第30話『譲れない女の戦い』
季節は夏である以上日がまだまだ高い。
しかし時刻はそろそろ夕方に差し掛かる頃、集合時間まで刻一刻と迫ってきている。
「一条からきたぜ」
「じゃあ移動しよっか」
ソーマとユーリがやりとりしている。
――そういえば。
『美桜たちが任せてって言ってたんだ。また白を出し抜くために何か考えてるみたい』
朝に朱奈が言っていたな。準備が出来たってことか。
二人の後を追う様に移動をする。
「あ、小田桐君たちこっち――って」
「なんで帝君は氷音さんに抱き着いてるわけ~?」
「……死んでるんです」
『?』
何故俺が死んでいるのかというと、あの後も絶叫系に連れまわされた結果という理由だ。
「ジェットコースターくらいでバテんなよな」
「情けないねぇ」
「全部回ると思わないじゃん!」
「最初に言ったろ全制覇するって」
呆れた様子の二人である。
だって本当に行くとは思わないだろ、絶叫系苦手だって言ってんじゃん。
「ウサくん大丈夫?」
「なんとか……生きてる」
心配した表情で朱奈より声を掛けられる。右手を上げて返事をするとホッとした様子を見せた。心から心配してくれている気持ちが伝わり胸が熱くなる。
そのまま隣のアオを見やると。
「よかった……。氷音さん、私がウサくん支えるからもういいよ?」
と優しく伝えた。
……そこはかとなく圧を感じるのは気のせいだろうか。
背中に冷や汗が伝わっていくのがわかる。だが、アオは気にした様子もなく。
「ウサはわたしの傍にいるって約束した。だからわたしも彼を支える。邪魔しないで欲しい」
淡々と言った。
肩を支えてくれている彼女からそこはかとなく力が入ったのを感じ取る。
「……っ」
「……」
あ、あの。
何だか二人の背後にその……。虎と龍が見えてきたんですけど。
「やっぱ1週目はバッドエンドか」
「次週はフラグ管理に気を付けましょう」
「不吉なこと言うなっ!?」
ニヤニヤと揶揄う二人は相変わらず楽しんでいる。
クソっ、自分で蒔いた種とはいえどうにかしなければ……っ。
と、思っていたのだが。
「――なんてね、冗談だよ。ウサくんのことありがとね」
「……いい、気にしない。わたしとあなたは同じだから。ウサのことを好きな気持ちは同じ」
「ふふっ、そうだね。ねぇ私もこれから氷音さんのこと碧依って呼んでもいい?」
「ん、わたしも朱奈って呼ぶ」
あ、あれ……?
二人ともなんか打ち解けてらっしゃる……?
「じゃあウサのことよろしく」
すっとアオが俺から離れる。そして変わるように朱奈が傍につく。
「ちょうどそこに観覧車があるし二人で乗ってきたら?」
ユーリが指差す、列はそれほど人が多くなく、すんなりと入っていけそうだ。
「私たち向こうで待ってるね~」
「楽しんできなよ朱奈」
多谷たちは手を振って近くのカフェへと向かっていった。
連なるようにソーマたちも後を付いて行く。
「なんか軽く食おうぜ」
「もうすぐ夕飯だよ?」
「甘いものは別腹、問題ない」
「私たち氷音さんと帝君の関係も気になるんだけど」
「詳しく聞きたいよね~」
五人は談笑しながら行ってしまった。
残された俺と朱奈、互いに言葉を交わすことなく自然と手を繋ぐ。
「じゃあ……観覧車行こっか?」
「うんっ」
握られた手に力が入る、俺と朱奈は手を繋いで観覧車へと向かっていった。
観覧車並び口に立つ。列は先程も挙げた通り人はそれほど多くない為、待たされることなく順番が回ってきた。
係員に案内され観覧車のドアが開く。朱奈が少し足元を見て、慎重に一歩踏み出そうとするが観覧車の足元は思ったより高く、彼女が一瞬ためらうのが分かった。
「朱奈」
先に中へと入った俺は彼女へ向け手を差し出す。
彼女は軽く微笑んでその手を握り、勢いをつけ俺の胸元へと飛び込むように観覧車の中へと入った。
無事に彼女を抱き止め、観覧車へ乗り込んだ後、互いに向き合う様に座席に腰掛ける。
ドアがゆっくり閉まると二人だけの空間が広がる。
「支えてくれてありがとね」
照れくさそうに朱奈が笑う、観覧車はゆっくりと上昇をしていきやがて遠くまで街を見渡せる景色が広がっていった。
「夕焼けが掛かる街並みってなんかすごく幻想的だね~」
「たしかに、最高の景色だな」
二人で街を見渡す静かな時間。
やがて朱奈がちらっと俺の方を見て『そっち行ってもいい?』と声を掛ける。
「もちろん、おいで」
「えへへ」
嫌な訳もなく、むしろ待ち望んでいたのかもしれない。
少しだけ身体を隣へと移動させスペースを空ける。
彼女が隣にぴったりと寄り添い、お互いの肩が触れるとその温もりがじわっと伝わってきて、心臓が早くなっていくのが分かる。
「不思議だね、昨日あんなにウサくんにくっついてたのに、こうやって肩が触れるだけでもまだドキドキしちゃう」
「俺もだよ、でも昨日のことを思い出すともっと朱奈に触れていたくなるから困る」
我ながらクサいことを言ってしまったと顔が赤くなる。
けれど朱奈は『じゃあもっと……触れていいよ?』と言うと目を閉じて少しだけ顔を近づけた。
何を待っているのかなんて答えは勿論わかっている。
「んっ……」
彼女の頬にそっと手を添え唇を重ねる。
柔らかくて、甘くて、時間が止まったかのような感覚。観覧車のゆるやかな揺れが、二人の気持ちをさらに引き寄せていく。
「えへ……キスしちゃった」
恥ずかしそうに俺の顔を見上げるように笑った。頬が赤く染まり呼吸が僅かながら乱れているのがわかる。
「ずっとドキドキしちゃう、こんなに身を寄せ合ってるのにまだ足りない。もっとウサくんと触れ合ってたい。ウサくんのことが好きすぎて自分じゃなくなっちゃうみたい」
「そんなに好意を持ってくれてるなんて嬉しいに限るよ、足りないならいつまでも抱きしめてあげるさ、朱奈が不安にならないようにずっと支えていてあげるよ」
朱奈から吐き出される想いに応えるように、俺も自身が抱く気持ちをストレートに彼女へと伝えた。
「……ウサくんもそんなキャラじゃなかったのに、なんだか変」
「……昨日の経験が俺を成長させたんだよきっと」
激しく愛し合ったことを思い出す。
そのことを触れると彼女も『そ、そっか……』とさらに真っ赤になった。
「ま、また……シようね?」
「あ、あぁ……でも無理はしないでくれよ。朱奈に無理させてまで求めようだなんて俺も思わないからさ」
「うぅん……私がシたいの。ウサくんにもっといっぱい愛してほしいから」
「……っ」
か、可愛えぇーっ!
俺の彼女滅茶苦茶可愛えぇーっ!
朱奈を迷った様子でそれでいて期待の気持ちを込めた目で俺を見上げる。
「そ、それともここで……する?」
「こ、ここで!?」
「あ、あの時っ、倉庫で二人きりになった時のやり直し……したいな。あの時ウサくんに『そういうのは好きな人に』って言われたけど、今度こそ大好きなウサくんにシてあげたい」
朱奈の目は本気だった。
彼女にここまで言わせて断る男などこの世には居ないだろう。
観覧車はまだ頂上を迎えてはいない。
この後俺たちは景色を楽しむことなく、ただお互いだけを求め観覧車でのひと時は過ぎて行ったのだった。
――
「お帰りー、あれ、朱奈顔赤いね?」
「もしかして無地来君撒くために使った体調悪い設定が本当になっちゃった?」
「えぇっ!? そ、そんなことないよ!? ちょっと観覧車の中が暑かったなぁーって!」
観覧車を
一条たちは気付いていないようだが、明らかにナニがあったのを訝しんだ様子で見てくるソーマたちの目線がキツい。
「そう? あれ……朱奈なにか口元についてるよ、白い液体……?」
「それになんだかモジモジしてるし、やっぱり調子悪い?」
「え、えぇとっ、わ、私ちょっとお手洗いに行ってくるねっ!」
追及に耐え切れず朱奈は去っていった。
彼女たちは『へんな朱奈』っと疑った様子を見せていない。
――その一方で。
「おい」
「あの中でヤッたでしょ」
「は、はい……」
「じー」
当然、三人にはバレていた。
「どこまでヤッたん?」
「……手と口で、体育倉庫に閉じ込められた時のやり直しがしたいとお誘いが……」
「あぁ、あのエロシーンね」
「じー」
「よく入れずに済んだな」
「正直互いに昂ぶりまくってヤバかった」
観覧車内での行為を思い返す。
初めてする経験、男のアレを手で扱き、口で咥える。
愛したい相手にだからこそ出来ることだ。
特に、最後の……飲んでくれた時の『これがウサくんの……』といった表情がヤバかった。
時間が許していたのならばそのまま彼女と繋がりたい気持ちが当然あった。
「炎珠さんトイレに行ったけど……もしかして」
「あぁ、口を洗うだけじゃないだろうな」
「察しないでやってくれ……」
朱奈の尊厳を守る為にどうかこれ以上考えないで頂きたい。
懇願もあってか二人はそれ以上考えるのを止めたようだ。
しかし、先程からジト目を続けていた彼女がついに動く、ぎゅっと俺の腕を掴み、決意の篭った目で見上げながら言った。
「ウサ、わたしと観覧車行こ」
「いや、アオさすがに集合時間がさ」
「ダメ、もう我慢できない」
グッと腕を抱くアオの手に力が篭る。
ここで今決めなければ今すぐ襲うぞ、口には出していないがそんな決意が篭った表情だった。
「わかった、これ以上アオを待たせちゃいけないよな。――今夜アオを抱く」
「……ん、いっぱい愛して」
今夜と宣言したことで彼女の表情が和らぐ。
あとでヒロシに昨日の部屋を押さえてもらうように頼まなければ。
「あーあ、夜はオレら二人か」
「朝まで帰ってこなくていいからねー」
「大丈夫、朝までするから、朱奈ではもう満足できないくらいにウサを堕とす」
二人の軽口に対しアオが返す、二人は『何言ってんだこいつ』といった表情に変わった。
い、いったい夜に何が待ち受けているんだ……っ。
妖絶な笑みを浮かべるアオに身体が震える。
「ちょっと」
そんな時、朱奈がいつの間にか戻ってきており俺たちの背後に立つ。
声色は少し苛立ちが篭ったような感じに聞き取れた。
「聞き捨てならないよ」
「もう慰めるのは終わった?」
「な、なっ!? 何を言ってるかわからないんだけど!?」
「くんくん……エッチな匂いが残ってる」
「う、嘘!?」
スンスン、と自身の匂いを嗅ぐ朱奈、なおその行為によってトイレで……一人シてきたことがバレ、アオはニヤリと朱奈を見た、そんな朱奈はかぁっと表情がみるみる赤くなっていく。
「そ、そんなことより私じゃ満足できないくらいって聞き捨てならないよ! 私とウサくんは昨日も、あ、あんなに……愛し合ったんだからっ」
「ふふふ、わたしと朱奈では経験が違う、数多くの男に犯されたわたしは相手の悦ぶポイントなんて熟知してる、わたしは男を秒でイカせるテクニックを持っている」
「お前さ……」
「自分の傷を自分で自慢するかな普通」
「ぶい」
ドヤ顔で語るアオに対し二人は苦笑しながら言った。
いや『ぶい』じゃなくてさ……と、俺たちの気持ちが重なる。
彼女のセックス経験に関しては触れ辛い部分なのに堂々と言い切る彼女に唖然としてしまっている。
「ウサはどんなわたしでも受け入れてくれる……でしょ?」
俺を見上げる彼女の瞳には絶対なる信頼が見て取れる。
当然俺の答えは決まっていた。
「……もちろんだ、俺は今のありのままのアオが好きなんだ、過去なんて関係ない」
「ならいい、あなたが愛してくれるならわたしはどんな自分でも愛せる。この傷はもう受け入れた、今夜あなたと愛し合ってわたしのすべてをあなた色に変えて欲しい」
アオは目を細め、恍惚とした表情で言葉を紡いだ。その声はどこか夢見心地で、俺に全てを委ねている心境が感じ取れる。
だが、ここまで黙って聞いていた朱奈が口を開く。
「……碧依の過去に何があったなんて私は知らない、碧依にとって辛いことがあったってだけは想像できる。だけどっ!」
目を見開き、アオと反対側に立って、朱奈は俺の腕をとった。
「ウサくんを好きな気持ち、愛してる想いは碧依にだって負けないんだからっ!」
アオへと宣戦布告するように朱奈は言い放った。
「なら……勝負しよ」
「……勝負?」
「今夜、わたしとあなたで勝負、どっちがよりウサを満足させられるか」
「……上等じゃないっ」
彼女たちの間で戦いの幕が切って落とされた。
あ、あの……つまり今夜俺は二人を抱くってことなんですかね?
「初体験翌日にいきなり3Pかよ、やるねウサちゃん」
「まるでエロゲの主人公だよウサちゃん」
「こいつら殺す……」
火花が散っている二人とは裏腹に、揶揄い上等で楽しんでいる二人。
またウサちゃん言いやがって、覚えてろよ……。
「……とりあえず朱奈は今日も帰ってこないってこと?」
「そうみたいだね~」
一条たちも苦笑交じりではあるが行く末を見守るスタンスに入ったようだ。
今もまだ二人は睨み合っている。
俺……今夜身体持つのかな、と不安を抱きながら二人の間に立ち呆けるのだった。
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