感がする。
僕は焦る気持ちを必死に抑えながら、彼らの後を追った。
彼らがどこへ向かっているのか、二人の背中が遠くなる度に僕の心には嫌な予感がどんどん膨らんでいった。
何かが起こる。そんな嫌な予感が強まるたびに、僕の心拍が早くなった。
「待って……っ」
泣きそうで、不安な胸の内が零れ出た。
彼らを見失わないように必死に追いかける。心臓が痛いくらいに鼓動する。
この後に何かが起こる、恋人同士の男女が祭りから離れ……人込みから去っていくのなんておかしいじゃないか。
嫌な予感が的中するのが怖い、でも、確かめずにはいられなかった。
焦燥感が僕を強く駆り立て呼吸が乱れていく。
そうしてやっと二人の足が止まる。
そこには誰も居ない、彼ら二人と僕の三人以外に存在しない……祭りの喧騒から離れた静かな空間だった。
静かな場所で、朱奈と帝が向かい合い、優しく見つめ合っていた。
次に起こることは、直感的にわかった。
『止めろ……止めてくれっ!』
直ぐにでも止めに入らなければならない、今このタイミングしか二人を止める時はない。
それなのに――足が固まって動かなかった。
そうしている内に――二人の唇が重なった。
それを目撃した時、僕の身体は更に硬直し、頭の中が真っ白になった。
キスをしている二人の姿が、鮮明に僕の目に焼きつく。
二人の身体は密着していて、互いに求めるように激しく唇を交わし合う。
――朱奈が僕ではなく、帝兎月にキスをしている。
それを目の当たりにした瞬間、胸の中で何かが音を立てて崩れ去った。
「うっ……うあぁっ……」
声が掠れて、言葉にならない。
目の前の光景を否定したいのに、現実は容赦なく僕を追い詰める。
朱奈の愛は帝兎月に向けられている。
彼女が僕に向けるべき愛情が、今、アイツに向かっている。
僕の世界が音を立てて崩れ去る感覚が、胸に広がっていった。
彼女はうっとりした表情で帝に寄り添っていた。
まるで彼女の世界には、もう僕が存在していないかのように。胸が締めつけられ、息ができない。
頭の中がぐちゃぐちゃになって、何が現実で何が夢なのか分からなくなった。
「う、うわあぁぁっ!?」
気がついた時には、僕は隠れていた場所から飛び出し、二人の前に現れていた。
顔が熱く、視界がぼやける。
朱奈と帝が驚いた表情で僕を見つめていたが、僕はその二人を見て何も言えなかった。
「よう、無地来」
ただ、アイツの笑顔が酷く、歪んだように『お前から奪ってやった』と言いたげな笑みが僕の脳に焼き付いたのだった。
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