第35話『作戦は涙の味』
「無地来白の前で朱奈とセックスして脳を破壊しろ」
無地来の件をヒロシに話すと、想像通りの答えが返ってきた。
つか原作と同じだしお前の願望じゃん。
「それが一番奴に効く、頼むやってくれ!」
「人に見せつける趣味はないって言っただろっ!」
「無地来白の心を折るんだ! 朱奈とアオを地獄に堕としたあのクソ主人公を!」
「……ヒロシくんって白と知り合いだったっけ? なんであんなにも恨みが篭ってるの?」
「色々とあるんだよ、聞かないであげて」
ヒロシ家にていつものメンバーが集まる。
俺らにソーマとユーリ、アオはもちろんのこと。朱奈と翠もすっかり顔馴染になってきた。
「あのDLCのタイトルだと翠も酷い目にあっているに違いない、お前も悪夢で見ただろ。彼女の仇をとってくれえぇっ!」
「落ち着けっての!」
「カオス」
「私お兄ちゃんになにかされたんですか?」
「うーん、前世? いや違ぇな。こういうの何て言えばいいんだ」
具体的にはヒロシが一人暴走しているだけなんだがな。相談しに来たってのに、誰よりも当てにならなくなっちまった。
「ヒロシの言う通り見せつけセックスが手っ取り早い気はするけどな」
「い、嫌よ、白に裸を見せるなんてっ、私はウサくん以外に見られたくないもん……」
「私もですっ! お兄ちゃんに見られたら死んでやるですっ!」
「おなじく」
「愛されてるね」
「……うっせ」
彼女たちの想いは素直に嬉しく喜ばしい。
もちろん俺だって彼女たちを無地来に見せるつもりもない、なので別の方法を考えなくてはいけない。
「手っ取り早くあいつが誰か好きな奴でも作ればいいんだけどな」
「新しい恋を……みたいな?」
「そうそう」
我ながら名案を浮かんだと思ったが、あんなにも朱奈に執着しているのだ。
そんな都合よく新しい相手が見つかるはずもない。
「――思いついたぞ」
『?』
今さっきまで暴走していたヒロシが言う。
今度は何を思いついたというのか。
「完璧な作戦だ、これで無地来白の心を折ってやる」
にやりと、とある方向を見る。
視線の先は――ユーリだ。
「嫌な予感がするんだけど」
ユーリの嫌な予感はまさに的中するのだった。
――
夏休み前の夜、僕は部屋の中でじっと携帯を見つめていた。
朱奈を夏祭りへと誘うために……何度も迷ったが、ついに意を決して彼女に電話をかけることにした。
いつもなら軽く誘えるはずなのに、今日は妙に緊張している。
電話が鳴り――数回のコールの後、朱奈の声が聞こえた。
「もしもし?」
「朱奈、夏祭り一緒に行かない?」
僕はなるべく平静を装って言ったが、内心では彼女の返事が怖くてたまらなかった。
僕にとって、この誘いはただの『祭り』ではなく、朱奈との関係を一歩進めるための大きなチャンスだった。
脳裏にあの男の顔がちらつく。
――帝兎月。
あいつのせいで僕と朱奈は今危機に迫っている。
これまでの関係を壊される――そんな予感がしていた。
修学旅行期間も僕が目を光らせたことによって帝の奴と朱奈を
あの夜――ビンゴゲームでのトラブルが起きた時、朱奈が部屋に居たのは確認したが、帝がどうしていたのか気になった僕はクラスメイトに聞いて回った。
『え、帝君がどこにいたかったって?』
『――あぁ、そういえば夕食で腹の調子が悪くなったとかで、ビンゴゲームが始まった後くらいに抜けたはずだな』
『氷音さんも心配して会場から去っていったって聞いたよ』
『そうなんだ、教えてくれてありがとう』
『――これでよかったんだよね?』
『あぁ、
情けない奴だ。
せっかく僕が朱奈から目を離した隙が生まれたというのに、無様にも会場から去って行ってしまうんだから。
ということで帝に関しては夏休みということもあって、今の所障害にはなっていないはずだ。
毎日朱奈に電話していつも一条さんか多谷さんたちと過ごしていると彼女と翠からも言質を得ている。
だからこそ、この夏祭りがチャンスなんだ。
期待と不安を込めて朱奈からの返事を待つ。
しかし――。
「ごめんね、白。友達と行く約束してるんだ」
朱奈の答えは……僕の期待を裏切るものだった。
その言葉を聞いた瞬間に胸がズキンと痛む。
『友達』という言葉がまるで壁のように僕と朱奈の間に立ちはだかった。
「友達って……誰?」
僕は思わず問い詰めるように言ってしまった。頭の中で嫌な考えが浮かんでは消え、どうしても朱奈の『友達』という言葉を素直に受け入れることができなかった。
「え、えっと……美桜と陽葵だよ」
朱奈は少し戸惑ったように返事をしたが、その曖昧な言い方が逆に僕を苛立たせた。
――だったら最初から彼女たちと行くって言えばいいじゃないか、何故わざわざ『友達』と言って断ろうとするんだ。
「……本当なのかい? まさか――帝じゃないだろうな?」
僕の声は自然と鋭くなっていた。心の中で、朱奈が帝と一緒に祭りへ行くのではないかという疑念が膨れ上がっていく。
「そ、そんなことないよ、違うってばっ」
朱奈は明らかに焦った様子で否定したが、その態度が僕には逆効果だった。
彼女が嘘をついているようにしか見えない。朱奈の言葉を……僕は信じることができなかった。
――どうして。
――僕たちは想いあっているんじゃないのか?
