第34話『プール!!』
地獄のウォータースライダーにて、ボロボロになった俺はフードコートに捨てられ……。
翠は一条、多谷と共に連れられて行った。
『帝君、妹ちゃんはもらってくね~』
『うふふ、可愛い……』
『ぎにゃぁーっ、どこ触ってるですかっ!?』
にぎやかで楽しそうである。
「ウサくん、大変だったね」
フードコートの机でへばっていると朱奈から声を掛けられる。
「おう……さすがに五回も滑るとは思わなかったよ……」
「翠ちゃんああいうの大好きだからね~、私も昔一緒に遊園地行った時、何度もジェットコースターに連れまわされたなぁ、白は途中でダウンしてたけどね」
「……ふーん」
「あ、もしかして嫉妬してるの?」
無地来の名前が出た途端、あからさまに俺のトーンが下がったのを聞き逃さなかったらしい。
だってさ……。
「そりゃちょっと前までは二人ともこのまま付き合うんだろうなって関係だったし、こっちも茶化してたけど、無地来の名前が出るとなんかさ……」
「ふふふっ」
「……なんで笑ってんだよ」
「べっつにぃ~? 私ばっかり嫉妬させられてたから何だか嬉しいなぁって」
ニヤニヤと笑みを浮かべる朱奈、なんだか気恥ずかしくて彼女を直視できなくなったけれどもきっと朱奈は笑顔のままだろう。そんな気が何となくあった。
「あー暑い、今日も気温高いからなー、かき氷食って熱を冷ますかー」
「照れてる照れてるぅ」
「照れてませんー、暑いだけですぅー。朱奈のも買ってくるから何がいいか選びなよ」
「ありがと、じゃあ私イチゴね」
「あいよ」
その場から逃げるための口実としてかき氷を買いに行く、完全にバレていたけども。
朱奈の分のイチゴ味、自分のはブルーハワイを持って自分の席へと戻る。
元居た席の所へ向かうと、知らない男が朱奈の周りにいた。
「ねぇねぇ、君今一人? おれらと一緒に遊ぼうよ~」
「君みたいに可愛い娘が一人なんてもったいないよぉ」
あれは俗にいうナンパというやつだろうか。
「私彼氏いるんで」
「またまたぁ、彼氏がいるんならどうして一人なんだよ~」
「あ、もしかして女の子の友達も一緒なのかな? じゃあおれらも交ざって遊びたいなぁ~」
「しつこいなぁ……」
うっとおしい、といった表情が現れている朱奈、そんな彼女に気付かず楽しそうに笑っているナンパ男たち。
朱奈は可愛いからな、ナンパのひとつやふたつ受けるのも当たり前だろう。
――とはいっても。
良い気はまるでしないがな。
「朱奈お待たせ」
「あ、ウサくん」
彼女へと声を掛け、テーブルへとかき氷を置く。
ガタッと椅子を彼女の方へ移動させて――。
「あぁ、ごめんねお兄さんたち。この子俺の彼女だからさ、諦めて別の子に声掛けてきてね」
「あっ……」
ぐっと肩を抱き寄せる。
男たちは一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐに表情を曇らせ気まずそうに顔を見合わせた。
「……なんだよ彼氏いるのかよ。なら最初からそう言えよな」
「ったく時間を無駄にしちまったぜ」
ぶつぶつ言い放って去って行った。
「ちゃんと彼氏居るって言ったのにね」
「一人にしちまってわるかったな」
「うぅん、格好いい彼氏さんが助けに来てくれたから大丈夫っ!」
嬉しそうに笑う、肩に回した腕を解き椅子を戻そうとするが。
「いいのこのままでっ」
「くっついて食うの? 暑いだろ」
「くっついていたい彼女の気持ちがわからない鈍い彼氏~」
つんつん、と頬を突かれる。
『なにすんだよ』とお返しに彼女の頬を突き返す。
傍からみたらただのバカップルなのは否定できなかった。
「ほら、かき氷溶けるから食べようぜ」
「は~い」
彼女の要望通りのイチゴ味を渡し、自分用で買ったブルーハワイ味のかき氷を堪能する。
このレジャープールは野外である為とても暑い。
冷たさが心地よく、疲れた体に心地良い清涼感が染み渡る。
「ねぇねぇ」
「ん?」
朱奈から声を掛けられる。彼女の方へ向くと。
「あーん」
楽しそうに笑いながらスプーンを差し出した。
クスッと一瞬笑みが零れたが『あーん』と口を開き彼女のスプーンを迎え入れる。
イチゴ味のかき氷が口の中に入り、甘酸っぱさが一瞬で感じられた。
「どう? おいしい?」
「うん、美味い」
「じゃあ今度は、ね?」
期待の篭った目で見つめられる。ここですっ呆ける程鈍くはない。
自分のかき氷から一口分掬い――。
「はい、あーん」
「あーんっ!」
自分のスプーンが朱奈の口へと入っていく。
ブルーハワイ味のかき氷を飲み込んだ朱奈は『うーんっ美味しい!』と笑顔になる。
「あの時さ」
「うん?」
再び自分のブルーハワイを口に入れ、イチゴもいいがやっぱかき氷はブルーハワイだよなと堪能していると、朱奈が切り出す。
「ウサくんと碧依がアイス食べさせあってたの羨ましくて悔しかったんだけど、やっと私もウサくんとあーんができたっ」
あの時のことか、あれからアオに尋ねてみたら『朱奈の姿が見えたから見せつけた』と確信犯だったことを知った。さすが恋愛強者だ。
「ということではい、あーん!」
「またやんの?」
