第33話『プール!』
ヒロシから受け取ったチケットによって――。
俺たちは夏の醍醐味であるプールへと遊びに来ていた。
着替えを終え、男組の俺らは女の子たちをプールサイドで待っている所である。
「女子の所はいつも混んでいて大変だな」
「女の子は色々準備が掛かるって言うし仕方ないさ」
更衣室前で別れてからそれなりに時間が経つ、俺らはさっと着替えて済むが女の子はそうもいかない。
「ねぇー見てみて、コレ新作なんだよ」
じゃーんと水着を見せびらかすユーリ。
もちろんこいつは男ということを忘れてはいけない。
ビキニを着ているがれっきとした男なのである。
更衣室内外のどよめきは最早恒例行事である。前屈みになっている男共がいたがいつものように性癖を破壊されたのであろう。
そこの知らない人たち『可愛い娘だな……』とか言ってんじゃない。
今通り過ぎた奴『胸は小さいけどめっちゃタイプ』とか言うな。
可愛い顔にだまされるなよ。
という感じで呆れていると視界が塞がれる。
「だーれだ」
抑揚のない声と背中に当たる柔らかな感触。言われるまでもない。
「もちろんアオだろ、わかってるよ」
「正解、ご褒美に至近距離で水着を見せてあげる」
「ははっ、どれど……れ」
振り返り彼女の姿を視界に入れ――言葉を失う。
アオの水着姿は、彼女の落ち着いた雰囲気とスタイルの良さを引き立てるシンプルで上品なデザインだった。
ネイビー色のワンピースタイプの水着を着ていて、シンプルながらも彼女のスタイルをしっかりと際立たせている。
短い青髪が耳にかかり、プールの水面に映るその姿はどこか幻想的に見える。
そしてなによりもアオの魅力のひとつであるおっぱいがその……強調されていてですね。
思わず釘付けになってしまう。
「……ウサ、エッチ」
「いやだってさぁ……、仕方ないじゃんっ!」
「ふふ、わかってる。揶揄っただけ」
にやりとアオは笑う。
くそぉ……完全に掌で弄ばれてる。
「ウサくん、碧依ばっかり見てると寂しいな」
「こっちも見るですっ!」
朱奈と翠も合流したようで彼女たちの方へ向き直る。
まず視界に入ったのは朱奈だ。彼女の赤髪が太陽の光を受けてキラキラと輝く。彼女は自信たっぷりに、タンキニタイプの水着を着こなして俺の前に立っていた。
タンキニは、ビキニほど露出はないが、トップスとボトムスが分かれているため、動きやすさとスタイルを両立しているデザインになっている。
赤を基調としたその水着は朱奈の髪と見事に調和していて、まるで彼女の明るい性格を表現しているようだった。
「ねえ、どう?この水着、似合ってる?」
「あぁ、朱奈にぴったりだよ、すごい似合ってる」
「ふふん、よかった。ひとめ見た時から気に入ったからウサくんにも喜んでもらえて嬉しいよっ」
にこっと笑う朱奈の笑顔はまさに太陽の女神と言えるような美しさがあった。
「ウサ先輩、私のはどうですか……?」
続いて俺の腕を摘まむようにして掴んでいる翠の方へ目を向ける。
彼女はさっきまでと違いすこし自信なさげに腕を前に組む姿勢を見せる。
翠の水着は、彼女の小柄で可愛らしい雰囲気にぴったりな、白を基調としたフリル付きのデザインだ。
控えめなデザインながらも、細部に可愛さを散りばめたその水着は、彼女の真面目な性格と幼さをうまく引き立てている。
水着の上下にはフリルがあしらわれていて、彼女の胸元にはさりげなくボリューム感を与え可愛らしさを際立たせるデザインに。
白と淡いパステルカラーの組み合わせが、プールの澄んだ水の青さと対照的で、まるで水の妖精のような印象を与えていた。
「翠の水着も可愛らしくて似合ってるな」
「えへへ、先輩に喜んでもらえて嬉しいですっ」
ぎゅっと俺の腕へと抱き着いた。
こんなにも素敵で可愛らしい彼女たちとプールでデートだと……。
俺の身は持つのだろうか……。
「あーあ、完全にあいつらの世界だな」
「ボクの水着には目もくれない癖に……」
「完全に私たちの存在忘れてるわよね」
「みんなが幸せならそれでオッケーだよ」
このレジャープールには一条と多谷も参加している。朱奈の件ではとてもお世話になった二人だ。
「ほら、イチャイチャしてないで行こうよ」
「時間は限られてるんだからな~」
ユーリとソーマが歩き出した。それに連なるように俺たちも行動を開始する。
「ね、朱奈。浮き輪借りに行こうよ」
「わっ、陽葵まってよ」
「碧依は私と一緒に泳ぎにいこっ」
「ん、わかった」
「ウサ先輩、一緒にウォータースライダー行くですっ!」
「……アレ高さヤバくない? 隣の子供向けの方に行きませんか?」
抵抗空しく『ビックリ仰天スライダー』と書かれている方に引っ張られる。
行きたくないな……。
翠により、強制的に連行されたウォータースライダーの頂上に立つ。
高さが想像以上で、下を見下ろすと、急なカーブを描いた長いスライダーがぐるぐるとプールに向かって伸びている。めっちゃ怖い。
「たけぇな……」
思わず口に出してしまった。
――これ本当に大丈夫か?