疑念がどんどんと膨らんでいく。
「本当に一条さんたちと行くのかい、僕に嘘を吐いているんじゃないのか?」
しつこく詰め寄ったが、朱奈は『そうじゃないってば』と繰り返すばかりだった。
その度に僕の胸の中で彼女が本当のことを言っていないという確信が、ますます強まっていく。
「もういいよ」
僕はそう言って電話を切った。朱奈が言う『友達』は一条さんや多谷さんではなく、帝であることが確信に近かった。
彼女が帝と祭りに行く姿を思い浮かべる度、胸の奥が熱くなっていく――っ。
――でも、もしかしたら。
彼女が言う『友達』が本当に一条さんたちならば……?
微かな希望が目の前に広がる。
けれどやはり朱奈が嘘をついていて、本当は帝と一緒に行くつもりなら……?
疑心暗鬼になり、焦りと不安が大きくなっていく。
この不安を抑えるため、僕は妹の翠に声をかけることにした。
もし翠が朱奈と一緒に行くのならば少しは安心できるかもしれない。
何より、朱奈が帝と一緒に行く可能性を否定したい。
だから、翠を誘って確かめる必要があった。
「翠、ちょっといいかい?」
リビングでニチアサもののDVDを見ていた翠に声をかけた。
いつもは観賞中に邪魔をすると怒る彼女だが、今日は僕の言葉に『なんですか?』と反応した。僕はすぐに話を切り出す。
「夏祭り、一緒に行かないか?」
翠は一瞬、驚いた顔をして僕を見つめた。僕が翠を誘うことを想像していなかったからだろう。
だけど、その驚きはすぐに薄れ、困ったような顔をしながら首を横に振った。
「……ごめんなさい、友達と行く約束してるから」
その言葉が、まるで僕の胸にナイフを突き立てるような衝撃を与えた。
また『友達』……。朱奈が言った『友達』と同じく、翠の言葉にも違和感があった。
「友達って、誰なんだ?」
自然と口から出た言葉に、翠は言い淀むように返事をした。
「……友達は友達です」
その言葉が僕の心の中で爆発を引き起こした。『友達』という単語が、朱奈の時と同じように出てきたことで、余計に疑念が膨らんでいく。
朱奈も翠も、友達と行くと口にしているが、本当にそうなのか?
――帝がいるんじゃないだろうな?
そんな考えが、頭を駆け巡った。
「翠もどうせ……帝と行くんだろ?」
僕の声はいつもより冷たく鋭かった。翠は明らかに驚いた表情を浮かべ、僕をまじまじと見つめていた。
「ウサ先輩? ウサ先輩とは行かないです、何言ってるですか?」
翠の冷静な返答が、逆に僕を苛立たせた。
――この間僕は聞いたぞ。
電話で『愛してますウサ先輩っ!』と言っていたのを――。
なぜそんなに堂々としていられるんだ?
どうして妹の君が兄の僕に嘘を吐く?
どうして――帝なんだ!
僕の中で不安と嫉妬が渦を巻き、感情が抑えきれなくなっていく。
「嘘をつくなよ、朱奈だって同じこと言ってたんだ! 本当は帝もいるんだろ、あんな奴とは行くな!」
声を荒げて問い詰める僕に、翠は明らかにムッとした表情で口を開いた。
「私が誰とお祭りに行こうが、お兄ちゃんには関係ないですっ! それにいつもいつも――ウサ先輩のこと悪く言うの止めてって言ってるのにどうしてお兄ちゃんはわかってくれないですかっ!」
翠の言葉に、僕は完全にカッとなった。『ウサ先輩』――その言葉が僕の心を引き裂くように響いた。
何故……なぜあんな奴が!
「帝と関わるなって言ったじゃないか! どうして僕の言うことを聞かないんだ!」
「……ウサ先輩のこと好きだからっ! 好きな人と一緒にいて何が悪いんですか!?」
「あいつはダメだ! 朱奈を唆して氷音さんにも手を出すクズ男と関わるのは止めるんだ!」
翠はその言葉に――涙を流した。
「……どうして、どうしてウサ先輩を悪く言うの……っ、ウサ先輩がなにをしたって言うの……っ、お兄ちゃんの言ってる意味が理解できない――っ」
涙を流しながら訴える翠の悲しみに満ちた言葉が、最後の一撃のように胸に突き刺る。僕は何も言い返せなかった。
ただ、どういえばいいのかわからず頭の中に帝、朱奈、翠が一緒に過ごす光景が脳裏に浮かんでは消える。
「……もういい」
言葉が喉に詰まり、僕は感情を押し殺すように小さく呟いた。翠は涙を流し続けていたが、僕はそれ以上この場にいられなかった。
「……もう、どうでもいい」
心の中で焦燥と嫉妬が燃え上がり、何もかもが崩れていく感覚が広がった。
僕はリビングを飛び出し、勢いよくドアを閉めた。
階段を駆け上がり部屋に入るとベッドに倒れ込み、息を整えようとしたが胸の中の苛立ちは収まらなかった。
「……確かめるしかない」
僕はそう心に決めた。疑念が残るならば自分で晴らそう。
もし、もし朱奈が本当に帝と一緒に居ないのがわかったのなら……その時こそ。
――
「ぐすっ……ウサせんぱぁい……」
「ごめんな翠、嫌な役回りさせちまったな」
事の顛末を電話で聞いた俺はすぐに家を飛び出した。
翠は公園のベンチで腰掛けて待っており、俺を見つけるや否や立ち上がって抱き着いた。
「作戦だったから……っ、しょうがないですっ」
「それでもだ、翠が泣いてしまうことになるならこんなことやるべきじゃなかったんだ」
これはとある作戦。
無地来は必ず朱奈を祭りへと誘う。
朱奈は『友達と行く』と言って断るが無地来の頭の中では俺の存在がちらつくだろう。
なればもうひとつ、翠を誘ってみることで彼女も『友達』と言って断れば疑念が確信に変わる――。
無地来を単独で祭りに引き出すことが俺たちの作戦のひとつだった。
だが、翠がこんなにも傷つけられてしまった。ここまでする意味はあったのだろうかと不安を抱く。
「ちがうですっ……、ちがうんですぅ」
「違う?」
作戦自体を考え直すべきか疑問に思っていると翠が否定する言葉を吐き出す。
「ウサ先輩のこと……お兄ちゃんが認めてくれないのがっ、私がこんなにウサ先輩のこと好きなのをわかってくれないのが悲しくて悔しいですっ」
「翠……」
「お兄ちゃんはわかってないっ、好きな人を想う気持ちが、否定された悲しみがわかってないんですっ!」
彼女の決死な想いが胸に広がる。
彼女は喧嘩したことを悲しんでいるのではない、俺という恋人を否定された悔しさで涙を流していたんだ。
「翠」
「あっ……」
ぎゅっと彼女を抱きしめる、涙は未だ止まらず胸へと染みがひとつずつ広がっていく。
「ありがとう、俺のために怒ってくれて。ありがとう、俺のために涙を流してくれて、ありがとう――俺を好きになってくれて」
「ウサせん、ぱい……っ」
「いいんだ否定されようとも、俺が翠を好きでいて、翠も俺を好きでいてくれる……それだけでいいんだ」
「でも……っ」
「否定されても、認められなくても、これからもずっと一緒に居よう。俺には君たちが傍にいてくれればいい、他人の意見なんか気にしない」
彼女を抱きしめる腕に力を込める。溢れてくる涙は徐々に治まっていく。
「翠が泣いてしまうと俺はとても悲しい、翠にはずっと笑っていて欲しい。君の笑顔がなによりも俺を幸せにしてくれるんだから」
「せん、ぱいっ――」
そっと翠の顔を手で包み、彼女の頬に触れ――静かに自分の唇を重ねた。
優しく彼女の唇を感じながら、少しだけ強く彼女を引き寄せた。唇と唇が触れ合い、彼女の温もりが伝わってくる。
長い間、唇を重ね、彼女の震えが収まったのを確認し静かに唇を離す。
「ずっと、俺だけを見ていろ、外野なんて気にしなくていい、俺だけを見ていればいい。不安になったり悔しくなったらいつでも俺が抱きしめる、翠の不安が収まるまで何度でもキスをするよ」
「……はいっ」
その顔は赤く染まり、涙の跡が残っていたが。
彼女はもう何も不安はないといった満面の笑みを浮かべた。
それから何度でも、いつまでも。
彼女の求めに応じて俺たちは夜の公園でキスを続けたのだった――。
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