再び彼女からのあーんを受ける、口を開け彼女からのイチゴ味を食べると今度は『んー!』とこっちからのあーんを催促する。
結局交互にあーんを続けほとんどイチゴ味を食べることになった。
……まぁ、こういうのもいっか。
――
「のどかだなぁ~」
「のどか~」
アオと共に流れるプールに身を揺られながら過ごす。
周囲には人がたくさんいるけれど、ここの流れるプールは穏やかで、まるで時間がゆっくりと進んでいるかのような感覚だ。
俺は彼女が乗っている浮き輪の縁に軽く手を添えて、ゆっくりと水の流れに身を任せていた。
アオはいつも通り静かで穏やかな表情を浮かべている。
彼女の青い髪が水に揺れ、太陽の光がその髪に反射し、まるで水面に青い光が浮かんでいるようでとても神秘的な光景だ。
思わず見惚れてしまう。
「ウサ?」
「ん、あぁなんだ?」
「ボーっとしてる、疲れた?」
ボーっとしてたのではなく単に見惚れていただけというか……、言葉には出していないのに俺の考えを見透かしたかのようにアオは微笑んだ。
「……なんかさ、こうしてゆったりするのも久しぶりな気分になるな」
「ん、1学期は盛沢山だった」
体育祭に、俺の悪夢に修学旅行。そしてアオ、朱奈、翠たちとの思い出。
過去と比べてもここまで中身の濃かった期間は無いと思う。
「久々に」
「んー?」
「空き教室で授業をサボりたい、今みんなと一緒に居るのはとても楽しい、一生手放したくない宝物――だけど、ウサとあの教室……二人で過ごすのもわたしには大切な宝物。だからたまにでいいから……一緒にサボりたい」
彼女の想いを受け胸にジーンと温かな感情が広がる。
俺の答えはもちろん……決まっている。
「おう、2学期も一緒にサボろうな」
「でも、無理は禁物。ウサは留年間近」
「うぐっ、また前のように勉強教えてくれよ」
「ふふっ、もちろん」
互いに笑いあう。
水に流され景色は移ろいで行く。
周囲にはたくさんの人がいるというのに、今この時だけは――まるで俺とアオしか存在しないような……そんな雰囲気があった。
「ウサ」
静寂な空間でアオから暖かな眼差しが。
「貴方と出会ってから、わたしの人生に色が灯った。わたしの人生はここまで、そしてこれからも色のないものだと思ってた」
「アオ……」
「でも貴方と初めて友達になれて、それから貴方のおかげで他にも友達が出来た。もう教室にいることが怖くなくなった。最近は家に帰る怖さもなくなった」
アオは眩しいくらいの笑顔で語り続ける。
「全部貴方のおかげ、貴方がわたしの人生に光を灯してくれた。貴方がわたしの生きる希望になってくれた。まるで貴方は空っぽだったわたしの為にこの世界へ現れてくれたかのように」
彼女は一度言葉を止め、すぅと息を吐く。俺は彼女の言葉をじっと待ち続けていた。
「これからもずっとわたしの光で在って、貴方という光がないとわたしの人生は真っ暗になる」
「任せろ、もうアオの人生は光り輝いてるんだ、そしてこれからも。一生俺の傍に居て光を見失うなよ」
「――うん」
これからもきっと何が待ち受けていようと乗り越えられる気がする。
だって絶望の淵にいた彼女がこんなにも光り輝いているんだ。
彼女が笑顔でいる限り、俺も迷わずどんな道だって歩いていける気がする。
――
「いやぁ~、たくさん遊んだね」
「チケットくれたヒロシには感謝だな」
太陽が沈み、夕日が差し掛かる。
1日通して遊びきった俺たちの身体には疲労はもちろんだが、それ以上に充足した時間を過ごしたことで最高の満足感があった。
「また来年もこうやってみんなで来たい」
「もちろんみんなで来るですっ!」
「そうだな、また来年が楽しみだな」
気が早いけれど、来年が楽しみだ。
「そういえばさ、そろそろ夏祭りだよね」
「そうだね~、今年は晴れるといいね」
近くの大きな公園で毎年この時期は夏祭りがある。たしか去年は台風で中止になったはずだ。
「朱奈は帝くんたちと行くの?」
「え、そ、そうだね……?」
チラッと期待を込めるかのような眼差しで朱奈が見上げる。
答えなんて……決まってるさ。
「一緒に行こうな」
「……っ! うん!」
「いいなーラブラブで」
「私たちも彼氏欲しいね~」
和やかな雰囲気が流れる。
と、その時朱奈のスマホに着信が入る。
「はぁ……」
またかといった表情に変わる、十中八九相手は無地来なのだろう。
「まだアイツにはウサと朱奈が付き合うことになったの言ってねぇの?」
「……朱奈からな『白の反応が怖い』って中々言い出し辛いんだよ。俺が言いたいんだがそもそもアイツは俺とまともに話をしてくれそうにないからな」
「たしかにねぇ……」
俺の推測に二人からは納得いったという反応だ。
「夏祭りもさ、無地来の邪魔が入りそうじゃない?」
「……そんな気がする。以前までならともかく、今のあいつが朱奈を誘わないはずがないしな」
「厄介だな、無地来の奴は」
本当にそう思うよ、今も無地来の相手に困っている朱奈を見やる。
「なんとかしなきゃな……」
――
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