――非現実的すぎないか?
――あ、ここ非現実世界だったわ。
心の中で自問自答し勝手に納得に至る。
「あの、翠さん? これはちょっと危険な高さだと思うんで……、やはりあっちの子供向けスライダーで俺は遊ぶべきだと思うんですよ」
決死の思いでちらっと、隣にいる翠を見やり言葉を伝える。
だが……。
「ウサ先輩! すっごく楽しそうですっ! 早くに滑りましょう!」
――と、翠は笑顔で俺の腕を引っ張る。
瞳をキラキラさせながらスライダーを見つめていて、全く怖がっている様子はない。
終わった……。
いや、まだだっ!
「いや、でもこれヤバいって、死人出るって」
「大丈夫ですっ、たまに失神する人が出る程度ですから」
「何が大丈夫なんだっ!?」
一向に抵抗する姿勢を崩さない俺に対し、翠がとったのは。
「いいから早く行くですっ、二人で滑っていいみたいだから一緒に滑りましょう!」
グッと腕を引き、連行することだった。
あぁ……嫌だぁ~っ。
結局最後まで引きずられるようにスライダーの入口へと立たされる。
係員さん苦笑しながら『楽しんできてくださいね』と軽く言うけど、そんな余裕なんてあるはずもない。
「はい、じゃあ彼氏さん、彼女さんをしっかり抱きしめてあげていてくださいね~」
「ウサ先輩彼女ですって! 私たちちゃんとカップルに見えてるですっ!」
翠は嬉しそうに俺の腕を強く引っ張り、頬を赤くして跳ねるように喜んでいる。
「……当たり前じゃん、翠は俺の愛する彼女だよ」
俺がそう言うと、翠の目がぱっと大きく開いて、驚きと共に顔がみるみる赤く染まった。
それでも、口元には抑えきれない笑みが浮かんでいるのが分かる。
「……えへへ、じゃあぎゅっと抱きしめてくださいねっ」
そう言って彼女は、抱いている俺の腕をさらに強く握る。体全体から、嬉しさが伝わってくるようだった。
「はい、ではバカップル2名様地獄へれっつごー!」
「ちょっ、地獄って――ぎゃあぁぁーっ!?」
「きゃあーっ♪」
監視員さんにトンっと背中を押されスライダーの中へと滑っていった。
――まだ心の準備も出来ていないというのにっ。
風が一気に吹き抜け、スライダーの急な傾斜が視界に広がる。
翠はというと――。
「わぁ! 速いはやーいっ!」
と、楽しそうに声を上げ、笑っているが俺の方は――。
「し、死ぬ……っ、早く終わってくれぇ……っ!」
言葉の通り死にそうだった。
「ウサ先輩すっごく楽しいですっ!」
「そ、そうか、翠が楽しんでるならよか……っ!」
喋っている最中に急カーブによって一瞬身体が浮き上がる。
そのまま宙に投げ出されるんじゃないか、という感覚でヒヤッとした俺は翠を思い切り抱きしめた。
「あっ……」
力を込めた感触が翠にも伝わったのだろうか、俺の腕を掴む彼女の手の力がより強くなった。
「うさせんぱーい! 大好きですっ!」
「ひぃっ――え、あ、俺も大好きっ――ぎゃあっ!?」
「これからもずっと一緒ですよっ!」
彼女からの告白にも上手く答える余裕がない。
急カーブが迫るたびに俺は体を強張らせ、彼女をさらに強く抱きしめる。俺の行為に翠は嬉しそうでいて楽しそうな声をあげる。
スライダーの最後の急降下が見えてくる。ぐっと下に向かうその瞬間、一瞬だけ目を閉じ全身にスリルが走るのを感じた。
翠はそんな俺の緊張をよそに『わぁーっ!』とさらに大きな声を上げ、勢いよく滑り降りていく。
プールに飛び込んだ瞬間、水しぶきが大きく上がり、無事にプールの中に降り立った。
「い、生きてる……っ」
「先輩! もう一回! もう一回滑りましょっ!」
「か、勘弁してくれぇ……」
無邪気な笑顔で俺を引っ張る翠、そんな彼女に圧されて恐怖のスライダーへと連行されていくのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます